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お誕生会

交渉を終えると一同はスーパーを出て、そのままカフェ葵に向かった。

入店すると葵が出迎えた。


「……いらっしゃいませ」

「予約してる橋本です。まだ時間には少し早いんですけど大丈夫ですか?」


桜は事前に連絡をしており席を確保してしていた。店内の座席は埋まっていたものの、予約席のそこだけは空けられていた。

いつものように優希と桜、海斗と茜が隣り合って座る。


「桜、準備が良いな。店に入ったときは席が埋まっててマズイと思ったわ」


海斗が感心したように言葉を向けた。


「念のためにと思って、葵先輩に連絡しておいたの。だけど、役に立ったみたいで良かったよー」


桜はホッとしたように一息ついた。


「まあまあ、私のことよりもお腹も空いたし、とりあえず料理を頼んじゃおうよ」


優希以外はメニューを覚えているのか、メニュー表を見ることも無かった。

優希が決めたところで店員を呼んだ。するとこちらを見ていた晃成がそれに気付き近づいてくる。


「お決まりでしょうか?」


それぞれが思い思いに注文を伝えると、それをメモして晃成は厨房へと下がっていった。


「晃成も随分とお店には慣れたみたいね」

「ああ、バイト自体は晃成だけみたいだし、結構忙しいみたい。必然的に慣れるって言ってたぞ」

「まあ、晃成の場合はお金目当てというよりも、葵先輩が目当てだからやる気も違うんだろう」


優希の言葉にかぶせる様に海斗が言った。

視線の先には仕事とはいえ、葵と言葉を交わせて嬉しそうにしている晃成の姿があった。


しばし雑談していると料理が運ばれてくる。


「いただきます」

「その前に」


優希が食事に手を付けようとすると、茜がそれを遮る。


「海斗、誕生日おめでとう」


その言葉とともに、茜がプレゼントを差し出す。

その様子を見て優希と桜もおめでとうと伝え、プレゼントを渡した。


「みんな、ありがとうな。とりあえず食べよう。せっかくの料理が冷めるぜ」


祝ってもらえることが嬉しいのか、海斗の表情はどこか柔らかなものだった。



「文化祭の仕入れは上手くいきそうで良かったね」


食事をしつつ、桜が午前中のことを話題に出してきた。


「まだ結果は出てないけどな。まあ、悪いようにはならないだろう」


優希が午前中のやり取りを思い出しながらそう言うと、桜はバッグからノートを取り出す。


「ほらほら、ちゃんとメモも取ったからね」


少し得意げにしながら、テーブルの上にノートを広げる。走り書きのような部分も見られたが、会話をメモするとなれば、それは仕方のないことだろう。しかし重要なことはきちんとメモされていることが分かる。


