朝の風景
翌日、普段よりも早く就寝したせいか、優希は早くに目が覚めた。
晃成を起こさないようにそっと自室を出ると、すでに麻衣は起床しており、キッチンからは音がしていた。
「おはよう、母さん」
「あら、優希。おはよう。休みなのに早起きね。とりあえず、顔洗っておいで」
はーい、という返事とともに優希は洗面台へ行き、顔を洗って戻ってきた。
何を作っているのかを覗きに優希もキッチンへと足を向ける。
「優希、ごはんは置いてあったパックを使ってよかっちゃろう?」
「よかよー」
「しかし、優希がいっちょん料理をしよらんのが食材を見てわかるよね」
「何が?」
「結構朝ごはん作るの苦労したとよ?卵は無いしパンも無いし。かろうじてパックのご飯があったから良かったけど。後で買い物に行くけん、優希も付いて来んね」
優希は何となく気まずそうに目を背けてしまう。
「分かったよ。近くにあるからあとで教える」
「でもまあ、料理はダメでも、掃除はしっかりしとるみたいね。私たちの寝室は使ってないはずなのに綺麗やったし。それは偉いぞ」
麻衣はそう言って優希の頭を撫でる。
普段から慣れているのか優希はされるがままであるが、一応文句だけは言ってみる。
「母さん、俺もう高校生だよ?子供じゃないし」
「何言いよるとね。年齢なんて関係ない。優希はいつまでだって私の子供よ」
麻衣はそう言って笑うと、思い出したようにキャリーバッグの場所へと移動する。
「そうそう、昨日はすっかり忘れてたけど、お土産買ってきとるけん後で食べんねー」
そう言って橋本家に渡したものと同じお菓子と棒状のラーメンを取り出した。
「あっ!ラーメン!」
「優希これ好きやろ?多めに買ってあるけん、何もない時にはこれでも食べんね」
「助かるー」
そうこうしていると話し声で目が覚めたのか晃成も起きてきた。
「姉さん、兄ちゃん、おはよう……」
まだまだ眠い様子で欠伸を噛み殺しながら挨拶をしてくる。
「おはよう、晃君。顔を洗っておいで。もう少ししたら朝ごはんにするけん」
麻衣はキッチンに戻り料理を完成させていく。出来上がってはいたようで、もう一度火を入れて温め直し皿に盛りつけると朝食が完成した。優希も手伝いながらダイニングテーブルに朝食を並べる。晃成は手伝わなくて良いかとそわそわしていたが、麻衣から座っているように言われたため、おとなしく椅子に座って待っていた。
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
麻衣が音頭を取り、二人がそれに続ける。
食卓にはレンジで温められたご飯と豚肉と野菜の炒め物、じゃがバターが並んでいた。
「悪いわね。簡単なものしか準備できなくて」
「いやいや、十分だよ。とっても美味しくて、朝から豪華すぎるくらいだよ」
「晃君は、普段のご飯はどうしよると?」
麻衣はふと疑問を口にする。
「コンビニでパンを買ったり、お弁当だったりが多いかな。あ、でもお昼は学食もあるし、夜はバイト先で賄いを食べさせてもらったりするから、結構ちゃんとしたご飯を食べる機会も多いんだよ」
身体に悪いと言われるのではないかと思い、慌ててきちんとした食事を採っていることも伝える。
しかしそれでも、麻衣が満足できる答えではなかった。
「晃君もあまり良い食生活とは言えないわね。これからも一人暮らしが続くっちゃけん、そんなことじゃ身体が持たんよ?」
「あはは、気を付けるよ」
「優希も黙って聞いとるけど、他人事じゃなかけんね?」
「わかっとーよ。そういえば、晃成は今日もバイトか?」
「そうだよ。昨日と同じで昼から夕方までね」
その言葉に意外だったのか、少々困った表情を麻衣が見せる。
「あら、昨日もバイトだったのに大変やね。お昼ご飯はどうする?晃君も居るつもりで作る予定だったけど」
「そうなの?姉さんのご飯好きだから食べられないのは勿体ないなー」
「うふふ、晃君は良い子やねー。ほら、優希聞いた?たまには優希もこれくらい言ってみらんね」
とんだとばっちりだと思いながら優希は話の矛先を少し変えることにした。
「ウチで食べると昼ごはんには早すぎない?移動時間も考えるとさ。母さんのご飯が食べられないことは非常に残念だけど、ここは外食はどうだろう?晃成のバイト先で。そうすれば、食べ終わってそのまま働き始められるし」
名案とばかりに優希は発言するも麻衣はジトっと優希を見つめる。
「なんとわざとらしい」
「一体どうしろと……」
「私は構わんけど、晃君はどう?そもそも、バイト先に知り合いが来るのって嫌じゃない?」
「全然大丈夫だよ。兄ちゃんとか、兄ちゃんの友達も良く来てくれてるし」
「そう?じゃあ、そうしようかしら。優希、そのあと買い物に行くわよ」
「はいはい」
そんな雑談をしながら朝食を終える。
片付けをしている間に、優希達も外出が出来るように準備をしていくのだった。
「母さん、貰ったお菓子は開けてよかっちゃろう?」
「優希にあげたんやけん、好きに食べんねー」
優希は箱からめんたいこ味のせんべいを取り出すと、自分の分だけではなく晃成にも手渡した。
「晃成も食べりー」
「ありがと、兄ちゃん」
二人で椅子に座りながら食べていると、片付けが終わったのか麻衣が戻ってきた。箱に手を伸ばし三人でせんべいを頬張る。
「久々に食べたけど、やっぱり美味かねー」
堪能するように麻衣はせんべいを口へと運んでいた。
「あれ?姉さんも食べるの久しぶりなの?」
「晃君、何言いよるとね。お土産品なんやけん、福岡におるからって頻繁に食べるわけじゃなかとよ?」
「そういうのあるある。福岡県民だと家にはめんたいこが常備してあるみたいな。明太子は高いんだし、ずっとあるわけないやんねー」
優希も同意見なのか、そんなことを言い出した。
「そういうもんなんだね」
「こればっかりは住んでみらんと分からんかもしれんけどね」
「福岡は良いところだぞー。そういえば、晃成がウチに来たのっていつが最後だっけ?」
「いつだろう?小学生の時に行った記憶はあるけど」
「だよな。どちらかというと俺達が晃成の家に行くことが多かったか」
「来たくなったらいつでも言ってくれてよかけんね」
麻衣はいつでも迎え入れると言わんばかりに、気軽にそう言った。
「じゃあその時はお言葉に甘えちゃおうかな」
その後はのんびりとした時間を過ごし、そろそろ家を出る時間になったところで麻衣から声が掛かる。
「準備出来た?それじゃあ行きましょうか」
三人は揃ってカフェ葵へと向かうのだった。




