兄の帰宅とマルク
アルフがやっと登場です。
父上が辺境伯領から帰ってきたから、1ヶ月が経つ。我が家はだいぶ穏やかな日々を暮らしいる。俺はまだ、『飛』の訓練に明け暮れている。
100回やって40回くらい成功するくらいまで来た。かなり良くなってきた。もっと練習すれば、いつかできる。そんな予感を持てるくらいは成長した。でもまだまだ。もっと頑張る。これが今の槍術における俺の位置づけだ。
魔法は、上級魔法の風魔法がかなり撃てるようになってきた。まだ安定してどんな状況でも確実というところではないが、それでもやっと落ち着いたところでは100%撃てるというところまできた。魔法の方が最近は伸びがいいと思う。
ゼル曰く、
「武術の奥義に等しい、武闘オーラの最も難しい『飛』を訓練しているのです。上級魔法よりも成長が遅いのは当たり前です。もしこれができれば、既に騎士ならばベテランクラスでも勝てないでしょう」
とのことだ。訓練の方はそんな状況だ。
勉強は、歴史は王国の歴史をほぼ学び、三家の歴史も学んだ。地理も大体終わり、試験は十分受かるレベルにあるだろうと、レア先生のお墨付きをもらった。今は帝国や獣人国の歴史を学んでいる。これは、学院で習う範囲らしい。これが終わったら、それで家庭教師は終わり、あと2ヶ月で終了とのことだ。
レア先生も今年の終わりに教員試験を受けるらしい。教員学院は卒業すると『教師になる資格を有する』となる。というか資格のようなものはなく、卒業したということが一種のステータスになるらしい。だから卒業した人は優先的に教師になる。ただ武術や魔法の授業に関しては宮廷魔術師や騎士が退役後になるとのことらしい。
レア先生ならきっとどこかの教員になり、授業をしていそうだ。きっといい教師になられるだろうと思う。
そんな毎日を過ごしていたが、父上の休日に、思わぬ人が来た。いや帰ってきた。
「父上、お久しぶりです。今日は急な訪問ですみません」
「うむ。構わない。で用はなんだ?」
「はぁ、いきなり本題に入るのはいかがなものでしょうか?そういうところが王家の方に色々と言われているのですよ。父上」
「間違えるな、公爵と王太子にだろ」
「王太子殿下と公爵閣下です。失礼です。王家を敬う気持ちはないのですか?父上」
「王家は敬っておる。陛下やエドワード殿下はな。それに公爵は王位継承権を持つがたかだか先代の弟だ。それに、今はただの公爵だ」
「なっ。それは王太子殿下と公爵閣下を蔑ろにしているということですか?」
「ふん。どうでもいい。で用はなんだ?」
なんか険悪だし、兄上は変わってしまった。本当に兄上なのだろうか。よく似た偽物ではないか?とすら思う。兄上は真面目で、芯の強い人だ。そして次の英雄と言われている。
それがつまらない貴族みたいだ。
「はあ。わかりました。実は相談が二つあります。一つはマルクのことです。マルクのスキルでは、騎士になれません。マルクの将来を考えるならば、文官の道を進ませるべきです。それが親の務めではないでしょうか?どうも噂ではマルクに槍を教えているとか。それがマルクのためになりましょうか?マルクは聡明です。きっと文官の道は明るいでしょう」
「ふん、お前に何がわかる。マルクの将来はマルクが決めればいい。俺も、リネアもその道を応援する」
「はあ。わかっていない。父上はわかっていない。マルクが騎士の道を選べば、父上と比べられる。しかも騎士にすらなれない可能性が高い。それなのにその道に行けば、きっとバカにされる。成れないのに英雄に憧れたと。私も言われます。お前の弟はと」
「誰の心配をしている。自分の心配をしているのだろう。誰かに言われたか、マルクのせいでお前は昇進できないとな」
「なっ。そんなことは。たとえ言われても、関係ありません」
「ふん、ただ、修練不足で、成長できていないから自信を無くしただけだ。自分と向き合う事から逃げ出しただけだ。そして、弟を免罪符にするとは、お前は我が家の恥だ」
「何を、父上は何もわかっておりません。上に行くには、実績が必要です。また家名も大事なのです。マルクがいたら」
「それ以上言ってみろ。息子でも容赦しないぞ」
「う」
「くだらん男になった。話す気も起きない。ガルドにはどうにかしろと言われたが、どうにかなるレベルではないな。愚物以外の言葉が見つからん。周りがバカしかいないのだろう。まぁあれの近くにいればしょうがない。バカについて行くとダメだぞ。アルフ」
「父上、侮辱するのもいい加減してください」
「何が侮辱だ。本当のことを言われ、怒りを見せるなど、騎士でないな。戦場ならば、すぐに死ぬぞ。騎士をなめるな」
「う」
「本当のことを言われ言葉も出ないか。くだらん」
