ラルクの過去と英雄
少し、長い一話になります。
翌日、朝から父上と訓練だ。父上は数日の休暇を許されている。今回の戦場に近衛隊隊長は同行していないため、基本の仕事は数日、隊長が行うとのことだ。
まずは基本六技を500回ずつ行う。しっかりと丁寧に、それでいて素早く、実践を想定した技でしていく。
「うむ。マルクよ。かなり鋭い突きに他の五技だ。もうそこらの騎士より良い。各領地の一般兵相手ならば、圧倒するだろう」
「ありがとうございます。父上」
「うむ、次は武闘オーラだな」
「はい」
今度は武闘オーラだ。集中して、『覆』、『集』、『凝』、『露』、『覆』と続け、槍にオーラを纏わせ突く。そして『飛』でオーラを撃つ。できた。一連の流れで丁寧に、かつ素早く。
「うむ。実に良い武闘オーラと突きだ。これなら半人前には当たる。もう少しで一人前だ」
「ええ。マルク様の努力が実を結んでおります。」
「はい。ありがとうございます。父上、ゼル」
「うむ、あとは安定してここまでできること、実践訓練だな。ゼル、時間をかけていい、しっかりと頼む」
「はっ」
そして武闘オーラの訓練を続ける。すべての過程を200回、各技を武闘オーラを纏わせ100回ずつ、そして突きで『飛』を100回する。ここで、訓練は終わった。
午後は訓練なしとなった。ゼルの提案で、父上が俺に戦況を教えてくださるということになったんだ。これから、お話を聞く。父上の書斎だ。入ることはない部屋だ。部屋は、言っては悪いが、そっけない。シンプルな家具のみで、調度品などは皆無だ。父上らしい。厳かな部屋だ。
「では、マルクよ。まず今回の戦乱について知っていることを言ってみろ」
「はい。まず、帝国の皇帝のお隠れに伴い、皇太子が新皇帝に即位しました」
「うむ」
「その皇太子の母親が聖国の出身であるため、国内の地盤が弱い新皇帝は自国の民・貴族へ武威を見せるため、皇弟を大将に進軍し、国境を付近で王国軍である辺境伯軍と睨み合い。」
「そうだな」
「王国は帝国の進軍を知るとエドワード第2皇子殿下を大将に進軍し、防衛戦を展開しました。
新皇帝は皇弟を亡き者に、王国はエドワード殿下に武功をという狙いのため、両者と共に動かず、睨み合いが続きましたが、帝国貴族が功を焦り、堪えきれずに挑発に乗る形で、勝手に進軍し、侵略を開始」
「ああ」
「その結果、辺境伯軍に捕まり、それに焦った皇弟は進撃を開始、結果、戦線を保てずに、そうそうに敗北し、撤退しました。しかし、王国は侵略せずに、その場に留まり、その後に撤退となった。でしょうか?」
「うむ。書物であれば合格だ。しかし騎士を目指す者ならもう少し知るべきだな」
「はい。そこは戦場を見て来られた父上に教えを請いたいと思います」
「うむ。まず今回の作戦の意味はよくわかっておる。王国側はもちろん、帝国側もだ。ゼルに教わったのか?」
「いいえ。戦況を聞き、レア先生と検討しました」
「そうか、レアか。あの子は優秀だ。勉学や戦術、外交に関してはガルドに並ぶとも言われる。女ではなく男ならば、きっと次の宰相はあの子だったろう。本人はそれを良しせず、戦場に出る可能性のある未来の民を導き、国を富国するという志を持っておるようだが。ガルドが褒めるのも頷けるな。まぁ兄のユーリスも十分に優秀だ。平時の宰相ならばかなりできるだろう」
「ええ。レア先生は常に泥水を飲んででも平和に導くことこそが政治の力であるとおっしゃってます」
「ふむ。あの年でそこまでか」
「ええ。良き師をマルク様は持つことができましたな」
「ああ。ガルドに相談してよかったな」
「ええ」
「レア先生はやはり宰相閣下の推薦でしたか」
「ああ、そうだ。レアとしても教師を目指すにあたり、指導する機会はいいことだろうとな」
「うむ、話はそれたな。王国と帝国がなぜその狙い通りに睨み合いをしたか?わかるか?簡単だが、お互いに戦力を失いたくないのだ。皇弟は自身の派閥の人間を多く連れてきた。彼らに功績を積ませ、発言力を増やさせるつもりだった。だから、そこで彼らを失えば、国内の趨勢は完全に新皇帝に傾く。そうなれば完全に部下となる。よくて公爵家に婿入り。悪ければ、王位継承権を失った上で、降家し、一台限りの貴族位がいいところだ。そうならないためには、戦争を圧勝しなければならない」
