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始めてみよう

「みのり先輩は何で医者を目指してるんですか?」


そこまで言うみのりのことだ。きっとしっかりとした理由で医者の道を決めたのだと思い、優希は問いかけてみた。


「私か?単純に医療に興味があったからだよ。昔からドラマなんかを見て、凄いなと思ったものだ。あとは学力的にいけそうだなということもある。幸いにも学力には自信があったからな。あとはこのご時世だ。手に職を持っていれば仕事に困ることは無い」


みのりの言葉に優希は少々意外そうな表情を浮かべた。


「思った以上に現実的ですね」

「そうか?世間的に言えば、医者になるっていうのは結構な夢だと思うが」


そんな風に受け取られるとは意外だったのか、みのりは不思議そうな顔を浮かべた。

すると桜も気になったことがあったのか、みのりに問いかけた。


「さっきのみのり先輩の話だと得意不得意の話になると思うんですが、その辺りはどうなんですか?医者が向いてるかは今の段階では分からないと思いますけど」

「そうだな。そればっかりは今の段階では分からない。ただ、内科、外科、精神科、色々あるからな。研修のうちに見つけて見せるさ。それがどうしても無理なら臨床医ではなく研究医という道もある。仮に医者がダメでも、そのために勉強した知識は役に立つからな。英語の通訳とか出来るかもしれないな」


なるほど、と桜は納得すると続けて質問してみる。


「やっぱり英語って大事ですかね?私、苦手で……」

「それはもちろん大事だと思うぞ。学問でという意味もあるが、そもそも言語はコミュニケーションツールだからな。世界の英語人口が15億人くらいだったかな。当然その辺りは優希が教えてあげるんだろ?」


「え?そこで俺に振るんですか?英会話となると俺も自信無いですけど」

「まだまだだな、優希」


少し得意げにみのりは優希を見てそう言った。


「と、偉そうに言ってみたものの、私の場合は医者に必要なスキルだから勉強していただけなんだがね。まあ何にせよ、将来の方向性を見つけないことには必要なことに時間を割けないということだけは頭に置いておいてくれ」

「ありがとうございます。勉強になります。今まで『良い会社に入って』っていう感じの漠然としたイメージで勉強してたから、改めて考えてみます」

「ああ、そうすると良い。私みたいに大学の学部次第で進路が決まってしまう職種もあるからな。早いに越したことは無い。ふむ、何だか私が一方的に喋ってしまったな。時間は大丈夫だったか?」


優希と桜はそれぞれスマホを取り出し時間を確認する。気付けば入店から一時間近くが経過していた。


「私、そろそろ帰らないと」

「俺もそろそろ」

「そうか。そういえば桜の連絡先も良かったら教えてくれ」


みのりはそう言ってスマホを取り出すと、アプリを起動し桜に見せる。

桜と連絡先を交換しみのりは満足そうに頷いた。


「それじゃあ、また。いつでも連絡してくれていいからな」


店を出ると、みのりはそう言って二人とは違う方向へと歩いていった。

それを見送ると二人も自宅マンションへと歩き始める。


「みのり先輩、初めてちゃんとお話ししたけど良い人だったね。ちょっと独特な気はするけど」

「そうだな。まあ、それも含めてみのり先輩の魅力ってことで」

「それにしても、私はあんな風に将来のことなんて考えてなかったなー。私には何が出来るんだろう?確かに好きなことと得意なことは違うよね」


うーん、といった様子で桜は首を傾げた。


「なかなか考えさせられる話だったな。将来か、まだ先のことだと思ってだけど、目指す道によってはあと2年で決まっちゃうんだよな」


勉強には打ち込んできたものの、ある意味どの道でも対応できるように広く取り組んできた優希としては、改めて進路について考えさせられる時間であった。


「好きなことよりも得意なことか。改めて考えると頭が痛いな。漫画を読んだりはするけど、それで得意不得意なんてことには繋がらないし」

「優希君、真面目に考えすぎだよー。とにかく色々やってみたら良いんじゃない?うーん、何も浮かばないっていうなら、手始めに料理なんてどうかな?それなら私が少しは教えられるし、いまの食生活だって改善できると思うよ」


思考の海にハマり、ぶつぶつと独り言のように呟いてた優希の脇腹を突っつき、思考をこちらへ引き戻す。


「料理か。それも良いのかもしれないな。調理道具は揃ってるし」

「あれ?そうなんだ?」

「一人暮らしが決まった時に一通り揃えたんだよ。自炊しろって言われてね。実家で使ってたものを持ってくる予定が、母さんたちはそのまま福岡に残ることになって持ってこれなかったから」


桜は優希の食生活から道具すら揃っていないのだと思っていたため、それは少々意外であった。


「ちゃんと使ってあげないと勿体ないよ」

「何とも耳が痛い話だ」


桜の視線に耐え切れず、優希はそっと目を逸らした。


「毎日は難しいだろうし、週に2~3回でも良いと思うよ。作り置きしておけば毎日作る必要も無いし。一人暮らしだとそんなに量を作らなくていいから時間も掛からないよ」


優希の生活の負担にならないように考えながら桜は提案する。

しかし、優希は何か思うところがあるのか、考えている様子が見て取れた。


「どうかしたかな?やっぱり料理は止めておく?」


桜が問いかけると、優希は真剣な表情で口を開いた。


「いや、料理を始めると一つ重大な問題が発生するなと思って」

「問題?」


そんなことあっただろうかと桜が首を傾げると、優希は大きく頷いた。


「自炊を始めてしまうと、桜の料理が食べられなくなってしまう。あれはあくまでも俺の食生活を心配してくれてのものだろう?自炊を始めてしまうと差し入れをする理由が無くなるからな」


どんな重大な問題だろうかと身構えていた桜は、予想外の答えに肩透かしを食らってしまう形になった。


「え?そんなこと?」

「俺にとっては大事な問題だよ。桜の料理は美味いからなー。あれが無くなることを考えると料理をするべきか悩むところだ」


当然のことのように言いながら、視線を前に向け歩き続ける。


「もう!そんなことで料理を作る機会を失くしたらダメだよー。たまには差し入れしてあげるから、料理頑張ろう?ね?」


桜は優希の前へと回り込むと、ダメな子を叱るように人差し指を立てながら優希を見つめる。


「分かりました。それじゃあご指導よろしくお願いします。桜先生」

「ふふっ、任されました」


桜の押しの強さに負け、優希は観念したかのようにそう言って頭を下げた。


その後の桜の機嫌はとても良く、自宅に着くまでニコニコと優希との会話を続けるのだった。


もちろん桜の機嫌が良かったのは、優希が料理を始めようと思ったからだけでは無いということは言うまでも無かった。

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