価格交渉
お店のスタッフに声を掛け事情を説明すると、休憩室まで案内してもらえた。中で作業をしていた店長が優希達の姿を見て立ち上がる。
「おはようございます。朝早くから申し訳ないですね。どうぞ空いている席に適当に座ってください」
そこの言葉に海斗が代表するように挨拶を返した。
「おはようございます。こちらこそ、連休のお忙しいところにお時間を頂きましてありがとうございます」
海斗が頭を下げると、他のみんなも合わせるように頭を下げた。そして頭を上げると、そのまま椅子に腰を下ろすのだった。
店長は冷蔵庫からペットボトルを取り出し、湯飲みにお茶を注ぐ。みんなに配り終えたところで席に戻った。
「改めまして、店長の石井です。よろしくお願いします」
「星ヶ丘高校二年二組の羽田海斗です。よろしくお願いします。今日はお時間頂きありがとうございました」
海斗の挨拶を皮切りに、それぞれが自己紹介をしていく。それを聞きながら店長は手元のノートに名前を控えていく。
「それではさっそく用件を伺いましょうか。前回お会いした時に簡単には伺っていますが、改めて」
それを受けて、海斗が説明を始める。文化祭で喫茶店をやること、そのための仕入れを行いたいことを伝えていく。
「聞いているお話と大きく変わりは無いですね。それで、どの商品をお買い上げいただけるのかという点は決まっていますか?」
海斗と優希は先ほどまでメモしていた用紙を机の上に置いた。
「必要なものをまとめています。そこに書かれている価格は今日確認した価格になります」
「準備が良いですね。こちらも助かります。コピーを取っても?」
「ええ。構いません」
店長は一度席を立つと部屋を出ていく。
流石に海斗も多少緊張しているのか、大きく息をついた。
「随分疲れてるみたいだな」
優希がからかうようにそう言った。
「疲れもするだろう。喋ってるの俺ばっかりじゃない?もっと会話に入ってきてくれて良いんだぜ?」
「だってさ、桜」
「ええっ!私⁉」
まさか自分に話が回ってくるとは思わなかった桜は驚いてしまう。もちろん優希の冗談なのだが、桜は真に受けてしまったようだ。
「冗談だよ。桜は悪いけど、話の内容をメモしてくれないか?」
バッグから手帳サイズのノートを取り出して桜へと手渡す。
「分かったよ。だけど、優希君、ホント用意が良いよね」
感心したように桜が言うも、優希は当然といった様子であった。
「会話の内容を全部覚えてられないよ。間違いがあったら迷惑が掛かるからな」
「とりあえず、話し合いはこのまま海斗をメインに進めましょう。私たちは足りない部分を補足していく形で良いかしらね」
「まあ、構わないけどな」
そのまま簡単に打ち合わせを続けていると、コピーを終えた店長が戻ってくる。
「お待たせしました。こちらはお返ししますね」
用紙を渡すと、話が再開される。
品目、数量がはっきりしているため話し合いは思いのほかスムーズに進む。
「あとは価格ですね。そちらの希望価格はどのくらいでしょうか」
流石に海斗も価格を自分一人で決めるわけにもいかず周囲の様子を伺う。
「俺が変わろうか?みんなから希望の価格があれば聞くよ」
桜と茜は、まさかこちらが先に価格を提示することになるとは思っておらず、特に意見を出せる状況にはなかった。あくまでも相手に主導権があり出された価格を見て検討するという考えだった。
海斗は頷くと、優希に交渉を任せることにして、自身はフォローに回ることにした。
優希はスマホを取り出し、単価と数量を掛けることでそれぞれの合計金額と総合計金額をはじき出す。
「こちらの希望ですが、トータル金額の80%という価格はいかがでしょうか」
金額が妥当か分からない三人は表情を変えることなく状況を見守る。
しかし、店長の表情は厳しいものに変わる。
「80%ですか。それですとこちらとしては受け入れるわけにはいきませんね。赤字になっちゃいますから。ご覧になってお分かりかと思いますが、そもそもの金額を他店よりもかなり抑えている点はご理解頂きたいですね」