「はあ。王家はそこまでの狙いがわかっていらっしゃったのですね」
「ああ、ガルドがな。対して王国はエドワード第2皇子殿下に功績を持たせるために侵略を止めたという名目が欲しい。だから皇帝は圧倒できる状況を作り出したい、王国は無駄な被害を出したくない。そのため、有利な状況を作り出せずに、両者動かなかったということだ」
「なるほど」
「次は、なぜ功を焦り、皇弟の言うことを聞かずに攻撃をするものがいたか。まず、簡単だが、戦線が動かなかったことだ。帝国貴族にとって、皇弟につくか皇帝に従い裏切るかを決めなくてはいけないという時に戦争だ。皇弟につけばこの戦は勝たなくてはいけない。しかも圧勝だ。しかし、皇帝につけば、皇弟派の貴族がいくら死のうと、自分が功績を積めば、皇帝派の貴族が少ない中で目立ち、出世が望める。これが大きいのだ。それと同時に、ガルドと軍師が間者や戦略などを使って、動くように仕向けたのだ」
「なるほど、さすが宰相閣下ですね」
「うむ。この辺は如才なく、相手の心理を読み切り、行うことができるのが、数百年に1人の宰相と言われるが所以だ」
「ええ。ラルク様のご学友は素晴らしきの一言です」
「ご学友だったのですか?」
「ああ。腐れ縁だな」
「ラルク様のご学友には陛下もいらっしゃりますよ。三人は当時は有名でした」
これには驚いた。先程からガルドと宰相を呼んでいるから、友人だと思ったが、幼馴染だったとは思わなかった。しかも、陛下までもが幼馴染だったとは驚きだ。
「もう良い。その辺にしろ」
「はい。わかりました」
「わかっているとは思えんな。まあ、良い。ここまでで質問はあるか?」
「いいえ。とてもわかりやすく、大変勉強になります」
「そうか。では続けよう」
「はい」
「では、最後、捕まえた貴族はどうなるか?となぜ王国は侵攻しないかだ。わかるか?」
「難しいですが、私見であれば」
「うむ、言ってみよ」
「はい。貴族は処刑せずに、其奴らを使って、侵略の賠償を求めるのではないでしょうか?皇弟は自分の派閥の貴族を殺されたくないですし、その捕まった貴族の家族は新皇帝に返還を求めるように願うでしょう。そうすれば地盤の弱い新皇帝は返還に関する要求を受け入れなくてはいけない。そうなれば、王国は戦費を回収できますし、帝国の国力も下げられる。だとすると帝国の荒れた土地などいらないですし、そこをもらっても魔族国家との国境が近くなるので、不必要かと」
そう、辺境伯領は帝国と魔獣の森と面している。
東を帝国、北を魔獣の森、魔獣の森の更に北、及び帝国のその先に魔族国家だ。辺境伯領の北東側の一点は魔族国家と帝国と王国が国境が近くなる場所だ。
そこは小さい国家とエルフ領がある。小さい国家が多民族国家だ。王国の独立当初はそこを取り合う戦乱がいくらかあった。
「ふむ。よくわかっている。正解だ。俺がマルクぐらいの時よりこっちの面は優れているな」
「ええ。ラルク様がマルク様の頃は槍一辺倒でしたからね」
「まぁそれしか生きる道が見えなかったしな。ドンナルナ家では、評判など最悪だったからな。無能だの、バカだの言われたい放題だったな」
「えっ?」
「ああ、そうか。俺が無能と言われていたのを知らないか」
「ええ。そういう話はお子様方には話されていませんね」
「そうか。マルクには話してやるか」
「それがいいのでは?お二人は同じような環境です。ラルク様はご兄弟や親類者、家臣などから無能などとくだらない噂されてましたし、マルク様はくだらん貴族たちから噂されてますからね。まぁマルク様はラルク様もリネア様も、メル様もエルカ様も大事にしておられるので、少し違いますがね」
「ああ。そこは違うな」
「ええ」
「まぁ、後の戦況の話は戦いの話で血生臭い話だ。その話はまた今度で良いだろう。」
「そうだな、どこから話すか。・・・。よし、まずは実家からだな。マルク、ドンナルナ家の歴史は知っているか」
「レア先生の次の授業で習う予定です」
