シグルソン教官の授業1
魔法学の授業の3日後
今日は謹慎明け初日、シグルソン教官の授業だ。朝の日課の訓練をいつも通りに行い。気力十分で登校すると、何だか教室がおかしい。いや、俺が少し避けられてる。あれかな、ガレス先生を叩きのめしたからだよな。はぁ〜。やっちゃったか。
「マルク、リネア様が教員になるって本当?」
「ああ、そうだよ。よく知っているね」
「昨日から噂だよ。魔法学ⅠとⅡを受け持つかもってね」
そうか。さっきのは母上が授業をするっていうんで、本当か聞きたいけど、聞けないって感じなのね。そうか、俺の勘違いか。恥ずかしい。
「もう噂なんだ」
「そうだよ。だってあのリネア様だよ。ラルク様が『王国の風壁』ならば、リネア様は聖女、大賢者よ。魔法スキルを持つものなら全員が教えを請いたいのがリネア様よ。女性の憧れでもあるわ。魔法を極めし聖女なんて、女性の英雄はリネア様一択なの。そのリネア様よ」
「うーん。家では普通の母親だよ。英雄ってのもあまり好きじゃないみたいだし」
「そうなの。まあ、家族ですものね。それはそうよね。家まで英雄では居れないわ。それでも見たいわ」
「入学式にいたよ」
「遠かったもの。遠すぎて見えない。もっと近くでリネア様を感じたいのよ」
「ふーん。じゃあ、よかったね」
「もう、マルク。そんなんじゃ、皆に怒られるわよ」
「毎日、教えを請うてるからなあ」
「え?魔法は使えないのよね」
「ああ。魔法じゃないよ。スキルの使い方や魔術師の戦い方を聞いてるんだ。それを参考にどう戦うかを考えているんだよ」
「そういう事なのね。それでも羨ましいわ」
「マルク、おはよう。もうリネア様の噂で学院は持ちきりだよ」
「そうみたいだね。レオナから聞いたよ。やっぱり母上はすごいみたいだね」
「何を他人事みたいに。マルクを評価する女子陣が増えてるよ。『リネア様を学院に連れてきた。偉いって。マルクはすごいってね』って噂だよ」
「学院長の策略だよ。俺はそれに乗せられて、母上に話をしただけだよ」
「はあ。今からでも魔法学ⅠとⅡを取れないかしら?」
「3年次の先輩らが授業を聞きに忍び込むって噂だよ。もう先生方は大変みたい」
「アレス、そうなんだ。レオナ、無理して留年すると大変だよ」
「わかっているけど」
「それより、今日はシグルソン教官の講義だ。楽しみだね。アレス」
「ああ。でも気をつけてね。貴族派の人らがガレス先生の件で、マルクに何かするんじゃないかって、昨日はそれで噂だったから」
「それよりって!」
「まぁまぁ、レオナ」
「まぁ、大丈夫じゃない。シグルソン教官なら真面目にやれば評価してくれるでしょう」
「そうね」
「ああ、ただ実践戦闘研究は実技もあるし、何より先輩もいるから気をつけないと」
「そうか。ありがとう。アレス。いい事を教えてもらったよ。気をつけるね」
「マルク、本当に気をつけてね」
「大丈夫だよ。レオナ」
「はい、皆さん席についてください。リネア様の件で皆さんが浮足立つのはわかりますが、リネア様が教壇に立つのは来週からです。それまではいらっしゃいません。魔法学の授業の日しか来ません。ですから、皆さんは真面目に授業を受けてください。リネア様に失望されたいですか?」
「・・・」
「そうですよね。でしたら今日も頑張りましょう」
俺は席を立つ。そして、実践戦闘研究の教室に向かう。
