オムライス
みのりと別れスーパーへと二人で歩いていく。
麻衣はみのりとの関係も気にしているようだが、数回しか話したことは無く、あくまでも学校の先輩でしかないということを説明すると、渋々といった様子ではあったが一応納得した様子であった。
「まったく、優希の一人暮らしがこんなに心配になるなんて思わなかったわ」
「もうよかやん。大体、男の友達だっておるっちゃけん。たまたま立て続けに女の子に会っただけやろ?そんなことよりほら、スーパーに着いたよ」
「あら、いつの間に」
そう言って店内に入っていく。
優希はかごを持つと、麻衣と並んで歩いていく。
「優希は晩御飯は何が食べたい?」
「んー、オムライスかな。デミグラスソースの」
「優希はホントに昔からオムライスが好きねー」
微笑ましいものを見るようにしながら言うと、優希は少し恥ずかしくなったのかプイっと目を背ける。
「よかやん。美味しいっちゃもん」
「母さん、オムライスの腕だけは昔と比べて明らかに上達してると思うわー。それじゃあ、オムライスにするけど、ちゃんと材料は使い切るとよ?今日と明日だけじゃ食材も余るやろうし。たまには料理もしてみらんね」
そんな話をしながら、卵、牛乳、ソースといった材料や、お米。朝食用の食パンといった主食も買い揃えていく。
「こんなところかしら?バターはあったし」
一通りかごに入れると会計し、清算している間にレジ袋に入れていく。
「ちゃんと卵は上に入れるとよ?割れるけんね」
「流石にそれくらいは分かるから」
外に出て自宅へと歩いていく。お米を買ったが、スーパーからマンションまではそれほど離れていないため、持って帰ることにそれほど苦労しなかったことは幸いであった。
「はー、やっと着いた」
自宅に戻ると、大袈裟に言いながら優希はキッチンに買ったものを置いた。そしてそれぞれを冷蔵庫など適切な場所へとしまっていく。
その後はテレビを見ながらのんびりと過ごす。飲み物を取るために麻衣が立ち上がり冷蔵庫を開ける。
「何これ、飲み物じゃないじゃん」
冷蔵庫から取り出したパックをブラブラとさせながら、キッチンから優希に見せてくる。
「あー、それプリンだから」
「それは分かるけど、こんなの売っとるんやね。まだ開いてないみたいやけど、食べてよかと?」
「よかよー」
パックを開けてしまえば元には戻せないと考えた麻衣は、深めの皿を取り出すとプリンを移し替えていく。
「結構な量があるっちゃね。優希、桜ちゃん呼ばんね」
「は?」
唐突な麻衣の言葉に優希は思わず聞き返してしまうものの、麻衣は気にした様子もなく言葉を続ける。
「だって、私は明日の午前中には帰るやん?そしたら今くらいしかお話出来るチャンス無いじゃない」
「いやいや、桜にだって予定があるだろ?」
「だから、訊いてくれてるだけでよかとよ。都合が悪ければ無理にとは言わんし。一緒にプリン食べようって誘わんねー」
麻衣は椅子に座り、ダイニングテーブルに突っ伏す様にしながら駄々をこねる。
これは面倒なことになったと思いながらも、優希は渋々といった様子で桜へ電話を掛ける。すると、そんなに間を置かずに桜が電話に出た。
「もしもし、桜?いま大丈夫?」
「大丈夫だよ。勉強してただけだから。どうしたの?」
「いや、良かったらウチに来ないかなっていうお誘いなんだけど、どう?今ならプリンも付いてくるけど」
「プ、プリン……!え、でも良いのかな?昨日もお邪魔しちゃったのに……」
デザートに若干の反応を示すものの、思い止まりそう言った。
「良いんだよ。俺が桜を誘ってるんだから気にしなくていいのに」
「そうだよね!……じゃあ、お邪魔しちゃおうかな。もう少ししたらお邪魔するねー」
「はーい、待ってるよ」
優希は電話を切り、ふぅっと一つため息をついた。
「桜、来てくれるってよ」
「それは良かったわー。それにしても私の名前出さんかったね」
「あ、忘れた。なんか、俺が会いたくて呼んだみたいになったか?まあ、よかけど」
「へー、よかとや?ふーん?」
ニヤニヤとした様子で麻衣は優希を見るのであった。もちろん、優希もその様子には気が付いているものの、反応すればさらに面白がられるのは目に見えていたためスルーすることに決めたのだった。
