学生の本分は?
「何か名言っぽくは聞こえるけど……」
桜はうーんといった感じで、先程の言葉の意味を考えていた。
「親父さん達、良いこと言うな」
海斗が言えば、茜も概ね同意なのだろう頷いていた。
「えー、そんなにすぐ理解できるの?」
桜は頭をまだ悩ませていた。そんな桜に優希が助け船を出す。
「そんなに悩むようなことじゃないぞ。今の世の中、学力主義から能力主義へと変わりつつあると言いながらも、実質はまだまだ学歴社会だ。夢を掴めるかは努力次第だ、とか、大学四年間でいくらでも変えられるなんていうやつも当然いる。だけどよく考えてみろ。良い大学、ここでは倍率の高い名門大学を指して言うが、ここに入学したという時点で少なくとも他の人よりも努力をしてる。良い大学がブランドであることは否定しないけど、そこに入学出来るだけの努力をしたっていう証でもあると俺は思ってる。当然就職試験では有利に働く。そうすれば第一希望の会社に入れて万々歳だ」
「そ、それは確かにそうだね……」
桜は気圧されながらも何とか相槌を打つ。
「それに学生時代の勉強時間って貴重なんだぞ?社会人になれば、仕事の合間に時間を見つけて、自分でお金を出して勉強をしないといけない。だけど学生は勉強することが仕事だからな。大半の人間が親にお金を出してもらって勉強が出来る。それでいて褒められるなんて時間は今だけだぞ」
熱く語りだした優希に晃成を除くみんなはあっけにとられていた。そこで代表するかのように海斗が口を開く。
「優希……、お前、学歴社会に親でも殺されたのか?」
優希は何を言っているんだと思いながらも、自分が熱くなってしまったことに気付く。
「む、悪い。せっかくの昼飯が不味くなるな」
「気にするな、優希の意外な面が見れたしな」
そう言って意地悪く笑う。
「晃成、優希は昔からこんな感じなのか?」
「そうですね。勉強じゃなくても、たまにこんな感じになりますね。前はどの話でこうなったっけ?」
「やめろ晃成。俺の話は止めるんだ」
これ以上何を言われるか分からないと、優希が話を打ち切ってくる。
「晃成、俺達はこの後も授業があるけど、晃成は入学式だけだっただろう?クラスの誰かと遊びに行ったりしなくて良いのか?」
「兄ちゃん、露骨に話題を変えたね。仕方がない、乗ってあげよう。さっきも言ったように一人暮らしでこっちに来てるわけだから、当然知り合いなんているわけないし、今日は兄ちゃんを見つけたからこっちが優先だと思ってね」
晃成は露骨な話題変更にも快く乗っかってきて
「だけど驚いたよ。兄ちゃんだって編入してきたばっかりのはずなのに、こんな仲良さそうな友達と彼女をもう作ってるなんて」
彼女という単語に目に見えて桜が慌てだす。
「私と優希君は別にそんな……っ」
「どうした桜?ここには桜と茜の二人の女性がいるぞ。何で桜が慌てて否定しようとするんだ?」
優希が意地悪く言いながら見つめると、桜は真っ赤になって俯いて
「別に何でもないし……」
「ホントに付き合ってないんですね。なんとなく話題として振っただけだったんですが、困らせてしまいましたね。橋本先輩、ごめんなさい」
晃成が謝罪の言葉を述べる。
「そんなに気にしないで。私が勘違いしちゃっただけだし。あ、そろそろお昼休み終わっちゃうよ」
桜は恥ずかしくなったのか、そう言ってこの場をまとめはじめる。
「兄ちゃん、長々と引き留めてごめんね。午後も頑張って!」
「ああ、ありがとう。晃成も気を付けて帰れよ」
晃成と別れ、三人は教室に戻り残りの片付けに精を出すのだった。
放課後になり四人で教室を出ると、校門のところで海斗達と別れ、優希は今日も桜と一緒に帰ることに。