廊下を進んでいると。うん?足が出て来た。避けとこう。また?これはそうか貴族派か。
「アレス、気をつけて、先輩らは足が長く、しかも、どうやら不必要らしい。次出てきたら、蹴り飛ばすかもしれない」
「いや、物騒だよ。避けようよ」
「さっきから避けているんだけど、出てくるから、そろそろ刈らないと皆の邪魔になるんじゃないかな。雑草みたいに」
「酷い例えだ。マルクもう少し穏便に済ますというのはないの?」
「穏便かあ。穏便にしたら、彼らは足を出さないのかな?」
「ない。出す。それはそうだね」
「でしょ。だったら足を痛めた人が全員になったら出せないよ。あっ、足が引っ込んだ。何だ、ストレス解消しようと思ったのに」
「冷や汗が止まらない。やっぱり穏便にしようよ」
「だから、脅したんだ。大きな声で刈るって」
「そうか。それはそれで問題だと思うよ」
「しょうがないよ。そこは父上譲りだから」
「いや、そこは誇らないでよ」
と、そんなやり取りをしてたら、教室に着いた。シグルソン教官の授業の教室は訓練場だ。準備運動をしていると肩が当たる。いや数人が当ててきた。しょうもない奴らだ。こんなんでめげるくらいなら、スキルがわかった時点で絶望しているよ。
「全員揃ったか?まぁ、いなくてもいい。単位をやらん。それだけだ。15人か今年は多いな。初めに行っておく。簡単な授業じゃない。しっかり扱く。能力は関係ない。どこぞのバカみたいに生徒に間違いを指摘されて怒ることはない。ただし、間違いなど言えないくらい扱く。それにあのバカと違い、貴族だなんだは俺には通用しない。あと、スキルの使用はありだが、中途半端なスキルの使い方は評価しない。そんなのは実践の戦場では死ぬだけだ」
ああ、やっぱりいい。シグルソン教官の授業は面白そうだ。ゼルや父上のような本物という感覚を醸し出す。ビシビシと強さを感じる。これは面白い授業になる。
ただ、さっきから、殺気を感じる。カルバインとかいう奴だ。首席だかなんだか知らないが人に殺気を出すなんて殺してくれと言っているようなものだ。もちろん、シグルソン教官も気づいている。
「ところで、カルバイン、さっきから出しているそれは何だ?俺に文句があるなら買ってやるが」
「いえ」
「そうか、戦場で殺気立てば、イコール殺し合いだ。それをわかってやっているのか?」
「はい」
「そうか、中途半端な殺気は新人しかビビらんぞ。戦場に慣れた者はお前の殺気くらいは何ともない。実際にドンナルナは何も感じてない。まぁドンナルナがおかしいがな」
「な」
「どうだ。ドンナルナ?」
「はっ、教官。先程から殺気は感じますが大したことがないので、教官の話に集中しております」
「そうか。余程の人間と訓練してきたのだろう。お前は戦場に出ても生き残れるな」
「はっ」
「よし。お前ら、初めは徹底的に走らせる。実技の授業でも走っているだろう。戦場で死ぬ奴はバテた奴だ。走って走って、まだ走れる奴が生き残る。まずは死ぬまで走れ。その後に組手だ。行け、ひよっこ共」
「「「「「「「「「はっ」」」」」」」」」
皆が走り始める。先輩方はこの授業のキツさを知っているのか、くだらないことはせずに走る。だが同じ1年次の連中は俺にぶつかってくる。あいつらはAやBの連中だ。まぁ貴族派だろ。本当に湧いて出てくる。この国は、本当は貴族派が多いんじゃないか?
