ウチの教育方針
三人はちょうど来ていたバスに乗り込み、最寄りのバス停まで向かった。
そのまま晃成を先頭にカフェ葵へと向かい店の前に到着した。
「晃君のバイト先ってここ?」
「そうだよ」
言いながらドアを開け店内に入ると、レジにいた店長の大悟が晃成に気付き、少々驚いた表情に変わる。
「おや、晃成君。時間にはまだ早いよ?」
「いえ、今日は食事をしてから仕事に入ろうと思いまして」
晃成の後に続けて入った優希と麻衣が軽く会釈をすると、大悟は状況を把握したようで接客モードに切り替わる。
「それではお席にご案内します」
大悟を先頭に席まで案内されると一番奥に麻衣が座り、向かいに優希と晃成が座った。
「へー、結構良い雰囲気のお店やね。さっきの店長さん?も感じが良かったし」
「でしょう?結構お客さんも多いんだよ?」
昼食には少々早い時間のため店内に客はまばらだった。
店員は大悟と妻であるさつきの二人だったが、今の時間帯であれば問題なく回せていた。
麻衣はメニューを手に取り、しばし悩むと料理を決めたのか、晃成へと手渡した。
「晃君、何でも好きなもの食べんねー。お金は出しちゃるけん」
「いいの?ありがとう!それじゃあねー。クラブハウスサンドにしようかな。兄ちゃんは?」
「俺はミートソースパスタで」
「二人とも飲み物は要らんと?」
せっかく来たのにと麻衣は思ったが、二人の「今日は水でいい」という言葉にあっさりと引き下がり店員を呼んだ。
するとさつきがそれに気づき、テーブルまでやってる来る。
「お待たせしました。あら、晃成君じゃない」
「こんにちは、さつきさん」
「いつも晃成がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。晃成君、いつも頑張ってくれてますよ」
そう言ってさつきは微笑みむと、思い出したように注文を促す。
「……失礼しました。ご注文をどうぞ」
「ミートドドリアとクラブハウスサンド。それからミートソースパスタを。それと、アイスコーヒーをお願いします」
さつきは復唱すると厨房へと戻っていった。
「そういえば、晃君はバイトをしてる訳だけど、勉強はどう?大変じゃない?」
ちょっとした話題として、麻衣は気になっていたことを訊いてみた。
晃成も自覚はあるのか、頬を掻きながら誤魔化す様に笑って見せた。
「うーん、まだ中間テストもあってないから何とも言えないけど、授業の進むスピードは速い気がする」
「そうなの?」
麻衣はそう言って優希へと視線を向ける。
「そうやね。前にいた学校よりも進むのが早いみたい。宿題もそれなりに出されるし」
「へー、バイトも大事だけど、中学と違って留年もあり得るから気を付けんといかんよ。学生の本分は勉強なんやけん」
「留年とか、そんなことには絶対しないよ。そんなことになったらこのお店にも迷惑かけちゃうし。それにこのGWにだって、わざわざ学校の先輩が勉強を見てくれることになってるんだよ」
晃成が笑顔でそう言うと、麻衣は一応納得したのか引き下がるのだった。
「兄ちゃんはバイトしないの?」
これ以上自分のことを深く聞かれるのはまずいと感じた晃成が、優希のことへ話題を変えようと動いた。
「俺か?バイトはせんよ。その時間を勉強に充てたいし」
優希は当然のことのように言ってさらに続ける。
「それに、バイトはダメだと母さんたちから言われてるしな。ねえ、母さん」
「そうよー。労働なんて嫌でもあと5年もすればせんといかんちゃけん、わざわざ自分からそれを早めなくてもいいやん?もちろん、やりたいこと、目的があればよかけど、単純にお金が目的なら私はバイトはするなって言ってあるの。……この話ちょっと長くなるけど聞く?」
「えっと、それじゃあ聞きたいな」
社交辞令とでも言おうか、なんとなく断りづらい雰囲気だったので続きを促した。
その様子を「あーあ」といった表情で優希が横眼に見ていた。
「そう?じゃあ続けるけど、日本の会社って実力主義になりつつあるけど、まだまだ学歴社会じゃない?当然良い大学を卒業した方が望む会社に入る可能性が高くなるし、給料も高い。仮に高校生が三年間頑張ってバイトをしたとして年間100万円稼げれば良い方かしら。三年で300万円でしょ?この三年間、300万円を我慢することで、就職してからの年収に大きな差がつく可能性があると私は思うの。年収で100万円差がつけば、社会人4年目には高校時代に我慢した分をペイ出来るわけ。その後は当然差が大きくなる一方。長期的に考えたら絶対的に勉強に力を入れるべきなのよ。もちろん、他所様の教育方針に文句を付けるつもりはないけど、ウチの教育方針はこういう考えなの」
まるで演説をするかのように身振り手振りをしながら麻衣は語る。ひとしきり話すと満足したのか、水をゴクゴクと飲むと一息ついた。
「ふう、晃君にこれを話すのは初めてやったっけ?」
「う、うん。まさかこんなに熱く語られるとは思わなかった……」
「晃成、分かるやろ?こんな熱量で来られたらバイトなんて出来んよ」
ポンポンと晃成の肩を叩き、優希は首を横に振った。
「何?優希に不自由な生活はさせよらんやろ?ちゃんと生活費は振り込んでるんやし」
ジトっと麻衣が優希を見つめると、優希は気にした様子もなく答える。
「もちろん、お陰で勉強に集中出来てるよ。ありがと」
「うむ、ならば良し」
そんな話をしていれば、さつきが料理を持って現れた。
「お待たせいたしました。ご注文の料理になります」
テーブルに料理が揃えば麻衣が音頭を取る。
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
いつでも作り手への感謝を忘れない家系なのであった。
そのまま雑談をしながら食事をしていればあっという間に晃成のバイトが始まる時間になってしまった。
「そろそろ俺はバイトに行くね。二人はごゆっくり」
「あら、もうそんな時間なのね。それじゃあせっかくだし、晃君の働いてる姿を見てから帰ろうかな」
「えー、恥ずかしいなー」
そんなことを言いつつも、優希達にも見られているためかあまり気にした様子は無く、席を立つとそのまま店の奥へと入っていくのだった。




