伊藤式勉強法
「それで?どうして今日は勉強なんて?」
食事を終え食器を片付けると、優希は再びテーブルへと戻る。
「んー?テスト勉強をしてたら、どうにも分からないところがあったんだよ。あ、ちゃんと自分でも調べたんだよ?だから答えは分かったけど、イマイチ納得出来なくて」
優希が片付けをしている間も問題集を解いていた桜が、視線をノートに落としたまま答えた。
「どれ?といっても、俺も教えられるかは問題次第だけどな」
「英語でございます……」
桜は問題集の手を止め、英語の参考書を取り出す。
「ここなんだけど」
「長文読解か。そういえば前に教えた時も英語だったな。あの時は英作文だったけど。桜は英語が苦手なのか?」
「得意ではない……かな」
シュンと肩を落とした様子で桜はそう言った。
「長文読解も暗記だと思われがちだけど、個人的にはいかに分からないことを周辺情報で補完出来るかだと思うんだよな。桜は普段どんな勉強をしてるんだ?」
「単語が分からないと文章が読めないから、単語とか慣用句を覚えることが多いかな」
「なるほど。ちなみに問題を解くときは長文と問題文、どっちを先に読む?」
「それはもちろん、問題文だよね?」
少々自信なさげに桜は聞き返してくる。
「そうだな。正解!」
優希は桜を元気付けるために、あえて明るく振る舞って見せた。
その様子に桜もホッと一息つくのであった。
「長文読解のコツは推測だよ。単語を覚えるのも大事だけど、分からない単語なんて絶対出てくるしな。文章の前後で推測して読むんだよ。日本語だってそうだろ?分からない漢字があっても、いちいち単語を全部は調べないし、それで文章を読むのに不都合があるなんてこと滅多に無いしな。あ、でも長文は解き終わった後に声に出して読むと良いぞ。単語が入ってきやすいし、アクセントも覚えるはず」
優希はそう言って持論を展開していく。桜としては自分と違う発想で勉強をしていることに軽く衝撃を覚えていた。
「とまあ、英語全般の話になっちゃったけど、この問題に関しては――」
優希は丁寧に教えていく。時折質問があったものの、それにもしっかりと答えることで、桜の疑問は氷解したようだった。
「なるほど、分かった……と思う」
「同級生がちょっと教えただけで理解されたら、学校や塾は商売あがったりだよ。テストまではまだ時間があるし、ちゃんと覚えていけば大丈夫だよ」
「塾といえば、優希君は塾に行ったりしないの?」
「そうだなー。今度のテスト次第かな。あまりにも点数が悪ければ考えるけど、今のところ必要は感じてないよ」
その言葉に桜は分かりやすく頭を抱えた。
「どうして私の周りは塾にも行かず成績が良い人ばっかりなの……」
「周りって言うと、海斗と茜か?海斗は自己学習だけで学年上位なのか凄いな」
「いやいや、優希君も人のこと言えないからね?」
「茜はどうなんだ?」
「茜ちゃんは海斗君が教えることで成績を維持出来てるみたいだよ」
「そうなのか。まさしく愛だな」
「否定出来ない……。本人には言わないけど」
優希がうんうんと頷いていると、桜も否定は出来ず何とも言えない表情をしていた。
その後キリの良いところまで問題集を片付けると、桜が両手を頭の上で組み、グッと身体を伸ばす。
「桜、少し休憩しよう。休憩ついでに俺の勉強方法を教えてあげる。参考になるかは分からないけどな」
優希はそう言って立ち上がると、ソファに座りテレビの電源を点けた。そしてそのまま動画配信サービスを立ち上げた。
「なになに?」
誘われるままに桜は優希の隣に腰を下ろした。
「どうするかな。映画だと長すぎるし、アニメで良いか。桜、この作品は知ってる?」
「んー、名前は知ってるかな。確か最近リメイクされてるっていうやつだよね」
「そうそう。俺のオススメだから、ちょっと付き合ってよ」
そう言うと、そのまま再生を始め第一話が始まった。
「あれ?優希君、なんか英語の字幕が出てるよ?」