「これなら後で読み返してもちゃんと分かりそうね。だけど、会話の内容を覚えているうちにもう少し補足しておこうかしら。海斗、ペンを貸してもらえる?」


茜は海斗からボールペンを受け取ると、ノートに書き加え始めた。


「それにしても、話し合いはほとんど二人に任せてしまったわね。もう少し役に立てると思っていたのだけど」


茜が少し気落ちした様子になると、それを見て桜が慌てたように声を発した。


「茜ちゃんだって、色々フォローしてたよ!私なんか、ノート取ってただけだし……」


そしてどんどんと言葉に力が無くなっていく。

そんな様子を微笑ましく優希と海斗は見ていた。


「誰が交渉をしたって良いんだよ。出来る人間がやる。それで問題無いだろう?」


海斗がそう言えば茜が反論して


「私の気持ちの問題よ」

「それじゃあ、俺が何か困った時に助けてくれ。それで良いだろ?大体、茜が気付いてないだけで、俺はいつも茜に助けられてるよ」


海斗がそう言って微笑むと、茜はそれ以上何も言えず、誤魔化す様にコーヒーに口を付けるのだった。


「桜もだぞ?言いたいことは海斗が言ってくれたけど、メモを取るのだって大事な役割だよ。俺だったらこんな風に的確にメモを取れたか分からないぞ。ありがとう、桜」


優希は優しく言いながら、頭を撫でる。慣れてきているのか、優希にされるがままだったが、海斗と茜の視線を感じ、頭を振って優希の手を振り払った。



「ちょっとトイレ行ってくる」


そう言って優希は席を立つと、晃成に視線を向け、こちらに来るように仕向ける。

視線に気付いた晃成が近づいてくると、桜たちの席からは死角になる場所へ移動した。


「晃成、アレの準備を頼む」

「分かったよ。兄ちゃんが席に着いたら出すね」


優希が席に戻ると、晃成が葵を伴い何かを手に持って現れた。


「海斗先輩、お誕生日おめでとうございます」

「……海斗、おめでとう」


その様子を見て、海斗は不思議そうに声を掛ける。


「気持ちはありがたいんだけど、俺達ケーキなんて頼んでませんよ?」

「いえいえ、このケーキはこちらのお客様からです」


晃成が大袈裟に優希からの差し入れであることを伝える。


「実は昨日兄ちゃんから電話がありまして」



話は昨日の夕方、茜に電話した直後まで遡る。


「とりあえず、電話してみるか」


ネットで番号を調べ、カフェ葵に電話するも繋がらなかった。


「しまった、今日は定休日か。それじゃあ、葵先輩か」


慌てることなく葵の連絡先を開くと電話を掛ける。数度コールすると今度は繋がった。


「……もしもし、優希?」

「こんばんは、葵先輩。いま大丈夫でしたか?」

「……うん、勉強してただけだから」


葵は特に気にした様子も無く答える。


「もう勉強してるんですか?学校が終わって、まだそんなに時間が経ってないのに。凄いですね」

「……私は家の手伝いがあるから。休みの日はいつもこんな感じ」

「大変ですね。って、いつもお邪魔しちゃって、俺達も葵先輩の疲れる原因になってますね」

「気にしないで。お店に来てくれることは嬉しい。私もお父さんたちが作る料理は好きだから、美味しいって、気に入って通ってもらえるのは凄く嬉しい……」


表情こそ見えないものの、両親の味が好きで、それを褒められることが本当に嬉しいということが声色からは伝わってきた。


「それなら良かった。でも、家業と勉強の両立は大変でしょうから、晃成のことをバンバンこき使ってやって下さいね」

「……晃成にはいつも助けられてる。良く頑張ってくれてる」

「それ、本人に言ってあげたら喜びますよ」

「……そう?」


そんなことで喜ぶのだろうかと葵は考えていた。


「ええ。そうだ、電話した件なんですが、明日の12時過ぎってお店の席を予約出来ますか?」

「……さっき、桜から同じ連絡があったよ。席は予約しておいたけど、同じ件……?」

「そうでしたか。ええ、桜が席を予約してくれたなら大丈夫です。実はもう一点ありまして、お店に持ち込みってアリなのかなって聞きたくて。実は明日、海斗の誕生祝いをするんですが、可能ならホールケーキを準備したくて」

「……ちょっと待ってて、訊いてくるね」


電話が保留状態になり、しばらくすると


「……お待たせ。普通ならお断りだけど、そういった行事ごとでは柔軟に対応してるんだ。今回は大丈夫だって。早めに持ってくるようなら冷蔵庫で保管しておいてあげる」

「ありがとうございます。それじゃあ、明日はケーキを持っていくかと思いますので、よろしくお願いします」

「……うん、分かった」


優希は通話を終えると、またどこかへ電話を掛ける。


「兄ちゃん、どうかしたの?」

「おう、晃成。いま大丈夫か」

「うん、ちょうどスマホ弄ってただけだし」

「ちゃんと勉強してるか?葵先輩は帰ってすぐ勉強してたぞ」


あえて葵の名前を出してみれば、狙い通りに晃成は食いついてくる。


「勉強もちゃんとしてるよ。というか、兄ちゃんがどうして葵先輩のこと知ってるのかな⁉」

「それで、電話した用件なんだけど」

「ちょっと、兄ちゃん!勝手に話を終わらせないでよ」

「分かってる。説明するから、とりあえず最後まで聞け」


優希は海斗の誕生祝いの件と先程の葵との会話内容を伝えた。


「なるほど」

「それで晃成に頼みがある。俺の代わりにケーキを受け取って、店まで持って行って欲しいんだ。俺は文化祭関係でやることがあって午前中は動けなくてな。お金は出すから。頼めるか?」

