話し合いも楽じゃない
翌朝、いつものように桜とともに登校してきた優希に声が掛かった。
「伊藤君、この前言ってたデザインの件だけど、綺麗に書き直してきたからみんなに意見を聞かせて欲しいな」
そう言って女生徒は2枚の用紙を手渡した。
綺麗になっていることもあるが、細かい部分が修正されていた。
「了解。他にもみんなに訊きたいことがあるし、時間貰えないか先生に訊いてみるよ」
時計を確認するとSHRまではまだ時間があったため、優希は荷物を置くと職員室へと急いだ。
「失礼します。佐藤先生はいますか?」
扉を開け声を掛けるとその声に気付いたのか、静香が優希に視線を向けた。
「どうした、こんな朝から」
「いえ、文化祭のことで少し時間を――」
簡単に事情を説明するものの、静香は簡単には頷かなかった。
「あれ?難しいですか?」
「まあな。流石にこう何回も時間を要求されては授業時間が足りなくなる。今でも結構ギリギリだからな」
静香も言葉ではそう言いながらも、何とか出来ないかと腕を組み思考を巡らせていた。
するとそこに新たな声が掛かった。
「そういうことなら私の時間を使ってはどうかな?」
「大和田先生」
静香の向かいの席に座っていた古典担当の大和田拓也だった。
50代のベテラン教師で人当たりも良く、生徒たちからの信頼も厚い人物だ。
「大和田先生、良いんですか?」
優希が少々驚きながらも訊き返すと、大和田は頷き言葉を続けた。
「伊藤君たちのクラスは比較的授業内容が進んでますからね。自習という形にして好きに使うと良い。ここだけの話、私も中間テストの問題作成で時間が欲しかったんですよ」
そう言って笑うと、優希は感謝の言葉を告げた。
「とはいえ、全く何もしない訳にはいきませんからね。ちょっと待ってなさい」
そう言ってPCを操作すると、プリンタから用紙が吐き出されていく。
「一応課題を渡しておきます。次回の授業時間に集めるので、その時までに終わらせておいて下さいね。配布と伝達は伊藤君にお任せします。教師は誰も行きませんので生徒の管理もお願いしますよ」
大和田は排出させたプリントを纏めると優希に渡した。
「大和田先生、ありがとうございます。佐藤先生も」
そう言って気持ちも明るく、優希は教室へと戻っていった。
「大和田先生、生徒に甘くないですか?」
「良いじゃないですか。活動に積極的な生徒には協力したくなるんですよ。それに、生徒への甘さで言えば、佐藤先生には負けますよ」
大和田はそう言って笑うと、荷物を抱えて自分の担当クラスへと向かっていった。
「大和田先生のご厚意により、この時間は文化祭の話し合いに充てることになりました。それではサクサク進めていきましょう。また、課題を貰ってますので、話し合いが早く終わればこの時間中に終わらせられる可能性もあります。だけどもしも長引けば持ち帰りです。集中していきましょう」
教卓の前で笑顔で言う優希に得体のしれないプレッシャーを感じたのか、一瞬で教室ざわつきは収まっていた。
「それでは、まずは男装喫茶の内装等のデザインについてです――」
朝に見せてもらったデザイン資料を共有したのちに多数決を取る。
結論としては可愛い系のデザインを推す意見が多数であった。いくつかデザインについて意見を集め、一つの議題が終わる。
次は接客する際に女子が着る男子の制服と髪型についてだ。昨日のことを踏まえ要点を伝えていく。
身長が近い者同士をペアにして午前と午後で振り分けることで、着た時の違和感が出にくい様にしたほうが良いという意見が出た。そのため急遽女子の背比べが始まるという一幕はあったものの、話し合いは順調に進んでいた。
「髪型を変えることにはみんな問題が無いみたいで良かったです。あとは制服を教室で保管するためのハンガーラックが欲しいと考えているのですが、家に余ってるという人はいませんか?持ち込む方法は後で考えますので、とりあえず持ってきても良いよっていう人、募集中です」
そう言ってしばし様子を伺っていると、一人の生徒が手を挙げた。
「俺の家、兄ちゃんが一人暮らし始めて出ていったから、余ってたと思うぞ」
「グッド!」
パチンと指を鳴らすとそう言った。半ばダメ元だったために、優希は若干テンションが上がっているのだった。
「それじゃあ、貸してもらって大丈夫かな?どうやって持ち込むかは追って考えましょう。こちらからは以上ですが、他にはありますか?」
そこで衣装担当の生徒から声が上がった。
「それじゃあ制服の補正はハンガーラックが来てからで良いよね?全員分の制服を家に持って帰るわけにはいかないし、家庭科室で作業したいんだけど」
「そうだね。それじゃあ、尚更早く持ってこないと。――他に意見はありませんか?」
優希は教室を見回すと一息ついた。
「皆さんの協力お陰で早く終わりました。まだ時間はありますので、残りは課題の時間に充てて下さい。プリントを今から配りますね。提出は次の古典の時間なので、今日中に終わらなくても大丈夫です」
板書をしていた桜が近づいて、優希からプリントを半分受け取った。
「ありがとう、桜」
二人で手分けしてプリントを配るのだった。
「さて、やるか」
そう言って優希はノートを取り出す。
プリントではなく、ノートに向かったことを不思議に思った桜が声を掛けた。
「あれ?課題は良いの?」
「課題は家でやるよ。とりあえず、さっきの話し合いの内容を纏めておかないとな。板書を消す前に書いておかないと忘れちゃうよ」
優希はそう言うと、板書を確認しながら話し合いの内容を整理していく。
「優希君って几帳面だよねー」
丁寧に書き込まれていくノートを覗き込みながら桜は言った。
「几帳面?俺がか?まさか」
まさかそんな印象を持たれているとは思っていなかった優希は笑いながら言う。
「俺は結構適当だよ。几帳面だったらあんな食生活してないだろ?」
優希は自分の生活を振り返ってみても、そう思われる要素は無いと考えていた。
しかし桜からしてみれば、交渉の事前準備や会議での様子などで、しっかりとした印象を持っていた。
「そうかな?」
優希の言葉にイマイチ納得が行かいのか桜は首を傾げる。
「もしそう見えているのだとしたら、外面が良いだけなのかもしれないな」
「あー。確かにそうかもね」
「あれ?そこは肯定するの?否定する流れだっただろ」
桜のまさかの返答に優希は少々面食らいながらも小声で時折会話をしていく。そしてなんとか時間内にノートを纏め終えるのだった。




