福岡の味
「いらっしゃいませ!」
居酒屋特有の声掛けに迎え入れられる。優希はその声に驚くことも無く、慣れた様子であった。
「予約してた伊藤です」
「伊藤様ですね。ご案内いたします。お客様ご来店でーす!」
その声を受け、店内から『いらっしゃいませ!』と複数の声が飛んできた。
「こちらの席へどうぞ」
三人は座敷席へと案内された。当たり前のように桜は優希の隣に座り、優希と桜、菫という形で席に着く。菫はそれに気付いていたものの、微笑ましく眺めるだけだった。
「先にお飲み物をお伺いします」
店員が機械を片手に声を掛ける。
「それじゃあ、レモンサワーを貰おうかしら。二人はどうする?」
「俺はウーロン茶で」
「私も」
ドリンクの注文が終わり、少しすると飲み物が届いた。
「それじゃあ、乾杯!」
菫の音頭で食事会がスタートするのだった。
菫はさっそくメニューを手に取ると横向きに置いて全員で見ることが出来るようにする。
「何にしようかしら。やっぱりメインは焼き鳥よね。優希君は何かオススメはあるかしら?」
「そうですねー。豚バラ、とり皮はよく頼みますね。皮はお店の焼き方によって好みがありますけど」
「なかなかこっちじゃ頼まないメニューね。豚バラは話には聞いていたけど、置いてるお店に来るのは初めてだわ」
メニューに載っている写真を眺めながら菫は呟いた。
「そうですよね。福岡の方でも全国展開してる居酒屋だと豚バラが無いことも多いし。あれは実に悲しい……」
優希はそう言いながら、何だか遠い目をしていた。
「桜は何を食べる?」
「私はねー。と言っても焼き鳥なんてあんまり経験ないから良く分からないよ。うーん、つくねかな」
「追加で頼めばいいから、串はそんなところかしら。他には……」
菫がメニューを眺め考えていると優希から声が掛かった。
「頼みたいメニューがあるんでるけど良いですか?」
「ええ、気にせず言っていいからね」
「それじゃあ、山芋の鉄板焼きと、ゴボウの唐揚げをお願いします」
当然のように優希は言うものの、他の二人には馴染みが無かったようで『山芋?』と首を傾げていた。
優希は『もしかしてこっちには無いのか?』と思いながらも、それはそれで反応が楽しみだとそれ以上は口にしなかった。
「あとは……」
他にもいくつか選んだ後に店員を呼んだ。
しかし、他のオーダーに掛かっているようですぐには反応しなかったため、その様子を見ていた人物が厨房から出てくる。名札を確認するとどうやら店長のようだった。
「すみません、お待たせしました。ご注文ですか?」
「はい、お願いします」
思わず優希が受けてしまい、何となく優希が注文する雰囲気に。それを察した優希は先ほどまでの会話を思い出していく。
「えっと、バラと皮、それとつくねが三本ずつ。それからゴボウの唐揚げと山芋鉄板――以上でお願いします」
「かしこまりました。皮はタレと塩はどちらで」
忘れてたといった表情で二人を見れば、『優希君の好きな方で』とのありがたいお言葉が返ってくる。
「それじゃあ、タレで」
「それでは少々お待ちください」
機械でオーダーを厨房に通すと、店長は優希に声を掛ける。
「初めてみる顔やけど、九州の出身かな?」
話しかけられたことに優希は少々驚きながらも答えた。
「ええ、福岡です。俺だけですけど」
「福岡!よかねー。俺も福岡やけん、もし気に入ってくれたら、ご贔屓に」
「もちろん。せっかくだからお聞きしたいんですけど、高校生だけで来店って大丈夫ですか?」
「構わんよ。もちろん、お酒は出さんけどね。あと制服で来るのはお断りしとるけん。そこは気を付けて」
そこまで話したところで、近くから店長を呼ぶ声が聞こえた。別の店員が角切りキャベツの盛られた皿を持ってきたのだ。
それを受け取ると優希達のテーブルに置いた。
「それではごゆっくり」
そう言って店長は厨房へ戻っていくのだった。
「なんだか、随分とフランクな店長さんだったね」
「そうだな。同郷ってことで親近感があるんじゃないか?」
店長が戻っていく姿を目で追いながらそう言って優希は箸を手に取った。
「あれ?食べないんですか?」
「これって、アレよね?福岡だと頼んでないのに出てくるというキャベツ……」
「え、まあ、言い方に難はありますが、それだと思います」
それを聞くと菫が瞳をキラキラとさせながら箸を手に取った。
「まあ!まあ!とても本格的なのね!さっそく頂きましょう」
