事前準備
GW前最後の登校日、いつものように学食で昼食を採っていると海斗が話題を切り出した。
「一つ報告がある。スーパーの店長から仕入れ交渉の日程について返事があったぞ」
「相変わらず返事が早いな。それで、向こうの希望日は?」
優希が続きを促すと、スマホにメモしているのだろう、海斗が画面を見ながら答える。
「それが急なんだけど、明日はどうかって言われてるんだわ。しかも午前中。俺は大丈夫なんだけど、みんなの予定はどうだ?」
海斗はそれぞれに視線を送り問いかける。
「私は問題無いわ」
「私も大丈夫だよ」
「俺も大丈夫。むしろ時間が早くて助かるくらいだ」
GW早々に時間を使わせてしまい申し訳ないと思っていた海斗は、みんなの快い返事に内心ホッとしていた。
「それじゃあ、明日の10時30分にどうだって言われてるから、そうだな……、10時に店の前に集合しようか」
みんなは問題が無く改めて頷く。
「それじゃあ、その日に海斗君のお誕生日のお祝いをやらない?話し合いが終わるころには、ちょうどお昼ご飯くらいの時間になってると思うんだー」
ハッとした表情をすると名案とばかりに桜が提案してきた。
「俺は構わないぞ」
海斗が率先してそう切り出す。
「主役の予定が問題無いなら、俺は構わないぞ」
「私も問題無いわ。だけど場所はどうするの?誰かの家でやるにしても、準備する時間が無いわ」
「そうだね。今回はどこかのお店かな?」
うーんと桜が考えていると、視界の端に見知った顔が映る。
「ちょっと待ってて!」
桜は席を立つと何処かへ歩いていく。優希がその背中を追っていくと、その先には葵の姿があった。対面にはみのりの姿もあり、どうやら二人で食事をしているようだった。
桜が葵に声を掛けしばし話をしていると、話は纏まったのか桜がこちらへ戻ってきた。
「さっきの、葵先輩?」
優希が声を掛けると桜は頷く。
「カフェ葵で席の予約が出来ないか訊いてきたの。ある程度時間が分かっていれば、席も押さえてくれるって」
「それなら、カフェ葵で決めてしまいましょうか。それでいいかしら?」
茜が音頭を取るようにして詳細を決めていく。といっても、突発的なイベントに近いため、それほど決めることは多くないのだが。
「そういえば、優希はその日他に予定があるんじゃないか?交渉が早い時間で助かるって言ってただろう?」
「そう言えばそうね。優希、大丈夫なの?」
海斗が問えば、それに茜も言葉を重ねる。
「大丈夫。あんまり遅くならなければな。母親が家に来るだけだし」
「一人暮らしの息子が心配なんだろう、良い親御さんじゃないか」
海斗が大袈裟にうんうんと頷く。
そんな様子を訝し気に優希は見ていた。
「なんか、海斗が言うと裏がありそうだな。その心は?
「色々部屋に隠してるものがバレると面白いと思ってます」
「人聞きが悪いな。期待に応えられなくて申し訳ないが、隠さないといけないようなものはないぞ」
やれやれといった様子で優希が答えると、海斗は驚いた表情に変わった。
「優希、健全な男子高校生の一人暮らしだろ?何も無いわけ……」
そこまで言ったところで、海斗は茜の冷たい視線に気付く。
「海斗、そういう話は男二人でやってくれないかしら?」
また、桜は優希の方をチラチラと見ながら、小さな声で呟いていた。
「優希君も男の子だもんね。そういうことにも興味があって当然だよね……」
何を想像したのか、その表情は少し赤くなっていた。
話題を変えるように、茜が違う質問を切り出した。
「優希の親御さんは、今どこに住んでるの?」
「福岡だよ。全員で引っ越す予定だったんだけど、父さんの転勤が直前で無くなってね。持ち家だったから、父さん達はそのまま家に残ったんだよ」
「そういえば優希の地元は福岡だったわね。全然方言が出ないから忘れてたわ」
茜が最初の自己紹介を思い出したのかそう言った。
「あー、周りの言葉に引っ張られるのかな。みんなと話すときはあんまり出ないみたいだ」
優希がそう言うと、桜は昨日のことを思い出したのか、ニコニコとしているのだった。
そんな様子を海斗は見逃さなかった。
「桜は何か知ってそうだけどな」
海斗が意地悪く言い、優希も桜に視線を向ける。
「桜はすぐ顔に出るよな」
優希は仕方ないな、といった表情で微笑んでいた。
「昨日、母さんと電話してるのを聞かれたんだよ。方言で喋ってたのが珍しいんだとさ」
「それでか。まあ、長く一緒に居れば聞く機会もあるだろう。俺も楽しみにしてるぜ」
「何も楽しいことは無いと思うがな」
その日の夕方、家に帰ると優希は茜に電話を掛ける。
「優希から電話なんて珍しいわね。どうしたの?」
「明日の海斗の誕生会だけど、ケーキって準備するのか?急に決まったし、時間も無いと思うが」
「そうね。いつもは準備してるのだけれど、今回は流石に無理ね。仕方ないわ」
その言葉に優希はしばし考える。
「そうか。それは残念だ」
「だけど、何で私に訊くの?」
「海斗のことに関しては、茜に訊くのが一番だろう?」
「はいはい。他に訊くことは無いかしら?」
茜が一瞬言葉に詰まったことに気が付いたが、そこには触れずに話を続ける。
「誕生日プレゼント忘れるなよ?」
「お互い様ね。桜にも伝えておいて頂戴。それじゃあ」
「ああ、また明日」
電話を終えると、優希は明日の準備に取り掛かる。
「とりあえず必要な商品と数をリストアップしておくか」
優希はリビングでPCを広げつつ、先日スマホにメモしておいた商品と価格を書き出す。また業務用スーパーのホームページを確認すると、全てではないものの商品が紹介されていた。1箱で何人分なのか、そうすると何箱必要なのかということを計算しながら表にまとめていく。
「意外と手間取るな。まあ、ここまでやって止めないけど」
そう呟きながら作業に没頭していく。
そうして表が出来上がり、一息ついたところで優希は思い出した。
「あっ!母さんが明日来るんだった。もう少し部屋を綺麗にしておくか」
日頃から綺麗な部屋を維持しているものの、優希は念入りに部屋の掃除を始めるのだった。
その日、優希の家の明かりは日付を跨いでも消えることは無かった。




