お誘い?
翌日、優希は起床しリビングに向かう。そこには昨日と同じようにキッチンに立っている麻衣の姿があった。
「おはよう、母さん」
「おはよう、優希。もう少ししたら朝ごはんが出来るけんね」
はーい、と欠伸交じりに返事をすると、洗面台へと向かい身支度を整えていく。
洗面台から戻りキッチンへ顔を出した。
「何か手伝うことある?」
「それじゃあ、そこにサラダを置いてるから、テーブルの持って行ってくれる?それと適当に飲み物も準備しておいて」
「適当って」
優希はそう言いながらも準備を進めていく。適当とはいうものの、冷蔵庫にはお茶と牛乳くらいしかなかった。優希は牛乳パックをとグラスを手にテーブルへと向かう。そうこうしていると料理も出来上がったようで、麻衣が料理を持ってテーブルへとやって来た。二人で椅子に座れば朝食が始まる。
「「いただきます」」
「今日はフレンチトーストなんやね」
「ん?材料が余っとったけんね」
会話をしながらのんびりと食事をしていく。
「そういえば、今日は何時くらいに帰ると?」
ふと聞いていなかったと思い尋ねてみると、具体的には考えていなかったのか、麻衣は少々考えるような仕草を見せた。
「んー、余裕を持って10時半くらいには出るわよ」
「結構早いんやね」
チラッと時計に目をやると、時刻は7時30分を過ぎていた。
「それはそうよ。結構時間掛かるんやけん」
「それじゃあ、今日は家を出るまであとはのんびりやね」
「そうね。あ、橋本さんのお宅にはご挨拶しとかんとね。優希もお世話になってるみたいやし」
「それは良いけど、いらんこと言わんでよ?」
あっという様子見せると、大事なことを思い出したと言わんばかりに麻衣はそう言った。しかし、話のネタにされるであろう優希は、その言葉を聞いて微妙な表情に変わった。
「はいはい。優希も来る?」
「よかよ。女性ばっかりのところに居づらいし」
「そう?それじゃあ、悪いけど桜ちゃんに訊いて貰える?いきなり行っても向こうの都合があるだろうし」
「はいはい。ちょっと待って」
そう言うと桜にメッセージを送る。流石に朝から電話は迷惑だろうと考えたのだ。
「メッセージを送っておいたから、そのうち返事がくるやろ」
「ありがと」
朝食が終わり麻衣が片付けをしていると、桜からメッセージが届いた。
「母さん、9時からなら良いってよ」
「あら、自分から言っておいてアレだけど、時間貰えたのね。忙しかろうに」
「そう思うんだったら、長居せんようにね」
そして食事を終えると、先ほどまでののんびりとした食事が嘘のように、バタバタと麻衣が動き出した。麻衣としては挨拶だけのつもりだが、話が弾めば菫との会話も多少長引いてしまうであることを想定しての動きだった。
流石にその様子を見ているだけという訳にはいかない優希も手伝いを申し出て、二人で食器の片付け、部屋の掃除を済ませていく。
「優希、フレンチトーストは多めに作ってあるけん、お昼ご飯に食べんね。トースターで温めるとよ?とりあえず冷蔵庫に入れとくけん」
「ありがと」
そうこうしながら念のために麻衣は帰る準備まで済ませていく。
あっという間に9時になり、麻衣は橋本家へと赴くのだった。
「じゃあ、ちょっと行ってくるけん。まあ、すぐ戻ると思うけど」
「はーい」
そう言って麻衣は外へと出ていった。
どうせすぐに戻ってくるだろうと思いスマホを弄ってたが、5分経っても、10分経っても麻衣が帰ってくる様子は無かった。
「帰ってこん……。いいや、勉強しよ」
そう言って優希は自室で勉強を始めた。なんだかんだでこのGWは予定も多く、あまり勉強の時間が取れていないことは少々気になっていたのだ。
一時間ほど勉強すると玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー」
「随分長かったね」
「ちょっと挨拶するだけやったちゃけど、家の中にまでお邪魔になっちゃってね。でもお陰で、こっちでの優希のことを色々聞けたわ」
少々意地悪っぽくニヤニヤとしながら麻衣は言った。
「げっ!」
「心配せんでもよかよ。菫さんたちからも評判は良かったわよ?」
「たち?」
橋本家に行くのだから、当然菫以外にも会うことは想像出来ていたものの思わず訊いてしまう。
「そうよ?桜ちゃん」
「昨日話したやん」
「女性同士でしか出来ない話もあるのよ」
そこまで聞くと、掘り下げるのも何だか怖くなってきた優希は話題を変えることにした。
「何でも良いけど、家を出るまであんまり時間が無いんじゃない?」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかとさっき準備は済ませたっちゃけん」
そのまま家を出るまでの時間を雑談しながら過ごしていく。
30分はあっという間で、時計を確認すると麻衣はソファから立ち上がった。
「それじゃあ、そろそろ帰るけん」
「もうこんな時間か。気を付けて帰るとよ?」
「うん、ありがと」
玄関まで麻衣を見送ると、帰り際にこんなことを言い出した。
「夏休みとか、たまには福岡にも帰ってこんねよ?」
