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海斗と茜のわりと暇な一日

「兄ちゃん、勉強ばっかりしてないで遊ぼうよ」


日曜日、海斗は茜の家に来ていた。


「まあ待て、もう少しでキリの良いところまで終わるから」

「たまには悠も勉強したらどう?」


海斗と一緒に勉強していた茜は、自分の隣の空いている席を勧める。

いわゆるリビング学習というやつだった。正確には海斗が悠にせがませてリビングにいることになったため、茜の部屋で勉強する予定だったものが変更されたのであった。


「えー、勉強つまんないよ。簡単だし」

「そうなのか?」


悠のそんな言葉に海斗が興味を示した。


「そうだよ。実験とかは楽しいんだけどね」

「うーん、勉強は嫌いか?」

「嫌いじゃないよ」


悠はそう言って首を横に振った。


「珍しいな。みんな勉強なんて嫌いだと思ってたが」

「他のみんなは分からないけど、ウチは兄ちゃんとお姉ちゃんがいたからね。そんなに大変そうな姿も見てないし、お姉ちゃんは勉強してる時も何だか楽しそうなときもあったから。まあ、兄ちゃんと二人きりになれるのが楽しみだったんだろうけど」


何気ない言葉に反応したのはもちろん茜であった。ニコニコとしながらも威圧感を与えるような雰囲気を漂わせる。


「悠、余計なことは言わないのが賢明よ?」


悠の言葉は事実であった。勉強に集中したいから自室で静かにやりたいと言われれば、それは親としては当然尊重するところである。実際、集中して勉強しなければ海斗と同じ高校に進学出来ないということもあったため、あながち間違いでもなかったのだ。


「勉強に忌避感が無いのか。それは良いことだな。だったらどんどん先に進んだら良い。中学の頃の教科書とかテキストが残ってるかもしれないから、今度持ってこようか?」


名案とばかりに海斗は提案する。教科書を捨てた記憶は無いため、おそらくどこかにあるだろうと考えていた。


「えー、そこまでは良いよ」

「まあ、そう言うなよ。俺としては悠が勉強出来ると助かるんだよ」

「どういうこと?」


悠は不思議そうに首を傾げる。


「GWに仕事体験しただろ?あの時にホントに碧が薬剤師に興味を持ったみたいでな。ネットで調べたりしてるみたいなんだけど、薬剤師って国家資格だから当然勉強が出来ないとなれない訳よ。碧が勉強出来ない訳じゃないけど、教えられる人が側に入れば助かるなって思ってな」


やれやれといった表情で海斗は言うが、茜が海斗の側で勉強をしている姿を見てきた悠には、当然理解できる話ではあった。もちろん、海斗のように悠が教えられるかは別の話だが。


「兄ちゃん、それってハードル高くない?国家資格を取ろうとしてる碧に俺が教えるんだろ?俺の学力に期待しすぎだよ」


さすがにそれは難し過ぎるだろう、自分に期待しすぎだろうと悠は頭を抱える。


「良いんだよ。将来なんて変わるかもしれないんだから、必ずしも国家資格が必要じゃないかもしれない。それでも勉強が出来ることで選択肢が広がるんだから、碧にはそうあって欲しいし、悠だってそうだぞ?勉強だってなんだって、出来るに越したことはないんだからな」