「騎士を舐めているのは貴方だ。父上」
「もう帰れ。お前の居場所はここにはない。公爵と王太子に尻尾を振っていろ。もう一つの話も公爵の孫あたりと婚姻でもというような話だろう。別に構わんが、婿入りし、家名を捨てろ。うちとは関係がなくなるなら、すれば良い。その時は家督はマルクに譲る。いや関係なくマルクに譲るか。それがいい」
「な、何をおっしゃっているのかわかっていらっしゃるのですか。そんなの王太子殿下も、陛下も認めるはずがない」
「お前に陛下の何がわかる。付き合いの長い俺ですら、分からんことがあるというのに」
「父上と違って、わかります。王宮に住み、宮殿に長い時間いますので」
「ははは、たかだか3年でか?そんな増長したか。近衛にはなって一年も経っていないだろう?」
「ええ。ですが王太子殿下とは、長い時間を共にいます。近衛と王家という関係以上です」
「ははは。くだらん物にすがらなくては自分がわからないのか?」
「くだらなくはない。人をバカにするのもいい加減にしろ」
「また、本当のことを突かれ、怒りを露わにする。どうしようもないな」
「う」
「少し、頭を冷やせ。休みをもらい。あのバカから離れろ。父親として最後のアドバイスだ」
「な、そんなことすれば居場所も、価値もなくなります」
「本物ならば、いくらでもやり直せる。マルクはあのスキルだとわかっても、折れずに真っ直ぐ、自分の決めた道のために進んでいるぞ。我が子ながら尊敬する」
沈黙が続くな。兄上は何を考えているのだろう。
しかし、そうか。そうだな。兄上の言う通り、考えないようにしていたが、ちゃんと考えなくちゃな。騎士になる道を進むためにどうすればいいか。本当に騎士でいいのか。
「はあ。父上が変わったという噂は本当ですね。不遜で、王家を蔑ろにし、無能なマルクのために王国すらどうでも良くなっていると」
「おい、無能とはなんだ」
「不必要なスキルしかないから無能と言ったのです」
「お前」
パシッと音がする。
「アルフ、母さんはそんな子に育てた覚えはありません。貴方は我が家の子ではありません。二度と我が家に来ないこと。そうでないと子供でも許せそうにないわ」
「そうですか。もう何も期待しません。縁を切ります。親子ではありません。どうか私のことは気になさらずに、お過ごしください。マルクに嫡男の立場を譲ります」
「ああ。出て行け。そして二度と帰ってくるな」
兄上は出て行った。俺のせいかもしれない。
「マルク、お前の責任などない。あいつは心が弱かった。俺があいつの心を鍛えてやれなかった。ルインのことを言えないな」
「父上」
「マルク、お母さんは貴方を誇りに思っています。決して、負けず。決して、折れず。決して、間違えずに、ただ自分と向き合い続ける貴方は我が家の誇りです。貴方ほど騎士に向いた人はいません。騎士に重要なのはスキルではありません。心です
英雄とまで言われるようになったラルクは誰よりも心が強かったのです。
大戦でのことを聞いたのでしょう。
あの時のラルクは自分のせいで友が死んだと自分を責めました。しかし、決してそれを口に出すことはありませんでした。友の名誉を傷つけてでも自分の心の痛みから逃げるなど、許せなかったのです。そして強くなることから逃げなかったのです。
その姿勢に国民は皆、励まされたのです。皆、家族を失い、友を失い。絶望の中にいました。それでも。と、わかっていても前を向けずにいた。そんな時に、ラルクは、友を失っても、理不尽な命令にあっても、ただ足掻き、踠いて、前を向き続けた。その姿に英雄を見たのです。
その時のラルクの姿は、今の貴方です。貴方が3年前に、『飲み込む』という、どんなスキルかもわからないスキルしかもらえず、皆に心配されるという状況でも、1人でそのことを受け止めました。
そして、立ち止まることなく、間違うことなく、ただ貴方自身の決めた道を、そのイバラ道を必死に進む。まさに貴方こそ、私たち家族の英雄です。私も、ラルクも、メルも、エルカも、ゼルも、アイナも、貴方を見守るしかできなかったわ。
私は貴方を信じているし、誇りに思うわ。
だからマルクは貴方の信じる道を行きない」
「母上」
涙が流れてきた。止めることはできない。どうしたら止まるかすらわからない。
母上も、父上もわかっててくれた。そう思うともう何をしているかすらわからないほど、なんで泣いているかすらわからないほどに涙が出てくる。
それは心の奥底に隠していた、3年分の涙だった。あの日、無理矢理に自分を押し込み、止まることはしないと決めたあの日からためていた涙だ。
もう自分では止められない。枯れるまで泣こう。それで明日はいつも通り、前に進む。それがマルク・ドンナルナだ。