「そうやね。考えとくわ」
「桜ちゃんも連れて」
「……は?」
そんなことを言うとは流石に思わず、優希は聞き返してしまう。
「流石にお金が掛かるし、そんな気軽に言われてもな」
「冗談よ。でもまあ、桜ちゃんならいつでも歓迎よ。それじゃあ行くわね」
「ああ、またね」
扉を開け外に出ると麻衣は思い出したかのように振り返る。
「たまには連絡するとよ?こっちから連絡せんといっちょん連絡せんっちゃけん」
「分かったよ」
「はーい、それじゃあね」
そう言って手を振りながら扉を閉めるのだった。
桜side
朝ののんびりとした時間を過ごしていると来客を知らせるインターホンの音が室内に響く。
おそらく先ほど優希から連絡があった件だろうと思い、確認することも無く桜が玄関へと向かい対応した。
扉を開けると、そこには予想通り麻衣の姿があった。
「おはよう、桜ちゃん。朝からゴメンね」
「いえ、お母さん呼んできますね」
そう言ってリビングに戻り麻衣が来たことを伝えると、そのまま上がってもらうようにとの指示が菫から出る。再び玄関に行くとそのことを伝え、麻衣を自宅へと招き入れた。
すでに迎え入れる準備は出来ており、ダイニングテーブルにはお茶菓子まで準備されていた。
父である恭介は挨拶だけ簡単に済ませると「ごゆっくり」とそう言って寝室へと消えていった。
男性がいると話しづらいだろうと気を使ったのかもしれない。
「いらっしゃい。どうぞ座ってください」
そう言って菫は微笑むと、自分の正面に座るように促した。
促されるままに麻衣は席に座る。
自分の役目は終わったとばかりに自室に戻ろうとする桜に待ったが掛かる。
「桜ちゃんも一緒にお話しましょ?」
そう言って微笑まれると無下にも出来ず、桜は『お邪魔なのでは?』と思いながら菫の隣に腰掛けた。
「そうだ。昨日はお土産ありがとうございました。さっそく家族で頂きましたが、とっても美味しかったです」
菫の隣でうんうんと桜も頷いている。
「お口に合ったようで良かったです。今日はすみません朝から急に連絡をしてしまって。しかもご挨拶だけのつもりがわざわざお茶まで……」
麻衣は少々申し訳なさそうにしながらも菫は気にした様子は全く無かった。
「うふふ、私がお話したかっただけなので気にしないでください。桜から今日福岡に戻るということは聞いているんですが、私の方こそわがままでごめんなさいね」
「いえいえ、そう言って貰えるとこちらも嬉しいですよ」
こんな風に会話を切り出さなければいけないなんて大人は大変だなーと思いながら、桜は大人しく聞いていた。
そして自然と会話は優希の話題に変わっていく。
「ところで優希はどうですか?菫さんにも色々とお世話になっているみたいで」
「とても良い子ですよ。初めて会った時も気持ち良く挨拶してくれましたし、桜も勉強を教えて貰ったりと助けて頂いているみたいです」
訊いてみたものの少々心配だったのか、菫の言葉を聞いて麻衣がホッとした様子を見せる。
「礼儀に関しては昔からしっかりと言い聞かせてますから。勉強も変わらず頑張っているようで安心しました。桜ちゃんも勉強で困ったことがあったら、優希に何でも訊いてよかけんね。桜ちゃんからのお願いだったら、分からないことは調べてでも教えてくれると思うけん」
「え、えっと、ありがとうございます……」
母親の前でそんなことを言われてしまうと、何だか恥ずかしくなってしまい、桜は少々困ったよう笑う。
「ほら、優希君のことで聞きたいことがあったら今がチャンスよ!」
「もう!お母さん!」
そんなことを続けて言われてしまうと、桜も顔を赤くして菫へと抗議を始めた。
「何でも訊いてね。ちなみに優希はオムライスが好物よ!ってこれは知ってるわね」
「昨日の夕食もオムライスでしたもんね」
「優希のリクエストだったのよ」
昨日の優希の言葉を思い出したのか、麻衣は嬉しそうに言った。
「他にはね――」
そう言って子供時代の優希のことや好き嫌いなど、本人が聞いていないのを良いことに自由に語るのだった。
するとあっという間に時計は10時近くを指しており、麻衣がそのことに気付いた。
「あら、もうこんな時間。そろそろお暇しますね」
麻衣が立ち上がると二人は玄関まで見送りのために着いて行く。
「それでは、今日はありがとうございました。優希が色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんが、今後もよろしくお願いします」
「いえいえこちらこそ」
「そうだ。良かったら連絡先交換しませんか?桜ちゃんも」
構いませんよ、と言って菫はスマホを取ってを取り出すが、桜はテーブルにスマホを置いていたため慌てて取りに戻る。玄関に戻ってくると、ちょうど菫との交換が終わったところだったようで、桜は慌ててアプリを開いた。
「うん、これで良し。それでは、ありがとうございました。いつでも連絡下さいね。桜ちゃんも、福岡に来たら歓迎するけんね。来たくなったらいつでも言うとよ?」
そんな冗談とも本気とも取れるようなことを言いながら笑顔で扉の外へと出ていくのだった。




