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GWのある一日(海斗・茜編)その5

病院ブースを出ると、碧と悠は緊張していたのか、自販機でジュースを買い、揃って近くのベンチに腰を下ろした。


「悠、どうだった?」

「面白かったけど大変だよ。実際にはどんな病気か分からない人がたくさん来るんでしょ?しかも、こっちが間違ってると具合が悪くなっちゃうし。でも、先生って呼ばれるのは悪い気分じゃないね」


茜が感想を聞くと、若干疲れが見えるものの楽しげに笑った。


「お疲れ、氷室先生。ちゃんと仕事出来てたじゃん。案外、ホントに向いてるのかもな」


そう言ってグリグリと頭を撫でると、悠は嬉しそうに笑った。

そんな様子を見て碧は上目づかいで海斗に訊いた。


「お兄ちゃん、私は?私は?」

「羽田先生も良かったぞ」


海斗はそう言って碧の頭を撫で始めた。


「碧、凄かったな。あんな風にちゃんと説明出来て。てっきり薬の説明くらいかなと思ってたら使い方まで教えてくれるなんて思わなかったぞ。本当の薬剤師かと思ったよ」


海斗の言葉に碧は嬉しそうに微笑んだ。


「ホント?すごく難しかったんだよー。でも、ちゃんと出来てて良かった」

「ホントよ?患者さんの様子に合わせてトローチ出すかどうか決めるなんて、本当の薬局にいるみたいだったわ」


茜も優しく微笑みながら碧の頭を撫でた。


「えへへ、そうかな?そうかな?薬剤師さんかー」


碧は薬剤師という仕事に興味が出てきたのか、何だか考えている様子だった。


その後もいくつか仕事体験をこなすと、時間的にも最後の職業を選ぶ時がやってきた。


「そろそろ最後かしらね。何が良いかしら?」


相談をしながら歩いていると、碧が足を止めた。


「なにここ?凄く綺麗!」


碧が見ていたそこはまるで教会であった。


「何かしら?神父?」

「テーマパークがそんなに宗教色強くて良いのか?」


海斗と茜が不思議そうに言いながらも説明文を確認しているとスタッフが対応してくれた。

説明によると結婚情報誌とコラボした期間限定のイベントブースとのことだった。ジューンブライドに合わせ、5月、6月は結婚をテーマにしているとのこと。別の月であれば、違う会社とコラボしていたのだろう。

