やきとり
土曜日の昼前、優希は自宅でのんびり過ごしていた。
一人暮らしともなればだらけそうな気もするがそんなことはなく、休みの日には朝から軽く掃除をして、片付いた部屋で勉強をするというのが習慣化しつつあった。
「……腹減った」
しかしそんな規則正しい生活を送っている優希も食事だけはままならず、自炊には程遠い状況であった。
朝食もパン一枚と質素なものであり、高校生男子の食事としては物足りないことは明白であった。
「母さんから貰ったラーメンは昨日も食べたしどうするかな」
勉強も一段落したためリビングのソファに座り、息抜きのためにネット配信のアニメ作品を見ていたが、途中でお腹が鳴り、優希は一人そう呟いていた。
しかし、どうすると言ったところで自炊が出来ない優希には食べに行くか買いに出るかの二択しかなかった。簡単に外出する準備をしているとスマホに着信が入った。
「どうした?」
「あ、優希君?今って何をしてるのかな?」
着信の相手は桜であった。
「ん?昼飯どうしようかなって思って、とりあえず外に出るところ」
「もし良かったら勉強教えて貰えないかな?もちろん無理だったら良いんだけど……。というかお昼ご飯だもんね……。あっ!良かったら作って持って行くよ!」
そう言って捲し立てる桜に少々驚きつつも、昼ご飯を提供してもらえるというのは優希にとっても非常に魅力的であった。
「勉強を教えるのは全然構わないぞ。だけど俺の昼飯なんて気にしなくて良いのに」
「私がしたいだけなんだから良いの!それじゃあ準備してから行くね」
電話を終えると優希はダイニングテーブルに広がったままの勉強道具を纏め、桜が勉強できるスペースを確保する。
桜が来るまでもう少し掛かるだろうと考えた優希は、再びソファに座ると途中までになっていたアニメを再び見始めるのだった。
しばし作品を見ているとインターホンが鳴る。
桜だろうと踏んだ優希は確認をすることなく、直接玄関へと迎えに行く。
扉を開けると予想通り桜がお皿を持って立っていた。
「こんにちはー。急にごめんね?」
少々申し訳なさそうに言うも、優希は全く気にした様子は無かった。
「気にしなくて良いよ。とりあえず中へどうぞ」
そう言って桜を招き入れる。
桜も何度か来たことで慣れたのか、最初のように慌てることは無くなっていた。
「お昼ご飯、ここに置いておくね」
皿をダイニングテーブルに置くと、あることに気付いた。
「あ、オカズしかないけどご飯ってあった?」
「それは大丈夫。パックは買いだめしてあるから」
優希がストックを置いているから真空パックのご飯を取り出すと、レンジに放り込みスタートボタンを押した。
「あ、優希君。何か観てたの?今日は映画を観るって言ってたもんね」
一時停止にしていたつもりがだったが、テレビにはいつの間にが番組選択画面が表示されていた。
「うん?ああ、アニメをちょっとな」
食事の準備をしながら優希はそう答える。
「テレビも良いけど、勉強は良いのか?」
その声にハッとした様子で桜は椅子に座ると姿勢を正した。
レンジからチンッという音が聞こえると、優希もご飯を取り出し席に着く。
「いただきます」
優希はいつものように手を合わせる。
「召し上がれ。豚バラと野菜の炒め物です」
桜も当然のようにそれに応えるのだった。
優希は皿に掛かっていたラップを取り外すと、肉野菜炒めとキャベツミックスが盛られていた。
「ごめんね。自分で作るなんて言っておいて簡単なものしか出来なくて」
「何言ってるんだよ。十分ありがたいよ。味もバッチリだ」
そう言って美味しそうに優希は食べ続ける。こってりとした濃いめの味付けにご飯も進む。その様子に桜も安心するのであった。
「しかし豚バラか。そういえば最近焼き鳥食べてないなー」
その言葉に桜は不思議そうに首を傾げる。
「豚バラなのに、何で焼き鳥が出てくるの?」
「焼き鳥と言えば豚バラだろう?」
優希は当然のように言うも、桜の謎は深まるばかりであった。
「豚なのに焼き鳥?」
「それを言われると困るんだけど、豚以外にも牛サガリとかししゃもなんかもあるぞ」
「それは焼き鳥なの?」
「そうだけど。え、こっちは違うの?」
これはカルチャーショックだと言わんばかりに、優希はわざとらしく驚いて見せた。
「うーん、違うと思うな。というかそういうお店に入る機会がそんなに無いし。ほら、私未成年だしね。家族での外食にもあんまり選ばれなかったかな」
「はー、文化の違いかね?福岡だと家族で焼き鳥なんて結構普通なんだけど。俺は幼稚園か小学校入ったくらいには焼き鳥食べてたな。あれ?もしかしてこっちだと一人暮らしの俺が焼き鳥を食べるのはハードルが高い?」
「どうだろう?前にテレビで『居酒屋に高校生⁉』っていう話をやってたから、お店次第では大丈夫かも」
桜はそんなことテレビの話題を思い出していた。
「あとで探してみるか。何だか食べたくなってきた」
その様子に桜はクスクスと笑い出す。
何がおかしいのか分からなかった優希は首を傾げた。
「優希君、ご飯食べながら別のご飯のことを考えてるの?」
「仕方ないだろう?好きなものは好きなんだから」
特に気にした様子も無く、優希は言葉を続けた。
「そういえば優希君ってオムライス以外にはどんな料理が好きなの?」
「んー。焼き鳥、ラーメン、うどん……」
「見事に福岡県民って感じだね」
「ちょっとわざとらしかったかな?あとはかしわおにぎりとコロッケとか好きだな」
色々と料理を思い浮かべては『これだ!』というものを挙げていく。
「かしわって何だっけ?確か、鶏だっけ?」
まさかそこに引っかかるなんて優希は思いもしなかった。
「あれ?鶏肉のことを『かしわ』って言わない?」
「知識としては知ってるけど、そう呼んだことはないかも」
「母さんが聞いたらカルチャーショックで泣いてしまうな。ところでなんで俺の好きな料理なんか聞いたんだ?」
「えっ⁉何となく話の流れでだよ。深い意味は無いからね」
事実、話の流れで訊いただけではあるものの、改めてそう訊かれると、実は何か思うところがあったのではないかと考えてしまい、桜は少し恥ずかしい気持ちになってしまった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食事が終わり、お茶を飲んで一息ついた。
「ありがとうな桜。凄く美味しかったよ」
「口に合ったなら良かったよ」
そう言って桜は微笑む。
「それじゃあ美味しい料理のお礼に、俺も張り切って勉強を教えてあげないとな」
優希はそう言って食器をシンクへと持って行き洗い始めた。
「……お手柔らかにお願いします」
先程の微笑みはどこへやら、桜の表情は固まってしまうのだった。




