そのスキルは『飲み込む』
スキルチェックとスキル話
朝か。
目が覚めた。
今日はスキルを知るんだ。頑張ろう。頑張ることもないけど。
「父上、母上、メル姉、エルカ姉様、おはようございます。」
「うむ、おはよう。食事が終わったら神殿に行く。準備はいいか」
「ええ、父上」
「ふふ、少しはいい顔になったわね。マルク、緊張しないのよ。マルクはすごい子なんだから。きっと大丈夫よ。」
「ええ、母上。2人の子供ですから、きっとすごいスキルがあるはずです。」
「私の弟であるマル君は大丈夫だよ」
「ん。マルクは、このエルカの弟、ダメだったら神を」
「エルカ姉様、大丈夫です。メル姉、ありがとう」
この世界はスキルが絶対なんだ。良いスキルを持っているか、スキルレベルを上げられるかで今後の人生は大きく違うんだよ。この世界は、スキルと位階があるけど、位階は中々上がらない。上がるのはスキルの方だ。
いい基本スキルを持つと派生スキルもいいものを多く持てると言われており、そうじゃないとスキルが全く育たずに、位階も上がりにくい。だから今日のスキルを調べることが一大イベントになる。
俺は食事を終え、メイドらに神殿に行く用意を手伝ってもらって準備をし、両親と執事に付き添われ、馬車で王国で一番大きなレオナル大神殿に向かう。
俺が住んでいるのはレオナルク王国の王都レオナルである。
王宮から東に騎士宿舎があり、さらに東にうちの屋敷がある。
そして、王宮を挟んで反対側に大神殿がある。
今日は王都にいる貴族や騎士の子供がスキルを調べる。
王都に住む平民の子供らは、王都の南や東、西側にある小さな教会で調べる。そして、優秀なスキルを持つ子供は王都の王立学院への推薦をもらう。
武術や魔法のスキルを持つ子供は、貴族や騎士の子以外は全て、援助金をもらう。そして12歳になると王都の王立学院に入学し、14歳で卒業後に各専門の学院に進む。
王立学院はスキルが優秀じゃなくても試験で合格することも可能だ。
7歳でわかるスキルは基本スキルと呼ばれるものがほとんどなんだ。よっぽど早期に才能が芽生えた子だけが派生スキルが印字されるらしい。
基本スキルは魔法スキルや武術スキル、非戦闘スキルなどで、天賦の才能と呼ばれ。まさに天神様からもらった才能ということだ。
対して、基本スキルに必要なスキルや基本スキルが進化したものが派生スキルと呼ばれる。これは努力の才能と呼ばれ、基本スキルをもらったものがたゆまぬ努力で得られるスキルだ。これは事前に、この国のものならば習うことである。
兄上は7歳の時に槍術と疾走(後に疾駆に)と気功術(体に気功を操るスキル、後に武闘オーラという父上も持つ武器や体にマナと気功を纏わせ、さらに武具から外に発することのできるスキル)、風魔法、土魔法、火魔法、付与魔法を有していた。
姉上は、メル姉が水以外の3属性魔法に、光魔法、そして無詠唱、杖術、体術で、エルカ姉様は回復魔法、光魔法、水魔法、付与魔法、結界魔法、杖術だった。魔法は2属性で才能があると言われるのだが、3人ともすごい。
神殿の中は、子供とその親族だらけだ。
「マルク様、緊張なさらない。ほら、あそこの部屋に入ると、水晶があります。まず、部屋の天神様の像に祈り、その水晶に右手をかざし、その後に左手で渡される魔法紙に触れるとスキルが印字されます。部屋は神官長とマルク様しか入れません」
「ゼル、ありがとう」
執事のゼルが声をかけてくれた。
「さぁ、マルク様。そろそろ番です。行きましょう」
ゼルのおかげで少し緊張が解けた。
ゼルは元々、父上の槍の師匠で、父上が実家を出る時に唯一付いてきた部下だった。父が戦場で活躍していた時、ゼルに随分助けられたと言っていた。
父の活躍が認められ、貴族になる時に、部下も執事もいない父はゼルを執事にした。なので、ゼルは少し武骨なところがあるんだ。だがかなり優秀で、父不在の際は父の代わりに家を仕切ってくれている。
部屋に入ると大きな像があった。父も母もあまり熱心な天神教の信者ではないため、俺は天神様の像はあまり見たことはない。
ただ、この国には熱心な信者の方が少ない。多くは天神教だが、自然崇拝も行なっており、天神様の下に精霊がおり、彼らがこの世界を調律していると思っているため、天神様よりも精霊を大事にする傾向が強い。
ここで祈るんだな
「天神様、どうかこの私にお導きを」
「さぁ、水晶に触れなさい」
祈りを捧げると神官が水晶に触れよと促してきた。
なので、水晶に触れる。水晶が光り始め、眩い光は俺を包んだ。神官は見たことないものを見たんだろう。驚いた顔だ。俺も事前に聞いていた話にはないことに狼狽した。
しかし、気を取り直し、水晶の横にある魔法紙に触れた。
魔法紙に印字が行われて終わった。
その紙を神官に渡し、内容を紙に記載する。これは国に報告するためだ。
この国では7歳になった際に調べたスキルを国が把握し、良いスキルを持つ子を発見し、騎士などになれるように支援する。故に印字された魔法紙は一度神官に渡す。
この時にまた、問題が起きた。
スキルの内容が
『飲み込む』だけなのだ。
神官は訝しんだ。
このスキルを知らないようだ。俺もスキルの勉強した際に聞いたことがない。
何だこのスキルは?
