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GWのある一日(海斗・茜編)その3

女性ほど入浴時間が長いわけもなく、海斗と悠は入り口前のベンチに座り、温泉の定番とも言えるコーヒー牛乳を飲んでいた。


「お姉ちゃんたち遅いね」

「悠、女の子の風呂と買い物は長いものなんだよ。本人の前では言うなよ?」

「うへー、よくお姉ちゃんと一緒にいられるね」

「茜と一緒にいると時間はあっという間だけどな。他の子が相手でどう感じるかは知らんが」


そんな話をしていると茜と碧が脱衣所から出てきた。


「あー!お兄ちゃんたち何か飲んでる!お兄ちゃん、私も飲みたい!」

「悠、お金持ってきてたの?」

「兄ちゃんが買ってくれたー」


家族旅行中は基本的に両親がお金を出してくれることが多いものの、今のように近くにいない場合は当然自分たちで出すことになる。小学生にはコーヒー牛乳一つでも気軽に買えるものではないと思って茜が訊いてみれば、やはり海斗が払ったとのことだった。


「あら、海斗ありがとう。それじゃあ碧は私が買ってあげる。何が良い?」

「いいの?ありがとー!」


自販機へと向かい二人はフルーツ牛乳を買って戻ってきた。


「お、二人はそっちを選んだのか。俺達もどっちを飲むか悩んだんだよ」


茜と碧もベンチに腰を下ろすと、小学生二人を海斗と茜が挟む形になる。


「飲む?そんな特別な味ではないけれど美味しいわよ?」

「悪いな。催促したみたいで。代わりに俺のもやるよ」


茜は気にした様子もなく海斗にフルーツ牛乳を差し出し、その代わりにコーヒー牛乳を受け取った。

そしてお互いが飲み物に口を付けたタイミングで碧が口を開いた。


「間接キスだね」


その言葉に、茜は瓶に口を付けたまま動きが止まる。


「碧、急にどうした。別にいつものことだろ?」

「4月にクラスが変わったじゃない?今のクラスに牛乳が苦手な女の子が居るんだけど、給食で出される牛乳を残しちゃったの。頑張って飲んでたんだけどね。それを見かねて隣の席の男子が代わりに飲んだら、それを見てた他の男子が間接キスだー、夫婦だって騒ぎ始めちゃって」


海斗は碧の話を聞きながら、自分が小学生の頃にも似たようなことを言われたことを思い出していた。


「小学生くらいだと、みんな気にするのかねぇ。碧、その牛乳が飲めなかった子は何か言ってたか?」

「んー。ありがとうって」

「そうか。それなら、代わりに牛乳を飲んだ奴のことは褒めてやらないとな」

「私はお兄ちゃんと茜ちゃんを見てきたから何とも思わなかったけど。お兄ちゃん達もそんな風に言われてたの?」


碧はそう言って『何でそんな風に言うんだろうね』といった感じで不思議そうに首を傾げた。


「まあな。俺達はいつも一緒にいたから、そんな風に言われた時期もあったな。全然気にしてなかったけど。なあ、茜」


まさか自分に話を振られるとは思っておらず、茜はビックリしたような反応を示した。


「そこで私に訊くの?海斗は気にしてなかったかもしれないけど、女子の中ではいつも一緒にいてズルいって言われてたんだから。小学校も中学校も」

「あれ?そうだっけ?」

「前にも話したことあると思うわよ。その……、海斗はカッコいいからって……」


自分で言ってて恥ずかしくなったのか、言葉がどんどん尻すぼみになっていき、その顔は赤くなっていた。


「まあ、良く知らない女子に好かれてもな。やっぱり自分が好きな子を振り向かせないと」


海斗は当然のように言って笑う。あれだけ普段から言われていれば、茜も自身のことを言われているのだということはすぐに理解出来た。


「こんなのを普段から見せられてたら、牛乳を飲むことくらい何でもなく思えるね」


海斗達の会話を聞きながら、悠は隣に座る碧にそう話しかける。碧も同様のようで、うんうんと頷いてた。


休憩を終えると四人は部屋へと戻る。入れ替わるように父親二人が連れ立って温泉へと向かうのだった。



事前に羽田家が泊まる部屋に二家族分の料理を持ってきてもらうように頼んでいたようで、全員が温泉から戻ってくると夕食が始まった。

始めは良かったものの、お酒を飲みながらゆっくり食べる大人と子供たちでは食事のペースが違った。

食事を終え手持ち無沙汰になった子供たちは氷室家の部屋へと移動した。


「ふう、やっと解放されたぜ」

「お父さんたち美味しそうに飲んでたけど、お酒ってそんなに良いのかな?」

「碧、お酒に興味あるの?でもダメよ。碧が大人になったら一緒に飲みましょう」

「約束だよ?」

「ええ」


碧がお酒に興味を示したと見るや茜が窘める。しかし、ただ否定するのではなく約束をするあたり、碧の扱いは手慣れたものであった。

その後も雑談や時折枕投げのようなことをしながら過ごす。

しばらくすると昼間の疲れもあるのか、碧と悠は眠ってしまった。

隣の部屋はとっくの昔に仲居さんが食器を下げにきたものの、大人たちは飲み物をお茶に替え、まだまだ話し続けているようだった。


「二人とも寝ちゃったわね」


海斗と茜は二人の側に並んで腰を下ろす。茜は碧の前髪をそっと直しながら、その寝顔を見つめ優しく微笑む。


「疲れてるんだろう。旅行に来る機会も多くないし、テンション上がってたんだろうな」

「そうね。悠も何だかんだで楽しんでたみたいだし。まあ、悠にとっては明日が本番なのかもしれないけど」

「今日は碧の行きたいところがメインだったからな。茜は退屈じゃなかったか?」

「全然。楽しかったわよ。海斗こそ退屈じゃなかったかしら?」

「俺も楽しかったぞ。色んな茜が見れて」


そう言って海斗は意地悪く笑うと、茜がプイっとそっぽを向いてしまう。


「私で勝手に楽しまないでくれるかしら?」


そんな時ふと、海斗に悪戯心が沸いた。


「茜、こっち向いて」

「何かしら?」


律儀に茜が海斗の方を向くと、海斗がそっとその頬に手を添えた。


「えっ、えっ?」


流石に茜も何故急に触れられたのか理解が出来ず顔を赤くして慌て始める。


「目を閉じて」

「り、理由を言いなさいよ……」


そう呟くも海斗は何も答えず、真剣なまなざしで茜を見つめる。

その視線にドキドキしながらも、茜は言われたとおりにそっと目を閉じた。

目を閉じてからというもの、茜には一秒が永遠にも思えた。

そして、ふっと目元に手が触れると、茜はビクッと震える。


「もう、目を開けて良いぞ」


何かを期待していたわけではないが、何も起こらなかったことに茜の頭の中をグルグルと疑問符が駆け巡っていた。


「まつ毛にゴミがついてたと思ったんだけど、気のせいだったわ。悪いな」


茜は『私のドキドキを返せ』と口を開きかけたが、海斗の表情に多少赤みが差しているのに気づくと、そのまま海斗の肩におでこを付け小さく呟いた。


「……意気地なし」


その言葉は海斗に届かなかったが、別の言葉が返ってくる。


「そうだ、言い忘れてたけど。浴衣、似合ってるな。綺麗だ」

「馬鹿……。なんでこのタイミングなのよ……」


海斗からは見えなかったが、茜の顔は真っ赤に染まっていた。

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