休日の過ごし方 晃成編
週末の土曜日、晃成はアルバイトに精を出していた。
まだ働き出して日も浅く覚えることも多いが、労働環境に全く不満は無かった。
昼前から出勤しており、昼のピークに対する備えは万全であった。
「……いらっしゃいませ。二名様ですね。こちらへどうぞ」
12時に差し掛かるにつれて徐々に客が増えてきた。
「……晃成、席に残ってる食器を片付けて。次のお客様を入れる準備をお願い」
「はい!」
「晃成君、料理上がったよ!1番のテーブルに持って行ってくれ」
「はい!」
「すみません。注文良いですか?」
「はい!ただいま!」
そうやってピークが過ぎ13時半を過ぎた頃、見知った顔がやってきた。
「いらっしゃいませ。あれ?兄ちゃん」
「おう、晃成。今日もバイトだったのか」
とりあえず席に案内せねばと思い、マニュアル通りに進める。
「二名様ですね」
「いや、どう見ても一人だろ」
「桜先輩は?」
「いないけど?」
優希の言葉に晃成は大げさに驚いてみせた。
「兄ちゃんが桜先輩と一緒にいないなんて!」
「晃成が俺のことをどう見てるか分かったわ。葵先輩!ここにサボってる従業員が……」
「一名様ご案内いたします!」
優希の声をかき消すように晃成が声を張り、優希を座席へ案内するのだった。
晃成は食べ終わった皿を持って洗い場へ持っていく。すると葵が食器を洗っていた。
「……もしかして優希が来た?」
「そうなんですよ。良く分かりましたね」
「……ドアが開いてから案内までの時間が長かったから、知り合いが来てるんだと思った。それより、他のテーブルは大丈夫?」
現状問題は無いと思いつつも、根拠の無い自信で問題を起こすわけにもいかないと思い、晃成は持ち場に戻る。
「それじゃあ、俺は戻りますね」
「……うん、よろしく」
戻るとすぐに優希から声が掛かる。
「晃成、注文良いか?」
「はい!ただいま」
優希のテーブルに着くと優希がメニューを見ながら注文を口にする。
「ホットコーヒーとピザトーストを。あればナイフとフォークを貰って良いか?」
晃成はきちんとメモを取りながらオーダーを復唱する。
「それでは少々お待ちください」
そう言って厨房に戻ると店長である三条大悟にオーダーを通す。
「3番テーブル、新規オーダーです。ホットコーヒーとピザトーストお願いします」
「あいよ」
コンロに向かい他のテーブルの料理を作っている大悟は、首だけで振り返ると晃成の声に返事をする。
そして作業の手は止めず、食器を洗っている葵に声を掛けた。
「葵、コーヒーの準備を頼む。こっちは手が離せない」
「……分かった」
洗い場から戻ってきた葵は手早くコーヒーの準備を始める。
喫茶店と謳うだけのことはあり、インスタントコーヒーなんてことはあり得ない。ペーパードリップ式のため、経験のない晃成には手が出せないのだ。
「……コーヒーだけ?」
葵は伝票を確認するとピザトーストの準備を始める。コーヒーを先に入れてしまうとトーストが出来た時には冷めてしまう。場合にもよるが、葵は同時に仕上がるのが望ましいと考えていた。
「……晃成、表の方はお願いね」
作業を続けながら晃成に指示していく。
晃成は一人で表の作業をこなしつつ、厨房の様子も気にしていた。
カウンターに料理が置かれたのを確認して一度戻る。
「……晃成はこっちの料理をお願い。ピザトーストは私が持っていくから」
「でしたら、フォークとナイフを一緒に持っていって下さい。お客様からの要望です」
同時にいくつかの料理が仕上がり、手分けして料理を捌いていく。
「……お待たせしました。ご注文の品はお揃いですか?」
葵は優希の姿に気付きつつも、あくまでいつも通りの接客を心掛ける。
「こんにちは、葵先輩。今日もご馳走になってます」
優希は目を通していた参考書から視線を上げると、笑顔で葵に声を掛ける。
「……勉強?」
「いえ、さっき買った参考書を見てたんです」
優希はそう言って表紙を葵に見せる。
「……随分レベルが高い参考書を選んだね。私の友達も同じ会社の参考書を使ってる」
「三年生の先輩に選んでもらったんですよ。もしかしたら、その友達だったのかもしれませんね」
「……そうかも。料理が冷めちゃうからそろそろ行くね。ごゆっくり」
優希は参考書を汚さないようにと頼んだナイフとフォークを使い食事を始めるのだった。
それからは15時頃にデザート目当ての客が入ってきたりと客足に波はあったものの、17時前にはテーブルに客が1組というところまで落ち着いた。
「晃成君、そこの片付けまで終わったら今日は上がろうか」
「はい!分かりました」
「今日は賄いは食べていくかい?」
「頂きます。ありがとうございます!」
晃成は大悟の好意により、バイトの終わる時間によっては賄いを貰っていた。賄い自体も非常に嬉しいことであったが、晃成がこの時間を楽しみにしている理由がもう一つあった。
「葵も今のうちにご飯を済ましてしまいなさい」
「……分かった」
晃成が制服から私服に着替え更衣室を出ると、そこには葵の母である三条さつきが立っていた。
「晃成君お疲れ様。仕事にも大分慣れてきたかしら?」
「さつきさん、お疲れ様です。少しずつ出来ることは増えてきた気がします。皆さんに比べたらまだまだですけどね」
「当り前よー。そんな簡単に追い抜かれたら困っちゃうわ」
さつきはそう言いながらも、全く困った様子はなく笑顔であった。
晃成が表に戻ると入口からは見えづらい奥のテーブル席には葵が座っており料理が並べられていた。
晃成も席に着くとどちらともなく両手を合わせて
「「いただきます」」
賄い料理の内容はその日で大きく変わる。余っている材料を使って作るため当然であるが。
「……晃成、学校の授業はどう?着いていけてる?」
やはり二人の共通点といえば同じ学校に通っているということであろう。会話の内容も学校に関することが自然と多くなる。
「今のところは何とかっていうところですね。まだ一学期も始まったばっかりですので。中間テストの出来次第で今後のやり方を考えないといけないかなとは思ってます」
晃成は少々困ったように笑顔で返す。
「……ウチの学校は授業のペースが速いからしっかりね。先生によっては予習前提で授業内容を組んでる先生もいる……」
「やっぱり速いですよね。中学の頃ってこんなペースだったかな?って思ってたんですよ」
「……もし分からなくなったら私が教えてあげる」
当たり前のように言う葵に晃成は少々驚いていた。
「良いんですか?」
「……私自身も復習になるから」
その言葉に晃成は本当に嬉しそうにしながら
「それじゃあ、GWのどこかで時間を貰えませんか?」
分からなくなったら、という前提だったものの晃成は舞い上がってしまい、つい先走ってしまった。
しまったと思いながらも、一度口にした言葉を引っ込めることも出来ず、晃成は思考がグルグルと渦巻いていた。
「……別に構わない。お店の手伝いもあるし、日程はまた決めようか。場所はどうするの?」
いきなりのことに少々驚きはしたものの、葵は自身の予定を考え、1日くらいは問題無いと判断してその提案を受け入れる。
「それも今度決めましょう。良さげな場所探しておきますね!」
晃成がこの日、就寝するまで上機嫌だったのは言うまでもない。