しかし、結婚を夢見るには対象年齢が少し厳しいのでは?と思っていると、やはりそうらしく、またイベントということで、常設ブースと比べると出来ることが少ないとのこと。

今回はあくまでも結婚に若いうちから興味を持って欲しいという雰囲気重視のコンセプトらしかった。


「お姉さん!これってドレス着れるの?」


碧が目を輝かせながらスタッフに問いかけるが、申し訳なさそうな表情で答えが返ってくる。


「ごめんね?流石にドレスは個人の体型があるから準備が難しいのよ。だけど、ベールなら着けられるわよ」

「へー!茜ちゃん、ここ見てみようよ!」

「碧が良いなら構わないけど、悠はどう?」

「俺はどっちでもいいけど」

「悠、ちょっと来て」


そういうと、碧は茜たちから少し離れ悠を呼んだ。


「碧、どうした?」

「あのね――」


碧が何かを耳打ちすると悠は驚いた表情になるものの、一度ニヤッと笑い、今度は碧に耳打ちをする。

どんなやり取りがあったのかは分からないが、二人は笑顔で戻ってきた。


「お姉ちゃん、俺もここが良いな」

「構わないけど、変な子ね」


先程までの興味無さそうな様子とはまるで違う悠の姿に、茜は不思議そうに首を傾げていた。

スタッフの案内で教会スペースへと入って行く。

結婚情報誌がコラボしているだけあって、パッと見た感じでは普通の教会と変わりなかった。

軽く室内を見ていると、碧から声が掛かった。


「お兄ちゃんたちはそこで待ってて!綺麗になってビックリさせてあげるんだから」

「そうか?それじゃあ楽しみにしてるぞ」


男性陣は椅子に座り待つことにした。

しばし雑談をして時間を潰すも、なかなか女性陣が戻ってこない。

悠は座っているのが暇になったのか、立ち上がり祭壇へと移動する。


「兄ちゃん、なんか本が置いてあるよ」


悠から声が掛かり近寄ってるみると、その本は聖書だった。

教会の派手な作りから想像はしていたが、やはりカトリック教会を模しているようだった。


「これは聖書だな。興味があるか?」

「ううん。難しくてよく分かんない」


本を手に取りパラパラと捲りながら悠は首を横に振った。


「でも、アレでしょ?よくテレビで見る『病める時も健やかなる時も彼女を愛することを誓いますか?』っていうやつ。確か、ここでやってるよね?」

「まあ、そうだが。悠、どんなテレビを普段見てるんだ?」


海斗が不思議そうに首を傾げると


「お姉ちゃんが――。ううん。忘れて!」

「茜?」


そんなやり取りをしているとガチャっと扉が開く音がした。女性陣が戻ってきたのであろう。

そのままこちらに来ればいいものの、何故かわざわざ遠回りをしてバージンロードを歩いてくる。

ベールを付け、小さなブーケを持っている人間を先頭に歩いているのは分かるが、碧にしては異様に背が高い。

もちろん茜であることはすぐに気付いていたが、海斗はベールを身に着けた茜から目が離せなかった。

そのまま母親である凛と碧に押されながら祭壇の前にやって来る。


「……何か言いなさいよ」

「綺麗だ」


まさかこんなことになるとは思っていなかった茜は恥ずかしさから顔を真っ赤だった。

しかし、海斗はそんな姿を見ても何も言わなかったため、変だっただろうかと不安になった茜は、つい海斗に訊いてしまう。そして返ってきた答えによって、さらに顔を赤くしてしまうのだった。


「えー、コホン」


わざとらしく悠が咳ばらいをすると聖書を手に持ち言葉を続けた。


「汝、羽田海斗は病めるときも健やかなる時も彼女を愛し続けることを誓いますか?」


海斗は唐突に始まった誓いの言葉に驚きつつも、『乗っかっておくか』という軽い気持ちで返事を返す。


「誓います」


悠は満足気に頷き視線を茜に向けると、同様に問いかけた。


「汝、氷室茜は病める時も健やかなる時も彼を愛し続けることを誓いますか?」


一瞬の間を置いて茜が続けた。


「誓います」


悠はその言葉に頷くと、テレビで見た流れを思い出す。


「えっと指輪は無いし……、それでは誓いのキスを」


海斗は茜が止めに入るだろうと考え、とりあえずは悠の進行通りに進めることにした。

一歩茜に近づくとベールに手を掛け、そっと持ち上げていく。まるで昨日の再現のようだと考えていた。


「茜、目を閉じて」


そう言って海斗は少しずつ茜の唇に顔を近づけていく。茜が目を閉じている中でも海斗の顔が徐々に近づいてくることは感じられた。

そして、もうすぐ唇が重なるかというところで動きが止まる。

海斗の中ではどこかで待ったが掛かると思っていたため、あくまでもポーズとしてキスをする振りをしたのだ。

流石にこのままキスしてしまえば茜を傷つけてしまうかもと考え、海斗は冗談で場を誤魔化そうとする。


「なんてな――」


そう言いかけたところで、茜から顔を近づけ海斗と唇を重ねた。


「茜……」


まさかの事態に流石の海斗も言葉が出ない。


「冗談でもこんなこと海斗としか誓わないんだから!……そのくらい分かりなさいよ。最近ずっとドキドキさせられて、もう限界よ……」


海斗を見つめ顔を真っ赤にしながらも、茜はハッキリとそう告げた。

茜の視線を受け、海斗は頭を一つ掻くと見つめ返す。


「そうだな。ちゃんと言葉にしなかった俺が悪い」


海斗は一つ息を吐き、言葉を紡ぐ。


「俺と結婚してください」


茜はまさかそんな言葉が出てくると思っていなかったものの、返事をためらうことは無かった。


「はい!」


その表情は海斗が今まで見てきた中で、最も幸せに満ち溢れた穏やかな表情だった。

海斗もそんな表情をみて微笑み返す。そして茜の頬に手を添えると、何かを察した茜はそっと目を閉じる。

そして今度は海斗から優しく唇を重ねる。その時、茜の頬には一筋の涙が零れていた。



そしてしばし唇を重ねていると、どこかから聞こえてくるシャッター音で二人とも我に返る。

完全に二人の世界に入り込んでいたのだ。

シャッター音のする方を見ると、羽田家、氷室家の両親全員がスマホを構え、写真、そして動画を撮影していたのだった。

そしてよく見ると、スタッフの女性までもがスマホを構えていた。

茜の視線に気が付くと、とっさにスマホを下げ、何事も無かったかのように話しかけてきた。


「おめでとうございます!とても素敵でした。もしよろしければ、この写真を雑誌に掲載したいのですが。あっ、もちろん謝礼はお支払いしますので」


その言葉に茜は首を横に振った。


「ダメです!そんな、恥ずかしい……」

「いや、良いですよ」

「ちょっと海斗!」


まさか海斗が許可するとは思わず、思わず声も大きくなる。


「これで、学校で茜にちょっかいを出してくるやつもいなくなるだろ?」

「海斗以外に興味無いわよ……」


茜は顔を赤くしながらもそう告げる。

はっきり言葉にされたことで、茜も安心し素直になったのかもしれない。

スタッフの女性は気が変わらないうちにと一度下がると、同意書を持って再び現れた。

海斗と茜のサイン、そして両親連絡先とサインを貰うと嬉しそうにしながらその書類をしまう。


「茜、そろそろ時間よ」


凜の言葉にスタッフを伴い茜が移動する。おそらくベールを外しに行ったのだろう。

少しすると茜が戻ってくる。


「本日はありがとうございました。掲載される場合は改めてご連絡致します。早ければ今月25日に発売される号に掲載されますので」


スタッフに見送られ、ブースをあとにする。


そして気がつけば海斗と茜は手を繋ぎ歩き続けていた。


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