「このスキルは何でしょうか?」
「・・・」
「神官様もご存じないのでしょうか?」
「ええ、聞いたことも、見たこともないスキルです。食べることに関係するのでしょうか?」
「食べること?」
「スキル名が『飲み込む』ですからねぇ。まぁとにかく後がつかえてしまうので、魔法紙を持って部屋を出てドンナルナ子爵様に報告する方が良いでしょう。」
「はぁ、わかりました。ありがとうございました。」
父上たちの元へ
「父上、ただ今戻りました。」
「そうか、家に戻ったらスキルについて聞こう。リネア、屋敷に戻るぞ。」
「ええ、ラルク」
「ゼル、神殿の裏に馬車を回してくれ」
「はっ」
こうして屋敷に戻ってきた。
「それで、マルクよ。魔法紙を見せてくれるか?」
「はい。」
父上は心配そうに言った。俺も不安だが、魔法紙を渡した。
「これは何だ。『飲み込む』?ゼル、このスキルを知っているか?」
「いえ、知りません。しかしすごいスキルなのでは?なんせマルク様のスキルです。他にはないのでしょうか?」
「そうね、ゼルの言う通りだわ。ラルク、見せて頂戴。」
「うむ」
「えっ、これだけなの?」
2人とも悲しそうだ。いや心配している顔だ。また両親を心配させ、悲しませてしまった。前世を否定しながら、また同じことを繰り返している。
「マル君は帰ってきたの?」
「マルクのスキルはすごいはず。このエルカの弟だから」
2人は母上から魔法紙を奪った。
「えっ」
「ん!?」
2人も悲しませてしまった。どうしたらいいんだ。
「気にすることはない、マルクよ。父も実家では期待など受けてこなかったが今では英雄だ。自分で言うのもなんだがな」
「そうね、私も同じよ。実家ではいらない子と言われたわ」
父上と母上がそう慰めてくれる。
だが、父上や母上の時代は子供はスキルを調べることはなかった。
「そうよ、マル君。私がマル君のそばにいるわ。それに私が教えれば魔法スキルも出てくるわ」
「ん、そうじゃなかったら、このエルカが神を殺す」
「そうね、母さんが教えてあげるわ。そうすればいいのよ。そうすればきっと魔法スキルが出てくるわ」
「このゼルも槍を教えましょう。ラルク様も最初は槍の扱いが下手で、教えるのも苦労したものです。でも教えて差し上げると成長しました。ですから私が教えれば槍術スキルも出てくるでしょう」
皆の心配や慰めが痛い、涙が出てきた。
「父上、母上、メル姉、エルカ姉様、ゼル、心配かけてすみません。部屋に戻ります」
俺は居たたまれず、部屋に戻った。
みんなに心配ばかりかけてしまう。
こんなのは、俺が望んだ結果じゃない。俺は今も、前世もみんなの笑顔が見たいんだ。父上、母上の子、英雄の子として誇れる男になる。姉上や兄上と並ぶことのできる人間になる。
さすがドンナルナ家と呼ばれるそんな男になる。
マルク・ドンナルナ、立ちあがるんだ。
俺はマルク・ドンナルナだ。あの心が弱く、ベットの上で人生を嘆くしかできなかった織田流星じゃない。
俺は英雄と言われる両親の子にして、新たな英雄と言われる兄上や姉上の弟である、マルク・ドンナルナだ。
どんな状況でも、負けない。それが英雄だ。その子供なんだ。その弟なんだ。
だったら、これくらいで挫けるな。負けるな。足を止めるな。
ここには強くなれる環境がある。
あの時とは違って、体は強い。美味しい物もいっぱいある。楽しいこともたくさんある。
前世同様に家族は愛してくれている。ゼルやメイドたちも皆、俺の味方だ。
ここで負けたら全てを失う。足掻け、抗え、前に進め。
俺はマルク・ドンナルナだ。もう嘆くのはやめにしよう。ここからスタートするんだ。
俺はこの『飲み込む』のスキルで英雄になる。
たとえバカにされようと、笑われようと、心配されようと、止められようと。
ここからが俺の、マルク・ドンナルナの英雄伝のスタートだ。
家臣のゼル登場です。