GWのある一日(晃成・葵編)その3
「お待たせしました。こちらカフェラテとコーヒー、それからデザートの――」
そう言って店員はテーブルに並べると、別の客に呼ばれ離れていった。
「……店員さん、間違えて置いて行っちゃったね。はい、カフェラテ」
「ありがとうございます。間違えたというか、そんな可愛いラテアートがされてたら、女性が頼んだと思うのかもしれませんね」
晃成が頼んだカフェラテには可愛らしい猫のラテアートが施されていた。
「ところで、もう一度聞きますけど。葵先輩、デザート食べきれますか?」
「……多分大丈夫」
先程とは違い少々自信なさげに言った。
メニューの写真では大きく見え、実際に届いてみるとそうでもないというパターンはよくあるものだが、この店ではそこに忠実なのだろう。写真通りの量が、むしろ少し多いのでは?というくらいの量が盛り付けられていた。
「無理はしないでくださいね。もしも食べきれ無さそうだったら、俺が貰っても良いですし」
そう言って微笑むと、カフェラテに口を付けた。
「……その時は頼むかもしれない」
胸の前で小さくこぶしを握り気合いを入れると、ナイフでパンケーキを切り分けていく。
そしてそのうちの一つをフォークに刺すと、ゆっくりと口へと運ぶ。すると、途端に葵の頬が緩むのが分かった。
しかし、すぐにハッとすると表情を引き締めた。
「……凄く美味しい。オススメされるだけのことはある。ウチのお店も改良を加えたほうがいいのかも」
「葵先輩、美味しいなら、素直に『美味しい』だけで良いんじゃないですか?口元、緩んでますよ」
「……そんなことない」
葵はフォークを置き、口元を両手で隠してしまう。
「……晃成も食べたら分かる」
パンケーキをひとつフォークに取ると、そのまま晃成の口元に差し出す。
「えっ!」
「……ほら、あーん」
晃成は思わず周りを見回す。それまで特に気にされていなかったものの、周りを見回したことで近くのテーブルにいた人々からは逆に注目を集めてしまう。
女性だけのテーブルからは『食べて』という口パクとサムズアップまで貰う始末だった。
晃成は少々顔を赤らめたものの、目を瞑りパンケーキを口に含んだ。
「あーん……。んっ、確かに美味しいですね」
「でしょ?」
そう言って葵は再びパンケーキを食べ始める。間接キスというものには特に意識はしていないようだった。
「あのっ、それ……」
晃成も今まで間接キスなんてものを意識したことは無かったものの、流石にそれが好意を抱いている相手ともなれば話は違ってくる。『それ、間接キスなんですけど……』と続けたかったが、何となく恥ずかしくなり言葉が止まってしまう。結果として葵はその言葉の先を読み違えてしまうのだった。
「……はい、もう一口どうぞ」
再び、葵はパンケーキを差し出すのだった。
「え、あの……」
「……違った?」
「……違いません」
パンケーキを差し出したまま、コテンと首を傾げる葵の言葉には逆らえなかった。
そうして葵から差し出されたパンケーキを大事そうに食べていると、ふと晃成は思った。『さすがの葵先輩も自分が差し出すことには抵抗が無くても、自分が差し出されたら恥ずかしがるのでは?』と。
「貰ってばかりじゃ悪いですし、葵先輩には僕のを差し上げます」
晃成はアフォガードをスプーンで掬うと、葵の口元へと差し出す。
しかし晃成の考えとは裏腹に葵は気にした様子も無く、一度晃成の顔を見ると、そっと目を閉じ口を開いた。そのままスプーンを咥えるとゆっくりと味わうようにして口を離す。
その仕草に晃成の方がドキドキしてしまうのだった。
「……うん、美味しいね。エスプレッソもアイスと絡んでちょうどいいし」
「お気に召してもらえたようで良かったです」
何事も無かったかのように晃成は振る舞うが、まだドキドキしていた。
ちなみに、先ほどこちらを見ていた女性客もこの様子を見ており、キャーキャー言っていた。
二人はその後も雑談を続け食事を終える。
しかし客が列を作って待っている状況で勉強など出来る訳もなく、食事のみで店を出た。
「うー。お腹いっぱいかも……」
「たくさん食べてましたもんね」
「……晃成に手伝ってもらってこれだからね。これはダイエットしなきゃ……」
「ダイエットなんてしてるんですか?葵先輩はそんなことしなくても良いと思いますけど」
「……その油断が命取り」
お腹をさすりながら葵がそんなことを言えば、晃成は不思議そうな顔で葵の身体へと視線を送った。
「……だけどどうしようか?勉強出来なかったね。かといって、違うお店でお茶をしながらというのも、今の状態だとお茶すら辛い」
葵はそんなことを言いながら本来の目的を思い出した。
「……図書館は一人で勉強するには良いけど、勉強を教えるとなると使いづらい」
「だったらウチに来ますか?そんなに離れてませんし」
特に何も考えず、場所の提供ということ点だけで、晃成はつい自宅を提案してしまう。
「あっ、ごめんなさい。つい言っちゃいましたけど、流石に嫌でしたよね」
晃成は慌てたように自分の言葉を取り消した。
「……別に構わないけど?」
「構わないんですか⁉俺、一人暮らしなんですけど」
「誰の邪魔にもならなくて良いよね」
そこまで言って、葵も晃成が何を言いたいのか理解した。
「……もしかして身の危険が」
「それは大丈夫です!保証します!」
「……なら大丈夫でしょ?」
「そんなに簡単に信じて良いんですか?」
「一緒に働いて、晃成のことはそれなりに見てきたつもり。君は人の信頼を簡単に裏切るような人じゃないよ」
そう言って葵は微笑む。
晃成はその表情にドキッとしながらも、信頼されている嬉しさと男と思われていないような悲しさの板挟みになってしまう。
「信頼してもらえてるのは嬉しいですけど、そんなに安心されるのも男としてはいかがなものかと」
「……ふふっ、それは今後の晃成次第だね」
一瞬悪戯っぽい表情を浮かべ葵は言った。普段見られない表情を見られただけでも、今日は一緒にいた甲斐があったと晃成は思うのだった。
「それじゃあ、ウチにご招待しますね」
「……うん、案内よろしく」
いやー、難産でしたわー