海斗はそう言って悠の頭を撫でる。


「そんな風に言われたら断れないじゃん。兄ちゃんからも碧に勉強するように言っておいてよね」

「あー!何か私の話してる!」


ちょうどリビングから出ていた碧が戻ってきた。


「茜ちゃん、何の話してたの?」


海斗の側には悠が居たため、碧は茜に近づいていった。


「碧がホントに薬剤師になりたがってるって海斗が教えてくれたの」


茜は優しく碧の言葉に答えた。


「そう!薬剤師さんになりたいの!」


キラキラした瞳で碧はそう語りかけてくる。


「そっか。薬剤師さんになるのって大変だから、勉強頑張らないとね」

「やっぱり勉強大変のかな?」

「楽ではないでしょうけど、悠が一緒に頑張ってくれるみたいよ。ね?悠?」


そこで振られるとは思っていなかった悠だが、先ほどまでの海斗との会話は、悠の中で納得できているようだった。


「悠、ホント⁉」


碧は悠に近づき手を取ると、嬉しそうにブンブンと振った。


「碧がちゃんと勉強してくれないと俺のせいにされちゃうんだからな?ホント頼むよ?」

「うん!ありがとう!悠のそういうところ好き!」

「はいはい、俺も碧のこと好きだよ」


碧の『好き』という言葉はいつものことなのか、悠は慣れた様子で受け流していく。


「碧はホントに悠のことが好きだなー」


からかうように悠をチラチラと見ながら茜に声を掛けた。


「うん!私、悠と結婚するの!」


当然といった様子で碧は悠と繋いだままの手を握りなおした。


「あら、悠はこんなこと言われてるけど良いのかしら?」


茜がニコニコと悠に問いかけると、流石にそこまでは恥ずかしかったのか明後日の方を向いて言葉を濁してしまった。

そんな悠の姿に碧は少し悲しそうに、そして不思議そうに海斗に訊いた。


「え?悠と私って幼馴染っていうんでしょ?幼馴染って結婚するんじゃないの?お兄ちゃん達もそうだし、茜ちゃんが持ってる漫画でもみんな結婚してたよ?」


茜はとんだとばっちりである。

もちろん海斗はその漫画の存在を知っていたが、まさか碧にまで知られているとは思っていなかった。

数ある漫画の中で幼馴染をメインに据えた作品は数多くあれど、その全てが結婚するまで描かれているかと言えば、もちろんそんなことはない。あくまでも茜が集めているだけである。


「碧、どこでそれを読んだのかしら?」


鍵を掛けてまで隠しているという訳では無かったが、他の本と比べれば分かりづらいところには置いてあったのだ。


「ちょっと前に悠と一緒に宿題をしたんだけど、分度器が見当たらなくて茜ちゃんに借りようと思って部屋に入ったの。茜ちゃんが居なかったから、部屋の中を少し探しちゃったんだ。その時に見つけたんだけどダメだった?」


もしかして怒られるのでは?と思いながらも、恐る恐る正直に碧は答えた。


「そんな顔しないの。怒ってないけど、物の位置が変わってると泥棒が入ったのかと思っちゃうから、部屋から何かを持って行ったりしたら教えてね」

「ゴメンね?茜ちゃん」


近づいてきた碧を、茜は微笑み頭を撫でるのだった。



その後ひとしきり遊んだことで満足したのか、悠と碧はまた二人で遊び始めた。

茜は二人に声を掛けると、海斗を伴い勉強道具を持って自室へ戻っていった。


「まったく、碧はいつから知っていたのかしら」


茜はそう言いながら該当する本たちをチェックする。言われてみれば確かに、微妙に位置が変わっており誰かが読んだ形跡があった。


「茜は気付かなかったのか?前はあんなに読んでたのに」

「最近は読む頻度が減ってたから」


茜が幼馴染モノの漫画を読んでいたのは、ある意味茜の理想がそこにあったからと言っても良い。幼馴染との恋愛、結婚、茜は自分と海斗を重ねながら漫画を読んでいたのだ。

実際に海斗と付き合うことになれば、想像よりも現実の恋愛が優先されるのは当然であった。


「それでどうする?まだ勉強は続けるか?」


テーブルにテキストを広げたもののキリの良いところまでは終わっているため、そこまでのやる気は起こらなかった。


「今日はもう良いかしらね」


茜はそう言って海斗の隣に座る。心なしか距離はいつもより近かった。

海斗もそのことに気付いていたものの、何も言わず座ったままだった。

そのままお互い何も言葉を発することなく穏やかな時間が流れる。

そんな時、ふと海斗の肩にトンッと衝撃があった。


「どうした?」


海斗は優しく微笑んだ。


「何でもないわ」


茜は海斗に体重を預け、少々顔を赤くしていた。

まだまだ自分からのスキンシップには慣れていない様子だった。


「茜、こっち向いて」

「なにか……、んっ⁉」



茜がこちらを向き何かを言いかけたが、海斗はその唇をそっと奪った。

茜も驚きはしたものの、キスされたことを理解すると目を閉じ海斗を受け入れていった。


「もうっ!ビックリするじゃない……」


さっき以上に顔を赤くした茜が上目遣いで抗議するも、海斗は全く悪びれた様子も無く笑っていた。


「あれ?嫌だったか?」

「……嫌な訳無い。その……、もう一回……」


海斗は一瞬驚いた表情を見せるも優しく笑う。そして茜の眼鏡に手を掛けそっと外すと脇に置く。

頬に手を添え、もう一度茜の唇を塞ぐのであった。

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