「そうか。ドンナルナ家はな、初代国王陛下に仕えた三家というのが始まりだ。この三家はガルドのルクレシアス、軍務大臣のガリシアン、そしてドンナルナだ。それぞれ、智と外交のルクレシアス、軍略と統率のガリシアン、王の剣のドンナルナだ。まあ、言うなれば宰相がルクレシアス、軍師がガリシアンで、将軍がドンナルナだな。そんな家だからな、剣の強さが重要だった。初代様は黄金雷剣と言われて、最強を欲しいままにしていた。独立戦争では、帝国の旧大国時代から最強と言われていた将軍を殺し、危ない場面では一騎当千とばかりに多数の兵を殺し、勝ちを奪ったと言われている。そしてその後の4代目は魔獣の森から出てきた、強力な魔獣の群れを火剣と言われる火を付与した剣で葬ったという偉業を成し遂げ、辺境伯領を、王国を救ったと言われている。また魔族との小競り合いでもドンナルナ家の剣技が何度も唸りを上げて、勝ちを得てきたのだ」
「おう。すごいです」
「ああ、マルクもこの手の話は好きなんだな」
「ええ。ドンナルナ家の偉業は初めて聞いたのですが、誇らしいです」
「まぁ、俺も小さい頃はそうだった。だが、俺の武器は何だ?」
「槍です。あと守備です。あっ」
「そうだ。俺は槍が得意で、土魔法と風魔法が得意だ。攻撃の、火魔法や雷魔法を得意とするドンナルナ家で、風魔法と土魔法を得意とし、剣ではなく槍が得意だ。剣がうまく使えない俺は、家では能無しなどと蔑まれてきたんだ」
「そんな。でも父上は疾駆や硬化など強力なスキルが・・あっ」
「ああ。知っていると思うが、俺の小さい頃はな、10で学院に入る。その半年前に適正検査のためにスキルを知るんだ。マルクらのように7歳で才能を知ることはなかった」
「そうですね。7才の頃のラルク様は才能のない剣にすがりつき、痛々しかったです。私も剣ではなく、槍術でしたから、どうにかしたかったのですが、立場が弱く、どうにも出来ずにいました」
「そんな」
「まぁ、だからな。マルクのことは俺が一番わかるさ。まぁ俺の場合はその後にスキルを知ってからは楽だったがな。強いスキルだから、それを磨いて、家の奴らを見返してやると頑張りやすかった。それに9歳でスキルをわかったとき、親父がゼルを俺の教育係にしてくれたおかげで、助かったな。間違えることなく、自分の道を進めた。マルク、お前は俺よりもすごい。誰にもわからないスキルしかない状況下で自分の力を、自分の心を信じきる。それは誰にもできることじゃない」
「ええ。教育係になったばかりの頃のラルク様は危うかったですね。自分の才能を恨むかのような、でもそれで全てを壊してやるというような、そんな目をなされていました。全てを覆して、そこから立ち直り、英雄となりました。それでも、やはり、もらったスキルが圧倒的に良いものだったことが大きいと言えましょう」
「おい、英雄っていうな。あんまり好きじゃないんだ」
「ええ、知ってますとも」
「英雄と言われるのが何故嫌いなのですか?」
「それはな・・・・」
「救えなかった命が多くあったからですよ」
「ああ。ゼルの言う通りだ。大戦当時はな、俺も若くて無茶も一杯した。俺の事を自殺志願者とか言う奴もいたくらいだ。リネアにも心配をかけた」
「ええ。私も近くで、何度も止めましたよ」
「ああ。ゼルにも心配をかけたな。それでもよ。指揮なんか知らないし、俺は強くても周りの奴らは死ぬなんて話が何回もあった」
「特に、あの第二次レオアル大戦末期の、ラルク様が英雄になった、あの一戦は酷かったですね。公爵様が大将でしたが、相手の策を何も考えずぬに進むだけという無策でした。そのせいで王国軍は危機に陥り、多くの者が亡くなりました。逃げ惑う皆を救うために、ラルク様が殿を申し出て、戦場を共にしてきた数人の戦友たちが一緒に殿を申し出たのです。結局、私とラルク様とリリアの父親しか生き残らず、リリアの父親はリネア様ですら完全には治せぬ傷を負いました。そのせいでリリアの父親はそのあと・・」
「ああ。切っても、突いても、終わることのないような圧倒的な戦力差が延々と続くあの地獄を戦場に行く度に今でも思い出す。もしリネアやラインバッハやコーネリアスらが救援に来なかったら俺も死んでたな。あの一戦が終わった後は友の死を調べて、遺体や遺品を集めることしかできなかった。