まぁ、当てようとするけど、避ける。そして置いてく。あいつらに俺と同じスピードで走れる奴なんかいない。スキルにかまけて、基礎訓練を怠っている連中だ。
「おい、一年。くだらない事をする余裕のあるうちは走りは終わらんぞ」
あっ、先輩らがあのバカを睨んでいる。そりゃ怒るよ。
「走れ、全力で走れ。ひよっこ共」
鬼教官の檄が飛ぶ。もう30分は走っている。まだまだ全力で走る。やめろの声はかからない。アレスも少し疲れてきたようだ。まぁ、全力で30分は辛い。俺の隣を走れているのは、先輩が4人だけだ。俺はまだ余裕がある。やわな鍛え方はしていない。ゼルは3時間ぐらい槍を振る事を求める。それくらいできて初めて生き残れるとよく言われている。
それから1時間走った。例の連中は倒れている。アレスももうギリギリ走っている程度、先輩らは何とか全力だ。俺も息が上がってきた。
「よし、やめろ。マルク、お前は合格だ。後2年坊主共、おまえらもギリギリ合格だ。アレスはお前はもう少しだ。もっと鍛えろ。2年坊主くらいになれば戦場で生き残れる」
「「「はっ」」」
声を出せたのは、俺を含め3名だけ。俺も流石に息が辛い。大きな声はきつい。
「よし、次は組手だ。2人1組になれ。1人は余るはずだ。マルク、お前は俺とだ。アレス、お前は2年のクルス、お前が組んでやれ」
「「「はっ」」」
「は、い、」
「は、い」
アレスもクルス先輩もギリギリ声を出した。
そこから組手を始める。例の連中は動けないので見学だ。俺は息を整える。スーハー。よし。
「マルク、お前にはスキルがないだろ。いや、使わないだろ。俺もスキルなしでやってやる。本気でこい。どうせ、ゼルあたりに本気で扱かれているだろう。それなりにやってやる」
「それなりにですか。本気を出させて差し上げます。入試試験の続きです」
「ははは。あの時が本気とでも」
「いいえ。ですから今回は本気を出させます」
そこから何度も槍と剣で打ち合った。もちろん本気を出させることはできない。他の者は見ることもない。そんな余裕など彼らもない。例の連中は死んでいる。
「ふん、その程度か。それでさっきの言葉を吐いたのか?それではあそこで死んでるやつと変わらん。それにお前が馬鹿にした教員ともな」
「ええ。ですが、まだこちらも本気ではないです。もっと力を出します」
「ふん。やってみせろ」
そこから、さらにスピードを上げて打ち合う。それはもう、学生のレベルではない。スキルはないというのが疑わしいのだろう。周りの人らが手を止める。アレスも。例の奴らは死んでいるまま。
長い打ち合いが続く。俺は一瞬の隙を狙う。柄返しから懐に入る。そこから足をかける。これはシグルソン教官も驚き、一瞬だが隙を作る。そこで俺は一気に突く。力は入りきらないがスピード重視だ。急所に入れば勝てる。一瞬、寒気がした。俺は突きをやめ、構える。剣が見えないところから降ってきた。槍では捉えきれない。武闘オーラは使えない。何とか後ろに飛びながら槍で防ぐために槍をあげる。だが。届かず。頭を強烈な衝撃が突き抜けた。
「うん。ここは?」
「大丈夫か?マルク」
「アレス。あっ、訓練場か」
「ああ。マルクはシグルソン先生の一撃で気を失って倒れてたよ。先生が一応、緊急用の回復薬を飲ませて、ここで寝かせていたんだ」
「そうか。一瞬でも本気を出させたかな。でも最後は手を抜かれたんだ」
「いや、すごいよ。皆が見とれてたよ。あまりにすごい組手に」
「そうか」
やっちゃった。また母上に怒られる。
「起きたか。大丈夫だな」
「はい。教官」
「大丈夫そうだな。ちょうどいい。最後の模擬戦も終わったところだ。皆の感想戦はいいだろう。最後の一戦は凡戦すぎる。今日はここまでとする。皆、来週も扱く。訓練を励んでこい。特にマルクとアレスを除く、一年坊主共、お前らは今のままでは足手まといだ。このままでは単位はやらん。今から授業を変えるか、もっと訓練しろ。変えるならあとで俺のところにこい。変えられるようにしてやる」
「「「「「「「「はい」」」」」」」」」
「マルク、歩けるか?」
「はい」
「この後は授業は?」
「ありません。教官」
「わかった。では、昼食を食べたら、俺の講義準備室に来い」
「はっ」
こうして、シグルソン教官の授業は終わった。すごい一撃だったな。