「優希君はひとり暮らしなんだよね?自炊はしないの?」
「自炊か。やってみても良いかなとは思うけど、自分で作って自分で食べるのも味気ないなと思ってね。時間もかかるし、それだったら弁当とか惣菜で十分かな」
料理を作るもろもろのコストと買って帰るコストを天秤にかけ、優希は買って帰ることを選択する。
「でもまあ、休みの日とか時間があるときにはチャレンジしてみようかな。家庭科の授業くらいでしか料理してこなかったけど」
「ホント!?その時は味見役は私に任せて!すぐに飛んでいくから!」
「え、嫌だよ。そんな練習中の料理なんて出せるわけないだろ。どうしてもと言うなら、桜が作った料理と交換な」
「構わないよ。これでも料理には自信があるからね!」
ドヤ顔で桜は答える。
「なんだ、菫さんの手伝いって買い物だけじゃないのか?」
「違いますー!ちゃんと料理だって手伝ってるんだからね」
そんな料理話をしていると昨日もやってきたスーパーに辿り着く。
「桜も買い物か?わざわざ買い物にまで付き合わなくて良いんだぞ」
「何となくだよ。お菓子とか欲しいのがあれば買おうかなっては思ってるけどね」
今回の買い物は優希がメインのため、食材には目もくれず総菜コーナーへと向かっていく。サラダ、メインのおかずと手に取り、最後にパックのご飯をカゴに入れる。
「今日はお弁当じゃないんだね」
「この前貰った肉じゃがまだあるからな。それに合わせて、今日は惣菜メインで」
買物を終えると二人はマンションへ帰っていく。
「それじゃあ、また明日」
「うん!優希君、また明日ね!」
そう言って二人は自宅へ戻っていった。
優希は制服から着替え、勉強など自由な時間を過ごすと、買ってきた惣菜と肉じゃがを温め夕食を始めた。食事を進めると、多めに貰っていた肉じゃがもとうとう食べ終わってしまい残念な気持ちになる。
食事を終えると桜にSNSでメッセージを送る。
『今から家に行って大丈夫か?タッパーを返したいんだけど』
『大丈夫だよ!』
少々間があって既読が付いたことを確認すると、タッパーを片手に部屋を出る。
家を出ると同時に橋本家のドアが開く。
「桜、こんな時間に悪いな」
「ううん、大丈夫だよ。ダメなときはダメって言うだけなんだから」
綺麗に洗われたタッパーを受け取ると桜はそう言って微笑む。
「改めて、肉じゃがごちそうさまでした。菫さんにも伝えておいてくれないか?もちろん今度会った時に自分でも言うけど一応ね」
「優希君、結構律儀なんだね」
「親の躾が行き届いているもので。あんまり話しこんでも悪いし、また明日な」
「うん、また明日!」
桜side
優希と別れて自宅へ戻る。
「ただいまー!」
「あら、おかえりなさい」
菫が桜の帰宅に気付き出迎える。
「帰ってきて早速で悪いんだけど、料理手伝ってくれない?ちょっと手が離せなくて」
「はーい」
「そう言えば、この前優希君に渡した肉じゃが、桜が作ったって教えたの?何だか、私が作ったみたいに思ってるみたいだけど」
「えー、別にいいよ。わざわざ教えなくて」
桜は手早く料理を仕上げながら菫に答える。
橋本家の夕食も終わり、桜は自室でくつろいでいた。
するとスマホに優希からメッセージが届く。
『今から家に行って大丈夫か?タッパーを返したいんだけど』
アプリを開かずとも画面には一部表示されるため、今から優希が家に来ることだけは分かった。
「何気に優希君からのメッセージって初めてかも。って、そんな場合じゃない!」
慌てて鏡の前で髪型を整え、おかしいところが無いかをチェックをするとアプリを開き返事を出す。
桜はそのまま玄関に向かい扉を開けるのだった。
実験的ですが、視点変更を入れてみました。
今後も入れるかもです。