お察し下さい
晃成が店の奥に消えたことを確認し、麻衣が話題を切り出した。
「ところで、優希」
「何?」
「晃君ってなんでバイトしとると?お金に困っとるとね?」
流石に勝手に答えて良いものか悩む。親戚内で情報が出回りでもしたら、晃成も気まずい思いをするのではないかと考え、何とか答えを捻りだす。
「んー、知ってはいるけど勝手には教えられないかな。俺が言えるのは晃成が働いてる姿を見て察してとしか言えんよ」
知っている優希からすればほぼ答えを言っているようなものだが、麻衣は不思議そうに首を傾げるのだった。
「あら、新しい店員さんが出てきたわ」
制服姿の葵が現れ、さつきと言葉を交わすのが見て取れた。店内の状況を確認しているのだろうか。
それから少しすると晃成が制服姿で現れ、それと入れ替わるようにしてさつきは店の奥へと消えていくのだった。
「このくらいの時間から人が入れ替わるのね。ほら、優希!晃君が働いとーよ!」
「うん、うん。俺は何回も見とるけん、知っとーよ」
興奮気味の麻衣とは打って変わって、優希はとりあえずといった様子で適当に返事をする。
そんな様子を気にした様子もなく麻衣は続ける。
「あんなに小さかった晃君が働くようになるなんて……」
大袈裟に言いながら、わざとらしく目元を拭ってみせた。
「さっき、あれだけバイト反対って言ってたのに、なんという手のひら返し」
「それはそれ、これはこれよ。しかし、見て察しろっていうことは……」
会話もそこそこに視線で葵の姿を追っていると、視線に気付いた葵が近づいてきた。
「……お呼びでしょうか?」
麻衣の方ばかり気にしていたため優希のことに気付くのが一瞬遅れたものの、気づけば当たり前のように声を掛けてくれる。
「……いらっしゃい、優希。呼ばれたのかと思ったけど違った?」
「ちょっと、優希。こんな綺麗なお嬢さんとも知り合い?あんたのこっちに来てからの交友関係はどげんなっとーとね?」
「学校の先輩だよ。あと、ここのお店の娘さん」
綺麗と言われたことがピンと来ていないのか、葵は少々不思議そうに首を傾げていた。
「お仕事中にごめんね。私『伊藤麻衣』って言います。晃成の親戚なの。どんな人と一緒に仕事してるのか気になって、ついつい見ちゃった。貴女から見て晃成はどう?」
「……とても良く頑張ってくれています。私も晃成君が来てくれたお陰でとても助けられています」
特に考えるような素振りも見せず、葵は即答して見せる。もともと素直な性格の葵のため、社交辞令ではなく本当にそう思っていることが伝わってくる回答だった。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。これからも晃君をよろしくね」
「……はい」
麻衣が笑顔でそう言うと、麻衣も優しく微笑むのだった。
ちなみに晃成はこちらの様子が気になっているのか、チラチラと様子を伺うようにしながらこちらに視線を向けているのだった。
「さて、晃君の働いてる所も見たし、そろそろ行こうか」
「もうよかと?」
「よかよー。結構のんびり出来たし、料理も美味しかったし満足よ」
席から立ち上がると、葵が伝票を手に取り先導するようにしてレジへと向かう。大悟に伝票を渡すと脇に控えるよう立っていた。
「ごちそうさまでした」
「……ありがとうございました。ぜひまた来てくださいね」
「ええ、こちらに来た時には是非」
大悟と葵に見送られながら二人は外へ出る。
「何となく晃君がバイトしてる理由が分かったわ」
「まあ、分かりやすいからね。ところで、あとはスーパーに寄るだけでよかと?」
「んー、せっかくだし、このまま歩いて帰りましょうか。ウチまでそんなに離れてなかろう?どんな街なのか見ておきたいし」
「そう?母さんがそれで良いなら」
二人は歩き出し店から離れる。しかしものの数分歩いたところで、向こうから見知った顔が歩いてくるのが分かった。向こうもこちらに気付いたようで、笑顔で気さくに声を掛けてくる。
「やあ、優希じゃないか。こんなところで奇遇だね」
「こんにちは、みのり先輩。奇遇ですね。今日は外で食事ですか?」
スマホを確認すると、優希達の食事が早かっただけで、今がちょうど昼時という時間だった。
「ああ、葵のところで食事をして、そのまま勉強しようかと思ってね。ほら」
そう言って背負っていたリュックを見せてくる。中身こそ分からないが、参考書や問題集が入れられてであろうことは想像に難くなかった。
「ところでそちらは?」
麻衣が会話に割り込むことも無く黙って話を聞いていると、みのりも気になったのか優希に訊いてみた。
「母です。GWでウチに泊まりに来てるんですよ」
なるほど、といった様子でコホンと一つ咳ばらいをすると、みのりは身体を麻衣へ向けた。
「はじめまして。優希君と同じ学校に通っております『笹原みのり』と申します」
笑顔でそう挨拶し、軽く頭を下げた。
麻衣はその丁寧さに少々驚いたものの、丁寧に挨拶を返すのだった。
「これはご丁寧に。優希の母の『伊藤麻衣』です。優希がいつもお世話になっています」
「いえいえ、お世話だなんて。可愛い後輩の面倒を見るのは年長者の務めですから」
みのりの大人相手に全く物怖じしないその様に優希は感心していた。自身であれば話は出来たとして、あそこまで大人な対応が出来ただろうかと考えていた。
「うふふ、とってもいい子ね。あら、ごめんなさい。お昼ご飯だったわね。お邪魔しても悪いし、私たちは行くわね」
「そうですか?それではまた。優希もまたな」
「ええ、みのり先輩も勉強頑張って」
そう言って挨拶すると、優希の言葉が不満だったのかみのりは少々眉を顰めた。
「優希も勉強を頑張らないとダメだぞ?特に優希は今度の中間テストがこっちに来て初めてのテストだろう?」
「大丈夫ですよ。勉強に関してはしっかりやってますから」
「そうか?まあ前も言ったが、分からないことがあったらいつでも連絡してくれて良いからな。それじゃあ」
みのりは笑顔でそう言うと、優希の腕をポンと叩きカフェ葵へと歩いていくのだった。




