何だか新鮮
晩御飯が用意されているということで、お茶を飲む程度の留めた優希達。
店の前で別れ、それぞれが自宅へ向けて歩き出した。
ふと思い出した優希は桜に一言声を掛けると、スマホを取り出しどこかに電話を始めた。
「もしもし、みのり先輩?」
『優希か。どうかしたのかい?』
「いえ、文化祭の貸し出しリストの件、お礼を言っておこうと思って。みのり先輩のおかげで予定通りに話をすることが出来ました。ありがとうございました」
『どういたしまして。しかし、優希は律儀だな。わざわざ電話してくるなんて』
「そうですかね?だとすれば親の教育の賜物ですね」
『ふふっ、そうか。それは親御さんに感謝だな』
「ですね。それじゃあ、用件はそれだけでしたのでこの辺で」
『ああ、何かあったらまた電話してくれ』
そう言って電話が終了する。
「笹原先輩?」
「そうそう。ほら、お昼に無理言って資料を間に合わせてくれたからな。お礼は言っておかないと」
桜は感心したように
「優希君、そういう気遣いが出来るの凄いよね。お母さんも優希君のこと褒めてたよ」
「親の教育が素晴らしいものでな」
そういう優希の表情はどこか誇らしげに見えた。
「あ、もしかして、笹原先輩からも同じこと言われた?」
「良く分かったな」
「電話でも同じ返しをしてたからね」
「それもそうか」
納得した表情で優希が頷いていると、手に持ったままだったスマホが着信を知らせる。
そこに表示された名前を見て優希は驚きの表情を浮かべた。
「噂をすれば何とやら」
優希はそう言って電話に出る。
「もしもし、母さん?」
『久しぶりねー、優希。元気にしとった?』
「可もなく不可もなくって感じかな。それで?今日はどげんしたと?」
横で聞いていていた桜が少々驚く。今までは全く方言を使わなかった優希の口から聞きなれない言葉が出てきたのだ。
『優希、明後日からGWでしょう?明後日の夜になるかな?そっちに行くけん』
「えっ!」
『何?見せられんくらい部屋を汚したりしとらんやろうね?』
優希の驚いた様子を訝しがるように母は疑問を投げかけていく。
「大丈夫やけん、心配せんでよかよ」
『まあ、チケットは押さえとるけんが、何を言われても行くんやけどね。優希の予定もあるやろうし、こっちのことは気にせんでよかよ。合鍵は持っとるけん』
「分かったよ。それじゃあ、時間が決まったら、また連絡頂戴」
『はーい、それじゃあねー』
何事も無かったかのようにスマホしまう。
「お母さんと話すときの優希君って、あんな感じなんだね。なんか新鮮」
桜が楽しそうに言ってくる。
しかし、優希としては何がそんなに楽しいのかさっぱり理解が出来ずに首を傾げるのだった。
「ふふっ、優希君が方言使うの初めて聞いちゃった」
「あー、それでか。桜がなんかニヤニヤしてるのは」
「に、ニヤニヤなんてしてないし!」
優希は何か言いたげな表情を浮かべると、おもむろに桜の頬を指で突っつき始める。
「随分と頬が緩んでいらっしゃるようですが?」
「仕方ないんだよ!身近に九州の人いなくて新鮮だし、普段の優希君と違って……ふふっ」
「また笑うし」
優希は一つため息をつく。その様子をどう捉えたのか、桜は慌てて弁明を始めた。
「そんなに気を悪くさせたならごめんね!でも、私は福岡の方言好きだよ。だから、さっきのを聞いてやっぱり良いなーって思ったし!」
そんな桜の必死な様子を見て、優希は可笑しくて笑ってしまう。
「そういうことにしておいてやるよ」
そう言って優希はポンポンと頭を撫でる。
「あっ!またからかわれたのかな⁉そういう地元ネタは分かりにくいんだからね!前にもダメっていったでしょう?」
桜は人差し指をピンと立て、子供に言い聞かせるように注意を始めるのだった。
「しかし、そんなに良いものかね?自分じゃ当たり前に使ってるから良く分からないな」
「えー、博多弁って人気じゃん。好きな方言ランキングで1位とか2位でしょ?ほら、『好いとーよ』とか可愛くて良いなって思うけど?」
「それは桜みたいに可愛い子が言うから良いんだよ。男が言ってもそれほど感じないと思うけどな。それに、実際には『好いとーよ』なんて言わないし」
優希の言葉に顔を赤くしたり驚いたりと桜は表情をコロコロと変える。
「そ、そうなの……?それじゃあ何ていうの……?」
未だ顔を赤くしたままの桜がただの好奇心から優希にそう問いかける。
その言葉に一瞬考え、優希は行動に移す。
「好きだよ」
桜を見つめ、微笑みながら優しい口調で言葉を紡いだ。
「っ……!」
桜は今まで以上に顔を赤くして俯いてしまう。
桜も自分に向けられた言葉ではなく、あくまでも『どういう言葉に置き換わるのか』という問いに対する答えであることは十分に理解していた。
それでも、まるで自分に向けられているような言葉に感じられてしまい、桜は耐えられなくなってしまった。
「という感じで、普通の言葉だね。そこで方言は使わないかな」
桜はその言葉にハッとして、あわあわと手を振りながら照れたように笑う。
「そ、そうだよね!例え話だと分かってても、聞いてて恥ずかしくなっちゃうな」
「桜、顔が真っ赤だな」
「もうヤダ!見ないで、恥ずかしい……」
桜は恥ずかしさから俯いて顔を背けてしまう。
少し顔から熱が引き優希に視線を向ければ、そこには微笑ましいものを見ているような表情で、いつも通りの態度を取り続けている優希がいた。
「私ばっかり恥ずかしがっててズルい……」
桜は不満を露わにすると優希の腹部に向けて何度もパンチを繰り出すのだった。
「痛い、痛い!」
優希は大袈裟なリアクションを取りながらも、桜の行動を受け入れ続けるのだった。
「ほら、早く帰ろう!」
しばしじゃれ合っていると桜は満足したのか、そう言って歩き出した。
優希はその急な切り替えに一瞬あっけにとられるものの、何事も無かったかのようにその後を追って歩き出すのだった
残りの帰り道、どこかふわふわした気持ちで歩いていく桜であった。