10分もするとインターホンが鳴る。桜だろうと思い、確認もせずに扉を開けると、予想通りそこには桜が立っていた。
「悪いな。勉強中に呼んだりして」
「ううん、気にしないで。頭も疲れてたし、ちょうど甘いものでも食べようかと思ってたところだったから。お邪魔しまーす」
そう言ってリビングへと通されると、キッチンでプリンを取り分けていた麻衣が、お皿に入ったプリンを持って戻ってくる。ダイニングテーブルにプリンの入ったお皿を置き、中央には大皿に入った残りのプリンが準備される。
「いらっしゃい、桜ちゃん。ごめんね、優希が急に呼び出して」
その言葉に優希は何か言いたげな視線を向けながらも、会話の邪魔をしないよう黙ったままなのであった。
「いえ、私の方こそ、プリンをご馳走してもらえると聞いて来てしまって。厚かましくてすみません」
申し訳なさそうにペコペコと桜は頭を下げた。
「よかとよ気にせんで。私も桜ちゃんとお話ししたいと思いよったしね。座って座って」
そう言って麻衣は自分の真向かいの席へと桜を座らせた。
「優希もそっちね」
「はいはい」
特に不満は無いため、優希は桜の隣へ腰掛ける。
「それじゃあ、食べましょうか。いただきます」
「「いただきます」」
そう言うと、三人は思い思いにプリンを口へと運ぶ。
「桜ちゃん、学校での優希はどげん?みんなと仲良くやれとるね?」
「はい、仲良くやれてると思いますよ。学校だと私とあと二人、四人で行動することが多いんですけど、それ以外の人ともお話してますよ」
「二人?それって女の子?」
「女の子もいますけど、男女一人ずつですよ?」
「そう。それじゃあ、あの二人じゃないのね」
どうやら麻衣の中では今日出会った葵とみのりの姿が頭に浮かんでいるらしかった。
どういうこと?というように桜は横目で優希に視線を送る。
「母さんが言ってるのって、葵先輩とみのり先輩だろ?」
「そうよ?というか、他にはその二人しか知らんし」
「その二人もクラスメイトだよ。男の友達もいるって言っとたやろ」
「葵先輩たちに会ったの?」
休みなのに何故?とでも言いたげな表情で桜は優希を見る。
「ああ、晃成と三人でカフェ葵に行ってたからな。みのり先輩はその帰り道に会ったんだ。たまたまだよ」
「ふーん?」
スプーンを咥えたまま桜はジッと優希を見つめる。優希はなぜ問い詰められるような雰囲気なのだろうかと思いながらも、責められっぱなしでは終わらない。
「どうしたの桜?他の女の子に会ったからって妬いてるのか?」
そう言って見つめ返し微笑むと、桜がハッとした様にプリンへと視線を向けた。
「そんな訳ないじゃん、まだ付き合っても無いんだし……」
小声でそう呟き顔を赤くする。
優希と麻衣は『まだ、ね』と内心で思ったものの、これ以上は触れるべきではないと感じ、口に出さず飲み込むことにした。
「それで、桜ちゃん。そのいつも一緒にいる二人はどんな子なの?」
話題が変わり、桜は渡りに船とばかりに話し始める。
「えっと、茜ちゃんと海斗君って言うんですけど――」
雑談をしているとあっという間で、気が付けばプリンも全て食べ終わっていた。また、時計は16時30分を指していた。
「あら、もうこんな時間やね。桜ちゃんは大丈夫やった?」
「あ、そろそろ晩御飯の準備しないと」
「桜ちゃん、お料理好きなの?」
「はい、好きですよ?」
本当に好きなのだろう、桜は笑顔でそう言った。そんな桜を見て麻衣はため息をつく。
「桜ちゃん、偉かねー。優希なんて、いっちょん料理はせんちゃっけん」
「よかやん、母さんの作るご飯が好きなんやけん」
思わず口に出たのか、ポロっと優希は言った。その言葉に一瞬ポカンとするものの、麻衣は途端に笑顔になる。
「優希のこういうところは、ホントズルかねー。ねえ、桜ちゃん?」
「ホントにズルいですよね。そんなこと言われたら何も言えないですよ」
料理が好きなもの同士、気持ちは同じなのだろう。顔を見合わせ笑い合うのだった。
ちなみに、その日の晩御飯のオムライスは、いつも以上に気合が入っていたとかいないとか。