二人がキャベツに箸を伸ばすなか、優希は一人手を合わせてから箸を伸ばした。
「いただきます」
ポリポリとキャベツをつまみながら桜が優希に訊いてくる。
「そういえば、店長さんは優希君が福岡の人間だってよく分かったよね」
「そういえばそうだな。特に変わったことはしてないつもりだけど」
「それは兄ちゃんの頼み方があまりに慣れてたからやね。はい、枝豆お待ち」
再び店長がやってきて枝豆をテーブルに置いていく。
「そうですか?いつも通りでしたけど」
「高校生でいつも通り頼んどるけんよ。豚バラのことをバラ三本なんて頼み方、九州の高校生じゃないとせんやろ」
「そんなもんですかね?」
「よかとよ。ここはどうにも九州が地元のお客さんが多かけんね。気にせずいつもの感じで過ごしてくれたら」
それだけ言うと店長は再び戻っていくのだった。
「ということらしい」
「な、なるほど……」
確かに周囲に聞き耳を立ててみると、あちらこちらからから九州の方言が聞こえてくる。福岡だけにとどまらず、それ以外の県出身者も訪れているようだった。
「そういえば優希君。さっきも話題に出てたけれど、優希君ってこういうお店にはよく来ているのかしら?」
「基本的には家族で外食って言うことにはなるのでそう頻繁にではないですけど、物心ついたときには食べに来てましたね」
「はー、地域が違えば文化も違うのね。私たちの感覚だと社会人になってからくるようなお店ってイメージだし。だから桜は初めてじゃないかしら?」
「そうそう!何だか色々頼めて新鮮って感じ!」
最初は唐突な外食でソワソワしていた桜だが、雰囲気にも馴染んできたようでメニューに目を通していた。
「菫さんたちは家族でどんなところに外食に行ってたんですか?」
うーんと考えている菫から引き継ぐように桜が答える。
「改めて聞かれると何かな?焼肉、回転寿司、中華。色々行ってはいるんだけどね」
桜は思い出しながら指折り数える。
「なるほど。もちろんウチも焼肉にも回転寿司にも行くから、そこに焼き鳥屋が入っただけだな」
そこに店長ではない別の店員が料理を運んでくる。
「お待たせしました。山芋鉄板です」
「ありがとうございます」
テーブルに置かれた料理を見て、桜は不思議そうに首を傾げた。
「山芋の鉄板焼き?」
「そうだな」
「思ってたのと違ったよ」
「どんなのを想像してたんだ?」
「鉄板焼きっていうから、切った山芋がステーキみたいに焼かれて出てくるものかと」
テーブルの上には桜の想像しているものとは全く違う、まるでお好み焼きのようなものがスキレットに入れられ置かれていた。
「あれ?もしかしてこれも福岡のものなのか?」
「少なくとも私は初めて見たわね」
「まあ、美味しいことは保証しますから。熱いうちに食べましょう」
優希は皿に取り分け菫と桜に渡す。
「それじゃあさっそく頂くわね」
桜と菫は二人そろって料理に口を付ける。
「熱っ、でも美味しいよ!」
「良いわね、これ。お好み焼きとはまた違う感じで。家でも作れないかしら」
「うーん、どうだろう?スキレットだとIH使えないんじゃない?」
「IH対応のスキレットもあるけど、こういう料理はやっぱりガスコンロよねー」
そんな家族の会話を眺めながら優希は会話に参加する。
「桜は分かってましたけど、菫さんも中々の料理好きですよね。出てきた料理を再現しようなんて」
「あら、優希君は料理が好きな女性は好みじゃないかしら?自分で料理を作っちゃうタイプ?」
桜が差し入れをしている状況をみればそんなことは無いと分かるが、あえて菫は訊いてみる。
「まさか。もちろん料理が出来る女性は好きですよ。俺が料理出来ないから単純に尊敬できるというか」
料理が出来ないということを自分で口にするのが恥ずかしいのか、優希は少し照れながらそう言った。
「だってよ、桜。良かったわね」
ニコニコとしながらわざとらしく桜に声を掛ける。すると慌てたように桜は口を開く。
「一般論でしょ?それは出来ないよりは出来たほうが良いってだけだし……」
「それはそうかもしれないけど、俺は桜の料理好きだよ」
気負った様子も無く当たり前のように言ってのける優希の姿を見ると、それを言われた桜の方が恥ずかしくなってきてしまう。
「もうっ!そういうの禁止!」
そう言って桜は優希の腕をパシッと叩く。
「……でも、ありがと」
顔を赤くして俯きがちに言った言葉はとても小さな声だったが、隣にいた優希にはきちんと届いていたのだった。