「構わないよ。どこに取りに行けば良いの?」


当然といった様子で晃成は快諾する。思った以上にスムーズに進み、少々拍子抜けしてしまうくらいだった。


「それはこれから探すから、決まったら連絡する。なるべく店の近くで探すから」

「分かった。連絡待ってるね」

「そうだ。それから言い忘れてたんだけど、昨日母さんから電話があって、明日こっちに来るってさ」

「姉さん、こっちに来るんだ?」


晃成は幼少時代に優希の母のことを伯母さんと呼んだことで、逆鱗に触れてしまったことがある。


「晃成!私はおばさんなんて呼ばれる歳じゃない!麻衣さん、もしくはお姉さんと呼びなさい!」


その時の母は顔こそ笑っていたものの、眼はまるで笑っていなかったとか。


「お、お姉ちゃん……」

「うむ、ならば良し」


それ以降はお姉ちゃん、成長してきてからは姉さんと呼ぶようになっていた。

話は戻って。


「そうそう。福岡から出てきて1泊ってことは無いと思うけど、明日なら間違いなく居るからさ。良かったらウチに泊まりに来いよ。母さんも喜ぶと思うし」

「んー、明日はバイトも夕方までだし構わないよ」

「それじゃあ決まりだな。何時になるかは連絡待ちだから、それも分かったら連絡するわ。晩飯はどうしてるんだ?」

「その日によってまちまちかな。賄いが出る時もあるよ」

「そうか。もし食べられるんだったら食べておいたほうが良いな」

「はーい」


晃成との通話を終えると、ネットでケーキ屋を調べ、人気や値段を加味しながら店を決めていく。


「もしもし、ケーキの予約をしたいのですが……」



「ということがありまして」


もちろん、晃成がケーキを買ってきた下りしか話していない訳だが、裏ではこのようなことが行われていたのだ。


「だから私に確認したのね?」


茜はようやく納得したという様子で頷いていた。


「ああ、もしも準備されてたら必要無いからな」

「兄ちゃん、ろうそくは要る?一応お店で貰ってきたけど」


晃成はケーキをテーブルに置くと、ろうそくを取り出した。多めに貰ったのか、全部刺してしまうと火が大変なことになりそうだ。


「全部刺さなくてもいいけど。そうだな、17歳だから7本で良いんじゃないか?なあ、海斗」

「何本でも構わないさ」

「じゃあ、7本ということで」


晃成がろうそくを立て火をつける。


「……みんなで歌う?」


葵のその言葉に三人は顔を見合わせ頷く。


『……Happy birthday, dear 海斗(君),Happy birthday to you!』


歌い終わると同時に海斗が火を吹き消した。


「おめでとう」

「おめでとう、海斗」

「おめでとう、海斗君!」


拍手とともにお祝いの言葉を述べれば、周囲の席からも拍手が起こる。

晃成がケーキを持ってきている姿や歌っている様子で誕生日だと察したようだった。

海斗は見える範囲のお客さんにペコペコと頭を下げていた。

晃成がろうそくを回収し、控えていた葵が取り分けるためのナイフとお皿、新しいフォークを並べていく。


「……それではごゆっくり」


葵と晃成は厨房へと戻っていった。


「それじゃあ、さっそく食べようか」


優希がそう言って切り分けていく。

みんなにケーキが行き渡り口に運べば、表情が笑顔に変わる。


「美味しい!」

「それは良かった。選んだ甲斐があったな」


特に甘いものが好きな桜は、ケーキを口に運んだ途端ニコニコとしながら、見ているこっちまで幸せになるような笑顔を浮かべていた。


「だけど、ホントに優希は準備が良いわね。飲食店に食べ物を持ち込むなんて考えもしなかったわ」

「そうか?前にも同じようなことやったことがあったからな」

「それって福岡の友達とか?」


ケーキを頬張りながらも、桜が興味深そうに訊いてくる。


「そうそう。地元の幼馴染だな」

「へー、そうなんだ」


桜の顔を見た優希がふと気付く。


「桜、口元にクリーム付いてるぞ。まったく、食べながら喋るから」


そう言って優希は桜の口元に手を伸ばしクリームを拭いとる。するとその指が桜の唇に触れて。


「ふぁ!」


思わぬ刺激と優希が唇に触れたという事実に桜は恥ずかしくなってしまう。しかし、以前にも同じようなことがあり、このままではこのクリームを口に運ばれてしまうと思った桜は、咄嗟に優希の指を咥え、自分でクリームを舐め取った。


「……んっ。ふふっ、そう何回も同じ失敗はしないからね」


桜は得意げにそう言った。しかし、優希の意外そうな表情、海斗の楽しげな表情、茜の呆れた表情を見て、ようやく自分の行いに気が付いた。


「桜、外ではもう少し自重しなさい」


そこには顔を真っ赤にしてあわあわと弁明をする桜の姿があった。


思った以上に長くなってしまった

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