GWのある一日(桜編)
「ただいまー」
家に入り玄関で靴を脱ぐと、桜はリビングへと移動する。
父と母はお茶を飲みながらまったりと雑談しているようだった。
「おかえり」
「おかえり、桜。お風呂沸いてるから、先に入っちゃいなさい」
「うん、ありがとー」
菫は桜の服が家を出ていった時とは違うものに変わっていることに気付いたが、そこにはあえて触れずにいた。そんなこととはつゆ知らず、桜は自室に荷物を置くと浴室へと向かうのだった。
桜は脱衣所に入ると洗面台の鏡に写った自分の姿に気が付く。
「似合ってる……かな?」
後ろ手にポニーテールを弄りながら、今日の出来事を思い出していた。
「自分じゃ分からないけど、たまにはこの髪型で学校にも行ってみようかな」
その言葉は昼に褒められた時に呟いた言葉と同義であった。もっとも、優希には聞こえなかったようだが。
左右での見え方を確認すると自分の中で納得できたのか、髪を解き服を脱いで浴室へと入っていくのだった。
洗面器で湯船からお湯をすくい掛湯をすると浴槽に浸かる。
「はー、気持ち良いー」
スポーツで汗をかいたこともあり、身体がさっぱりしていくのが実感できた。
(久しぶりに学校以外で運動したけど、意外と動けて良かったー。でも、女の子的には運動出来ない方が可愛かったりするのかな?それに、普通に太鼓叩いちゃったけど、引かれてないよね?やっちゃったかなー)
身体はのんびりしながらも、脳内では一人反省会が繰り広げられていた。
(そういえば優希君、勉強ばっかりのイメージだったけど、良い身体してたなー、って何考えてるんだろ)
両手でお湯をすくい顔を洗うと、煩悩を振り払うようにプルプルと顔を左右に振った。
(だけど、下着見られちゃったなー。背中側だとそんなには見えなかったと思うけど……。こんなことならもっと可愛いやつ、じゃなくて、そもそも見せるつもりなんてないんだし……)
そんなことをグルグルと考えていると、長く浸かり過ぎたのか頭がボーっとしてきた。
「ハッ!、いけない……」
湯船から上がると、温めのシャワーで身体の温度を多少下げながらどうにか落ち着いた。
その後は身体を洗い、もう一度軽く湯船に浸かった。
そして風呂から上がり、リビングに戻ってくると父の姿はすでに無かった。
「あれ?お父さんは?」
「もう寝室に行ったわよ。多分ベッドで読書でもしてるんじゃないかしら。それより桜、今日はどうだったの?」
ソファに座ってテレビを見ていた菫が、自分の隣を空けながらそう尋ねる。
桜は誘いに乗るかのようにしながら隣に腰を下ろすと、今日の出来事を再び思い返す。
「どうと言われても、一緒に運動してゲームしてって感じで遊んだだけだよ?」
「えー、ホントに?だって、家を出る時と帰ってくるときで着ている服が違ってるんですもの。何かあったと思うじゃない?」
「あ、あれは……」
下着を見られたことを再び思い出したのか、桜の声は恥ずかしそうに、そして徐々に小さくなっていく。
「運動して汗かいたから、優希君が替えの服を貸してくれただけだし……」
「へー、まあいいわ。今日は楽しかったの?」
「うん!とっても!」
笑顔でそう言った桜に、菫は満足し微笑むのだった。
「それじゃあ、シャツは分けておかないといけないわね。間違えてお父さんのタンスに入れたら大変だわ」
その後もしばし雑談をしていると、そろそろ寝室に行くとのことで、母はリビングから離れていった。その姿を見送り、桜も自室へと入って行くのだった。
荷物の中からフォトフレームを取り出し、どこに置こうかとレイアウトを考える。しかし、桜は根本的なことに気が付いた。ウチにはPCも複合機もあるが、写真プリントのための用紙が果たしてあっただろうかと。
ベッドに横になりながら、用紙はいくらくらいするのだろうかとスマホで検索していると優希からメッセージが届く。
それを開くと、メッセージとともに二人で撮った写真が添付されていた。
『遅くなったけど、今日の写真送る。ところで、桜も印刷するって言ってたけど、良かったら桜の分も一緒に印刷しようか?』
今しがた悩んでいた桜には、まさに渡りに船であった。少々申し訳ない気持ちもありながらも、桜は優希にお願いすることにした。
『いいの?それじゃあ、お願いしちゃおうかな?』
『了解。いま印刷してるから、外に出てきてもらって良い?こんな時間だから、インターホンは鳴らせないし』
『はーい』
そんな返事をしながらも、桜はベッドから立ち上がると鏡の前で手早く髪を梳き、簡単に身だしなみを整えた。
そしてそっと玄関の扉を開け外に出ると、程なくして優希が現れた。
「悪い、待たせたな」
「ううん、私も今来たところだし、気にしないで」
そう言って桜は微笑む。
「はい、今日の写真とついでにみんなで撮った写真も入れておいたから」
白い封筒に包まれた写真を桜に差し出す。桜はそれを受け取ると、封を開け改めて写真を確認する。
その中には、今日二人で撮った写真と、カフェ葵でみんなで撮った写真が入っていた。
「うん、綺麗に撮れてるね。ありがと!そういえば、この写真の前に撮ったやつってどうしたの?……ちゃんと消してくれたよね?」
優希は一度明後日の方を向き、桜へ向き直ると無言で笑うだけであった。
「あ、消してないなー!」
「しーっ!桜、夜だから静かに」
子供に言い聞かせるように口の前で人差し指を立てる。
桜は慌てたように両手で自身の口を覆うと、一歩近づき小声で言葉を続けた。
「もう……。消さなくても良いけど、私にも送ってね?」
言っても聞かないだろうと諦めたのか、一つため息をつくと上目遣いで人差し指を立てながらそう言うのだった。
「なんだ、桜も要るのか?スマホは部屋に置いてきちゃったから、後で送るわ」
「うん、お願いするね。でも、他の人には絶対に見せたら嫌だよ?」
「分かったよ。まあ、スマホを他人に貸すことなんてないから大丈夫だろ。ロックも掛かってるし」
「なら良いんだけど……」
その言葉を聞いて、桜は少々安堵していた。
「おっと、ここで立ち話しちゃうと、また長くなるな。今日はこの辺で」
「うん、写真ありがとね」
桜はそう言って優しく微笑んだ。
「それじゃあ、また。いつでも連絡してくれて良いからな。勉強で躓いたら連絡しておいで」
「……その時はお世話になるかもしれません」
このGW中に出されている課題を思い出し、桜は頭を痛めるのであった。
優希・桜編の補完みたいな感じです