確かに王国を救う一戦になったかもしれん。だが多くの者を救えなかったんだ。あいつらの名誉を傷つけるからな、英雄じゃないなんて口が裂けても言えないけどな。リリアの親父もそうだろうよ。あいつが死ぬ前に飲んだ時に似たことを言ってたさ」
「そうなのですね」
「ああ、英雄なんてのはいない方がいいのさ。マルクは憧れてくれたんだろうがな。悪いな、格好悪い父親で」
「いえ。むしろ尊敬します。辛い思いを胸にしまい、皆が望む姿を見せる。やはり父上はヒーローです」
「ヒーロー?」
「あっ、カッコいい人という意味です。古い文献でみました」
「そうか」
「ここまでにしましょう。夕食の時間も近づいています」
「そうだな」
父上の過去の話はすごかった。父上が俺と同じように辛い少年期を過ごしていたなんて。だから俺を見放さなかったのか。それに戦場での話もすごかった。英雄と呼ばれたのに、それを嬉しいと思えないんだ。
俺も覚悟を持たなくちゃ。目の前の救えなかった命を見ることもあるかもしれない。その時に後悔しないためにも覚悟が必要だ。
父上を超えるには、無謀だ、自殺志願だと言われようと、そんな命も救えるようにならないといけない。そのためには、心も体も技もスキルも魔法も全て鍛えるんだ。それしかない。
部屋に戻ると、すぐに夕食の時間になった。
「今日はマルクの訓練を見たのでしょう?どうだったの?」
「ああ。よかったぞ。マルクは俺がいない間も、頑張っていたことが目に見えてわかる動きだったぞ」
「そう、マルク、よかったわね」
「ええ、父上に槍術の訓練の成果を褒めてもらい、嬉しいです」
「マルクはラルクが好きだからね」
「ええ」
「そうだな」
「2人共嬉しそうね。母さんは嫉妬しちゃうわ。午後は辺境伯領での戦場の話をしていたのでしょう?」
「ああ、それと昔話をな」
「昔話?」
「リネア様、子供の頃の話と戦場の話ですよ」
「ああ。ラルクが暴れん坊だった頃のね」
「ち、違うぞ、俺がマルクに似ている境遇だったという話だ。俺は暴れん坊でも、問題児でもない」
「自殺志願者とか、学園一の問題児とか言われていたのに?」
「違う。というか、リネア、なぜ、学園一の暴れん坊を知っている?誰に聞いた?ゼルか?」
「いいえ。どこかの王様と宰相様よ」
「ラインバッハとガルドか。あのバカコンビめ」
「ははは。事実なのですからしょうがないでしょう。ラルク様の子供時代はもう」
「う。マルク違うぞ。事実ではない」
「子供の前で格好いい父親でいたいとは情けない」
「ゼル、いい加減にしろ。お前の戦場での通り名も言うぞ」
「おっと、それ以上は死を見ることになりますがよろしいでしょうか?」
「く。お前が言うと本当にそうなる可能性があるからな」
「まぁまぁ、ゼル。そうか。自殺志願者にマルクが驚かないところを見ると、大戦当時の話もしたのかしら?」
「ああ。それと子供時代に剣術や火魔法のスキルがなくて、落ちこぼれだった話もな」
「そうか、じゃあ私も、ラルクと会った時の話をしようかしら」
「あっ、それはしていないからやめておけ」
「え、なんでかな?ラルク」
「知りたいです。母上」
「ほら、可愛い我が子が聞きたがってるのよ?目キラキラして。」
「俺のいないところでしてくれ」
「わかったわ。今度、魔法の訓練の後にしましょう。それとマルク、わかったでしょう。ラルクもマルクと同じように苦しい時を耐えて、今があるの。マルクもどんな時も道を間違えない強さを持ちなさい」
「はい。母上」
「いい返事ね。まぁマルクは間違えない気がするわ。心配なのはアルフね」
「ああ」
「そうですね。アルフ様は最近、いい噂が聞こえてこないですね」
「あら、マルク、時間も遅いわ。そろそろ部屋に戻ったらどう?」
「・・はい、母上。では、父上、先に失礼します」
「うむ、しっかり休め。休むことも訓練だぞ」
「はい」
俺は食堂を出る。兄上のことで聞かれたくない話でもあるんだろうか?まぁそのうちわかるだろう。




