帰宅
結局、歩いて帰るのは時間が掛かるとのことで、一駅だが電車を利用することにした。
交通系ICカードを出して改札を通る。チラリと見えたカードに違和感を覚えたのか、桜が疑問を口にする。
「優希君のカードって、私のとちょっと違う?」
自分のカードを取り出し優希に見せてみる。優希は自身のカードと比べ、当たり前のように回答を口にする。
「これは地域差だな。知らない?ご当地のICカードっていうのかな。ICカードはそれぞれの地域で作られてるから、デザインとか名前が違うんだよ。ちなみに俺のは福岡で作ったICカードだから」
「そういえば、そんな話を聞いたことがあるかも!」
桜は感心したかのように声を上げる。優希に促されホームへと歩みを進める。
「それじゃあ、優希君は今まで福岡の学校に居たの?」
ホームで電車を待っている間にも会話は止まることは無く
「そうだな。学校がというよりも、生まれてからずっと福岡にいたよ。」
「その割には優希君の口から方言ってあんまり出ないね。言われないと気付かなかったよ」
優希としては地元のことは当然好ましく思っており、隠しているつもりは無かったのだが
「言われてみればそうだな。やっぱり地元の人と喋るみたいには出来ないのかも。構えちゃうしね。それに桜だって、方言ばっかりで喋られたら、俺が何を言ってるのか分からないだろ?」
言葉が分からず、ぽかーんとした桜を想像し、優希は一人笑ってしまう。
「どうだろう?テレビでタレントさんが話してるのは何となく分かる気がするけど」
うーんと桜は考えてしまう。
「あんまり気にしなくていいよ。まあ、もしも方言が出て意味が分からなかったら、聞き直してくれていいから。ほら、電車来たよ」
会話をしていると、電車の待ち時間もあっという間で、二人は電車に乗り込む。
「一駅だけど、空いてて良かったね」
桜が座席に腰を下ろし、隣に優希も腰を下ろす。
そこへ菫からの連絡がスマホに入る。桜がスマホを確認すると、そのまま返事をする。
「お母さんが、早く帰ってくるならスーパーで買い物して来てくれって」
「良かったな。さっそくお母さんの手伝いが出来るぞ」
意地悪く優希が言うも、思い出したかのように
「そうだ、桜も買い物をするんだったら、スーパーの場所教えてくれないか?コンビニで買う予定だったけど、スーパーの方が安いだろうし」
「えー、意地悪な人には教えられないなー」
今までの仕返しの様に、勝ち誇った顔で桜が言い出す。
「まあ、今日はコンビニで良いか。スーパーは自分で探すわ」
あえて、桜のドヤ顔をスルーすると、桜は少々驚いたような顔で
「何で乗っかってきてくれないのよ!ここはちょっと謝って、教えを乞う流れでしょ!」
軽く肩をぶつけ、桜が抗議してくる。
「お、着いたぞ。一駅だと早いな」
そんな桜を優希は適当にあしらいながら、ホームへ降りていき、改札を出たところで立ち止まる。
「それじゃあ、コンビニに寄って帰るから、桜は買い物頑張って」
「え、ホントにコンビニに行くの?ちゃんとスーパーまで案内するのに」
冗談のようなやり取りだと思っていた桜は少々面食らった様子で優希に確認する。
「そう?何だかんだで桜は優しいな」
流石に一日でからかい過ぎて気分を害したかと思わなくもなかったため、本当に今回は引こうと考えていた優希だった。しかし、桜の優しさに安心感からか自然と笑みが零れる。
「ここからなら帰り道にスーパーあるから、ちゃんと覚えて帰るんだぞ」
先輩風を吹かせるように、人差し指を立てつつ説明してくる。
「はいはい、それじゃあ道案内をお願いしますね」
「もう!」
そう言ってスーパーまで歩いていく。到着すると、そこは駅からそれほど離れておらず、またマンションからも比較的近い様だった。おそらく生活するうえで頻繁に使うことになるだろうということは想像に難くなかった。
「桜の家は晩御飯は何を作るんだ?」
入店しカゴを手に取ると、興味本位で何となく訊いてみる。
