ネクタイが結べない
放課後、優希達は教室に残っていた。
海斗の制服を茜に合わせることが認められたとのことで、早々に調整することにしたのだ。
しかし、当然女性二人が着替える必要があるため、ある程度の生徒が帰宅、教室を出るのを待っていた。
「羽田君、お待たせ。そろそろ良いかな?まだ何人か残ってるけど、男子は羽田君と伊藤君だけだし」
優希達の机を囲み談笑していた海斗は、その声に振り向くと立ち上がった。
「そうだな。だけど、今日は無理言って悪かったな」
「気にしなくて良いよ」
本当に気にしていない様子で笑顔で返される。
「お願いついでで悪いんだが、こっちの二人も一緒に制服を合わせてやってくれないか?」
そう言って優希を指し、申し訳なさそうしていた。
「ゴメンね、急なお願いで。良かったら俺の制服を桜に合わせて貰えないかな?」
優希と桜の表情を交互に眺めると、女生徒は桜の表情に何かを感じたのか快く応じた。
「構わないよ。橋本さんもそれで良いのかな?」
「うん!ありがとう」
桜は提案が通りホッとしたのか、安心した様な笑顔を見せていた。
「それじゃあ、制服は借りるね。着替えるから男子は廊下へ」
その言葉に優希と海斗は教室を出ていくのだった。
「もう大丈夫だよ」
教室の扉が開き、声が掛けられる。
二人が教室に入ると、ブカブカの男子制服姿の桜と茜の姿が見える。
「改めて見ると思った以上に大きかったな。茜はまだしも、桜は大丈夫か?」
「それを何とかするのが、私たちの腕の見せ所と言いたいところだけど、やっぱり大きいわね。スラックスは詰めればいいけど、上着の袖には校章が付いてるしどうしようもないんだよね。アームバンドに色を付けて目立たなくすればいけるかな……?あとはウエストも大きいし」
衣装担当の生徒は海斗の問いに答えながらも、後半は半ば独り言のように言っていた。
「うーむ」
優希はおもむろに自身の制服のベルトを外すと、そのまま桜に手渡す。
「桜、とりあえずこれを着けてみて。あー、でも、穴の位置合わないか」
桜はベルトを受け取るとそのまま制服に通す。確かに一番小さい穴でもまだ大きかったが、多少の効果はあったようで何も無い状態よりはマシになった。
「茜も。ほら」
「ん、ありがと」
茜も海斗からベルトを受け取ると制服に通していた。
「それじゃあ、とりあえず合わせていこうか。二人とも、ウエストの辺りで押さえてもらってて良いかな?」
言われるままにスラックスを抑えていると、他の衣装担当の生徒が二人の足元にしゃがみ込み裾を内側に折り曲げていく。
何度か声を掛けながら長さを調節していくと、長さが上手く決まったようだった。
「ゴメン、クリップ頂戴」
「ちょっと待っててね」
海斗と話していた女生徒は手近に置いていたクリップをいくつか手に取ると近づき手渡す。
そのまま数か所をクリップで留めると、反対側も同様に留めていく。
そして二人の調整が終わり、再び女生徒が話しかけてきた。
「今はこんな感じで仮留めしてるけど、家に持って帰って裾上げテープで補正しておくね」
「裾上げテープ?」
海斗の中では裾上げといえば『縫う』と印象があったため、イマイチ言葉の意味が理解できなかった。
「そう。縫って制服に穴を開ける訳にもいかないでしょ?。100均なんかにもそういう固定するためのテープが売ってるんだよ」
「はー、なるほどね」
海斗は感心した様に言葉を漏らす。
「という訳で、少しお金掛かっちゃうから。予算よろしくね?」
ニコニコとしながら承認を求められるも、その権限は自分には無いとばかりに海斗は優希に視線を向けた。
「構わないよ。必要経費だしね。でも、領収書を貰ってきてね」
「はーい」
「ところで、せっかくだし二人の制服姿を完成させてみたいんだけど良いかな?どんな風になるのか気になってて」
「それは私も気になってたんだよね。と言っても、後はネクタイと上着くらいだけどね」
制服を着ている二人を横目に話がどんどんと進行していく。
「という訳で聞いての通りだ。桜がどんな風になるのか見せてもらうぞ」
「何か勝手に話が進んでるし。そもそも私、ネクタイの締め方なんて分からないよ?」
誰も止めることなく話が進んでいくことに桜は驚きながらもそう言った。
「もちろん俺が教えるから大丈夫だよ」
優希は自身のネクタイを外しながら優しく言う。
桜と向かい合う形でしっかりと確認しながら手順を伝えようと考えた。
「まずは首に掛けて」
桜は言われたとおりに手を進めていく。
「そしたら、長く取ってるほうを前にしてクロスさせて、そのまま後ろに回してグルっと一周」
「んー?こう?」
「いや、ちょっと違うな」
何度か繰り返すも中々上手くいかない桜を手助けするために、優希は一歩近づきネクタイへと手を伸ばした。
「えっと、こうだな。あれ?」
自分で結ぶことと他人のネクタイを結ぶのでは勝手が違い、優希はネクタイを上手く結ぶことが出来ない。
『自分が教える』と言った手前、出来ないなどと優希は言うつもりは無かった。
桜の胸元で何度も優希の手が動く。ネクタイに真剣に向き合っている優希は気にした様子は無かったが、桜は気が気ではなかった。自身の胸元、その上を優希の手が動いているのだ。当然、時折優希の手が制服を掠める。真剣にやろうとしている優希に水を差すようで悪いと思っている桜は声を上げることは無かったが、手が触れるたびにドキドキして顔が熱くなってしまうのだった。
「ぐあー!しゃーしかねー!」
流石の優希も痺れを切らす。
「桜、ちょっと後ろ向いてもらって良い?」
「え、うん」
言われるままに後ろを向くと、桜の身体を抱きしめるようにして優希の手が後ろから回された。
「ちょっ!優希君⁉」
「桜、俺の手元見ててね」
優希はネクタイを手に取ると、普段自分が結ぶように手を動かし始める。
「こうやってグルっと回して、上から通して――」
そんな説明を受けるも、桜にその声は届いていなかった。
「桜、聞いてる?」
急に反応が無くなった桜のことを不思議に思い声を掛けると、ハッとした様子で桜は再び動き出した。
「だ、大丈夫。聞いてるから続けて……」
「そう?あとは後ろにある細い方を引っ張りながら、上にあげれば完成。……おっと、悪い」
完成と同時に少し気が緩んだのか、優希の右手が自分でも分かるくらい胸元に触れた。
すでに耳元まで真っ赤になってしまっていた桜は『気にしないで……』と小さく呟くのが精一杯だった。
ちなみに、そんな二人の様子はもちろんクラスに残っていた全員の見られていた。
みんな空気を読んだのか、邪魔にならないように大きな声を出すことは無く、数人で集まってはジッと二人の姿を見つめていたのだった。
また、茜はネクタイを結べるのだが、優希達の様子が気になっていたため手が止まっていた。
「茜、どうしたんだ?結び方忘れたか?」
そんな様子を不思議に思い海斗が声を掛けてきた。
茜の視線が桜に向いていることに気付いた海斗は冗談めかして提案をする。
「俺が教えようか?」
茜はチラリと衣装担当の女生徒へ一度視線を向けると、海斗に向き直りコクリと頷いた。
「……お願いするわ」
そう言って海斗に背中を向ける。
表情こそ分からなかったが、茜の耳は真っ赤に染まっているのだった。