優しく諭すように店長は話を続けるも、優希は気にした様子も無く話を続ける。
「やっぱりこの価格だと厳しいですか。でしたら、この杏仁豆腐、プリン、コーヒーゼリーを除いた合計を90%、先ほど挙げた3品目を50%というのはいかがでしょうか」
「3品目だけとはいえ50%は厳しいですね。65%がギリギリといったところでしょうか」
店長は自分の用紙に色々と書き加えながら交渉を続ける。その表情は中々に厳しいものであった。
何度も用紙に目を通していると店長は一つ気付いた。
「今回喫茶店をやるということですが、この中には氷が入っていませんね。どこか他のお店で購入する予定ですか?」
「氷については実は検討中でして。家庭用の冷凍庫で作ったものを持ち寄ったり、早めに作って学校の冷凍庫に置かせてもらえば足りるかもと考えています」
「ちなみにウチでも飲食用の氷は取り扱ってますよ。価格はこのくらいですね」
提示された価格と必要な量を計算しリストに加える。
それほど高い金額ではないものの、予定外の出費になるため優希は考えてしまう。
「海斗、どう思う?」
「ちなみにこの提案を受け入れた場合には、先ほどこちらが提示した価格を受け入れて頂けるということでよろしいのでしょうか?」
海斗が店長にそう問いかけるも、店長は首を横に振る。
「それは確約出来ません。改めてきちんと計算をしたうえで検討します」
それを聞いて海斗が優希に耳打ちする。
「優希、氷の件は受けておいたほうが良い。心証も良いし、俺達も氷のことを気にしなくて済む」
海斗の考えと一致していた優希は頷いた。
「それでは氷もこちらで購入いたします。こちらも90%ということで良かったですよね?」
「ええ、構いません」
価格に関して折り合いがついたところで、配達が可能か、いつ購入するのかという話になるも、この辺りはもう少し時期が近くなって相談することになった。
「価格については、結果が分かり次第メールでご連絡します。場合によってはもう一度来て頂く可能性もありますけど、そこは了解下さい。あ、お茶飲んでくださいね」
交渉が終わったからか、店長も先程よりも優しい雰囲気で話しかけてくる。
お茶に口を付けつつ雑談を続けた。
「ところで伊藤君、どうしてあの提示額にしたのか、差し支えなければ訊いていいですか?最初の80%なんて始めから通す気無かったでしょう?」
その言葉に優希は少々驚いた表情に変わる。
「そんなに分かりやすかったですか?」
「ええ、あまりにもあっさり引きましたからね。それに、最後の3品目も何か理由があるんですよね?」
「全部見抜かれている上でお話するのは非常に恥ずかしいのですが、こちらのお店のことを調べたところ、売上原価率が85%という記事を見つけまして、ちょっとカマを掛けた感じですね。もし80%で通ったらラッキーみたいな。3品目については、あの製品を作ってるのって、系列会社……、親会社の子会社ですよね?他の品目と違って仕入れも安く出来てるんじゃないかと思いまして」
店長は感心したように、頷きながら話を聞いていた。
「なるほど、事前に調べていたわけですね」
優希はたまたまに見つけた記事だとは言えず、笑顔で頷くことにした。
「そうだ。厚かましいお願いで申し訳ないんですけど、お店の入口の所に製氷機があるじゃないですか。あの氷を当日に分けて頂くことって可能でしょうか。発泡スチロールに詰めていくつか」
「まあ、そのくらいいいでしょう。その代わり……、これからもウチで買い物をして下さいね」
冗談めかして店長はそう言った。お店としては氷もタダでは無いのだが、心証を良くしておけば、長期的に見て売り上げに貢献してもらえるだろうという判断だった。
ふと時計を見ると12時を回っていた。
「もうお昼ですか。私もそろそろお店に出ないと」
「すみません、お忙しいのにありがとうございました」
優希達は立ち上がりお礼を伝えると、休憩室をあとにするのだった。