「うーん、材料を見る限り、カレーか肉じゃがだと思うんだよね。材料は同じもので作れるじゃない?あとは家にある材料で何か出来上がるんじゃないかと思うよ」
「なるほどな。お母さんは料理上手なのか?」
「上手だよー!私もお母さんから料理を教わって練習してるの」
母のことが好きなのであろう。自慢できることが嬉しいのか、話をする桜は笑顔であった。
その後、話をしながら桜の買い物を進めていく。買い物が終わったところで、優希の買い物が終わっていないことに桜が気付く。
「ごめん!何だか私の買い物に付き合わせちゃったね」
申し訳なさそうに桜が謝罪してくるも、優希は全く気にしておらず
「いいよ、全然気にしなくて。あんまり食べ物にこだわり無いから適当だしね」
そう言いながら、手近にあったからあげ弁当をカゴに放り込む。
「え、優希君の晩御飯ってそれだけ?」
「そうだけど?」
当たり前のように優希は言うも、桜は何だか納得できず。しかし、人の食生活に口を出すのもいかがなものかと悩んでしまう。
そうこうしているうちにレジに辿り着き会計を済ませてしまう。
「さて、買い物も終わったし帰るか」
スーパーを出ると家に向かい二人で歩きだす。
「あーあ。明日からは普通に授業か」
「なんだ、桜は勉強嫌いか?」
「うーん、嫌いというよりは苦手かな。茜ちゃんも海斗君も頭が良いし、何だか私だけ置いていかれてるみたいな?」
「あー、今日聞いた感じだと、確かに二人とも頭が良さそうだな。でも、下を見ずに、上を見て大変だなーって思ってるのは凄く良いことだと思うぞ」
「あれ?何故か褒められてしまった」
ちょっと嬉しそうに桜が笑った。
「しかし、明日は通常授業じゃないだろう?確か昼間では授業だけど、午後は明後日の入学式の準備だったと思うけど」
直近のスケジュールを思い出しながら桜に聞けば
「ああ!忘れてた!」
「良かったな。これでホントに先輩だぞ。橋本先輩」
意地悪く優希が言えば
「またそういう事を言う!」
そんな冗談を言い合いながら家へと辿り着くのだった。
「それじゃあ、また明日な」
「うん!明日また学校でね」
ドアの前で別れの挨拶をして、それぞれの家へと帰っていく。
優希はキッチンに買い物袋を置き、制服からラフな格好に着替える。
引っ越しの荷解きも完璧ではないため、少しずつ作業を進めるとあっという間に夜になっていた。
「もうこんな時間か。さっさと弁当食べて片づけるか」
そんな独り言を言いながら、弁当をレンジに入れる。ボタンを押して温めを始めると家のチャイムが突然鳴り響く。インターホンを確認すると桜の姿が映し出されていた。
ドアを開け桜に声を掛ける。
「どうしたんだ?こんな時間に」
そこには制服から着替え、もこもことしたルームウェアの上下に身を包んだ桜の姿があった。
「お裾わけです」
真面目な顔をした桜からタッパーに入った肉じゃが手渡される。それは先程まで鍋に入っていたのかまだ温かかった。
「優希君、晩御飯はお弁当だけでしょ?おせっかいかもって思ったけど、野菜も摂った方が良いと思って」
「ありがとう。おせっかいだなんて思わないよ。その気持ちだけでも嬉しいよ」
せっかくの気持ちを無駄にするまいと、断ること無く素直に肉じゃがを受け取る。
「良かった。今日会ったばっかりで厚かましいかなって思ったって思ったんだけど……。あれ?そっか、今日会ったばっかりなんだよね。何だか全然そんな気がしないや」
桜はそんなことを言って微笑んだ。
「俺もだよ。女子でこんなに早く仲良くなれたのって桜が初めてかも」
優希も桜と同様にそう言って微笑む。そのまま少し会話を続けると
「あんまり引き留めても悪いか。肉じゃがありがとな」
「いえいえ、身体は大事にね!それじゃあおやすみ!」
おやすみと優希が返すと桜は自宅へと帰って行った。
部屋に戻りタッパーを机に置くと、レンジで温めたままの弁当を取り出し並べる。
「いただきます」
そう言って肉じゃがに箸を付ける。
「美味い」