「そうだよ?わざと出してるの。で、これが俺の勉強法の一つね」
優希はそれだけ言うとチラッと桜へ視線を向け、唇の前に人差し指を立て合図をした。
気にはなったものの、桜も優希が話し始めるまでは同様にテレビに視線を向けるのだった。
そして冒頭部分が終わりOPに切り替わると優希が桜の方を向き話し始めた。
「英語の字幕があれば、その文章がどういう単語と文法で構成されてるか分かるだろう?。逆に洋画を日本語字幕で見るのもオススメだぞ。あれはリスニングの勉強になるし」
「……それって、作品を楽しめてる?」
「もちろん二周目以降にしかやらないよ」
桜がそんな疑問を口にするが、そこは優希も同様だったようで、あくまでもきちんと見たことがある作品に限るとのことだった。
「この方法の良いところは、その表現が使われた状況をイメージしやすい、後から思い出しやすいっていうところかな。っと、そろそろ始まるな」
OPが終わり本編が始まる。少女漫画が原作のアニメであり、桜としても抵抗なく受け入れることが出来た。
徐々に作品に引き込まれていった様子で、本編が終わるまで桜が口を開くことは無かった。
「どうだった?」
「すっごく面白かった!」
桜はキラキラさせながら笑顔で言った。
「いや、勉強には使えそう?って意味だったんだけど」
優希が意地悪く言ってみると、ハッとした様子で桜は少々顔を赤くすると、分かってましたと言わんばかりに表情をキリっとさせる。
「これは良い勉強になりますね」
そんな桜の様子を見て、堪えられなかったのか優希がクスクスと笑い始める。
「何で急に敬語なんだよ」
「あー!笑うなんてひどいよー!」
桜は頬を膨らませながら、優希の肩をバシバシと叩き始める。
「ゴメン、ゴメンって。ふふっ」
「もうっ!もうっ!」
傍から見れば完全にじゃれ合っているようにしか見えず、二人の距離は自然と距離は近づいていく。
「俺もやられてばっかりじゃないからなー」
優希はおもむろに桜の脇腹に手を伸ばすとくすぐり始める。
「あっ、ダメッ!ふふっ、あははっ!」
桜はくすぐられることに弱いのか、少し触れただけで身をよじらせ笑い出した。
「桜、くすぐられるの弱すぎだろ」
「だ、だからダメって言ってるの……!あはっ」
少ししかくすぐっていないにも関わらず、すでに桜の息が上がり始める。これ以上は止めておくかと優希はそっと手を離した。
「……もうっ!乙女の身体を何だと思ってるのかな!」
一つ息を着くと、桜は顔を赤らめ上目遣いで優希を睨みつける。
「ゴメンゴメン、反応が可愛くて止められなかったわ」
優希はそう言うと、手を伸ばし桜の頭を撫で始める。
「優希君はそればっかり……。頭を撫でたら許すとでも思ってるのかな?」
「許してくれないの?」
優希が冗談めかしていうと、頭を撫でられたまま、プイっと視線を優希から外してしまう。
「そんなことより、続きを見たいのですが」
本心なのか、それとも状況に変化を起こしたいのか、桜はぶっきらぼうにだがそう言った。
「構わないけど、今日中には見終わらないぞ?」
「……その時は、また来て良い?」
「もちろん。もれなく勉強も付いてくるけどな」
その日はあと二話ほど鑑賞し、その後に軽く勉強をしたところで解散になった。
どうやら完全に作品にハマったらしく、漫画も買おうかな何てことを桜は口にしていた。
「それじゃあ、今日はありがとね。急だったのに」
「構わないよ。俺も桜に会えて嬉しかったし」
優希は玄関で桜を見送りながら何気なく言って微笑む。特に意識して出た言葉では無いだけに、それを聞いた桜が再び顔を赤くしてしまった。
「もうっ、またそういうことを言う……。それじゃあね!」
桜は小さく呟くと、手を振り笑顔で玄関を出ていくのだった。
「あ、晩御飯どうしよう」
桜が昼ご飯をご馳走してくれたことでお昼は問題無かったが、晩御飯のことを完全に忘れていた。
優希は桜が自宅に戻ったことを確認すると、晩御飯を買いに出るのだった。




