お礼とデザート
二人はマンションに戻り、扉の前で別れる。
「それじゃあ、後でオカズ持っていくから」
「ありがと。だけど、無理しなくていいから。晩御飯を食べて残った分のオカズしか受け取らないからな?俺は晩御飯食べだすのは早くないから、時間は気にしなくていいし」
「分かったよ。それじゃあ、ちょっと遅くなっちゃうかもだから、ご飯を我慢出来なくなったら連絡してね」
桜はそう言って自宅へと帰っていった。
「全く、そんな空腹キャラに見えるかね?」
やれやれといった様子で優希も自宅へ戻る。
荷物を置き、部屋着に着替えると部屋を簡単に掃除し始める。たまに早く帰って来た時くらいは家事に時間を割こうと考えたのだ。
そうこうしているとあっという間に時間が立ち、埃っぽくなったため少々早いが風呂に入ることにした。
のんびり身体を癒し、風呂から上がるとインターホンが鳴り響く。慌ててバスタオルで身体を拭き、用意していたスウェットに着替え、髪から滴り落ちる水滴をバスタオルで抑えつつ移動を始める。
もう一度インターホンが鳴らされると、そのまま玄関に向かい扉を開けるのだった。
「はーい、お待たせしました。おっと、桜だったか」
扉を開けるとそこにはオカズの入ったタッパーを手にした桜が立っていた。
「こんばんは。えっと、忙しかったかな……?」
明らかに風呂上りといった様子に少々面食らってしまう。
桜はハッとすると、気になっている男子の風呂上りの姿にドキッとしてしまい、何だか急に恥ずかしくなってしまう。たまらず顔を赤くして優希から顔を背けてしまうのだった。
「これ、約束してたオカズね!……それじゃあ!」
そのままタッパーを押し付けて去ろうとした桜の手を取って、優希は引き止める。
「ちょっとちょっと。どうした?そんなに慌てて」
不思議そうにしながら桜の顔を覗き込む。
「いえ、何でもないです」
俯いたまま桜は呟く。
「桜、晩御飯は食べたんだろう?」
コクリと桜は頷く。
「だったら、ウチでデザート食べていってよ。この前業務スーパーで買ったやつがあるじゃん?流石に一人では多くてさ」
そう言って桜の手を引き自宅へと招き入れる。
「リビングで適当に寛いでて。ちょっと菫さんにお礼言ってくるから」
そう言って優希は自宅の扉を閉め、橋本家へと声を掛ける。インターホンを鳴らすと菫が応対に出てきた。
「あら、優希君。桜がそちらに行ったと思うんだけど会わなかった?」
「いえ、桜とは会いました。晩御飯のお礼が言いたくて……。こんな格好で夜分にすみません」
「気にしなくていいのよ。ところで、桜の姿が見えないようだけど?」
優希の律儀な姿勢に感心しつつも周囲を見回して、桜の姿が無いことを確認する。
「それが実は、ウチでデザートを食べないかと話をしてまして。ちょっと先日買ったものが一人では食べきれなかったもので一緒にどうかと誘いました。それで帰ってこないと心配するだろうと思い、声を掛けさせてもらいました」
「うふふ、その姿勢は凄く嬉しいわ。気を使ってくれてありがとう」
優希が少々申し訳なさそうに言うと、菫は笑顔で返すのだった。
「明日も学校だから、あんまり遅くならないようにね」
「ありがとうございます」
ホッとした様子で優希が返すと、それじゃあと声を掛け菫は自宅へ戻っていくのだった。
優希も自宅へ戻ると、以前勉強した時に使っていたダイニングテーブルにある椅子に桜は座っていた。
「おかえり。意外と時間が掛かってたね」
優希に気が付くと桜が声を掛けてた。
「ああ、ちょっと世間話をな」
「へー。あ、もうご飯食べるでしょ?温めるからちょっと待ってて。お皿借りるね」
そう言って立ち上がると、テキパキと準備を始める。
「いいよ自分でやるから。気持ちだけで十分だよ」
優希は桜へ近づいていくも、手で制されて座っているように指示を受けるのだった。
椅子に座り桜が作業している姿を眺めていると、その視線に気付いたのか、桜が声を掛けてくる。
「どうかした?」
「いや、桜は良いお嫁さんになるんだろうな、って思ってさ」
「もう!そういうこと言わないの。恥ずかしいでしょ」
桜は顔を赤くして抗議してくる。
「大体、お皿に移し替えてレンジで温めてるだけなんだから、誰だって出来るよ。……はい、どうぞ」
テーブルには温められたご飯と、回鍋肉、そしてサラダがそれぞれお皿に盛りつけられテーブルに並んだ。桜は優希の対面へと腰を下ろす。
「今日もまた美味しそうだな。いただきます」
優希は手を合わせ、さっそく回鍋肉へと箸を伸ばす。
口にするとお店で食べるものとはまた違った、どことなく温かみのある味が口の中に広がる。
「うん、美味い」
そう言って優希は黙々と食事を続ける。
会話は無くとも桜は嫌な顔一つせず、むしろニコニコした様子で優希の食事する姿を眺めているのだった。
食事を終えると優希は手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
「悪いな、食べるのに夢中になっちゃて。桜もやることが無くて暇だっただろ?」
「ううん、気にしないで。あれだけ美味しそうに食べてくれたら作った甲斐があったよ」
それを聞くと感心したように優希が口を開く。
「へー、ということはこの回鍋肉は桜が作ってくれたのか」
桜はハッとすると、すぐにしまったというような表情に変わる。
「……そうだよ。誰が作ったかなんて言うつもり無かったのに」
「うっかりだなー。でも、俺としては分かったほうがお礼を伝える相手が明確で助かるけどな」
そう言って優希は微笑む。
「ありがとう、桜。凄く美味しかったよ」
含みの無い笑顔に桜は顔を赤くして俯くのだった。
「……どういたしまして」
一息つくと優希が食器を手に取り立ち上がる。
キッチンへ食器を置くと、冷蔵庫から業務用スーパーで買ったデザートを取り出す。
「桜、どっちが食べたい?プリンと杏仁豆腐」
そこの声を受け、桜はうーん、と考える。
「それじゃあ杏仁豆腐で!」
「了解」
パックを開いて適当な大きさに切り分ける。残ったものは皿に移して冷蔵庫へとしまうのだった。
「お待たせ」
杏仁豆腐を持って優希が戻ってくる。
割と大きめに切られており、桜は少々驚いていた。
「え、こんなに貰って良いの?」
「これでもまだ余ってるんだからな?」
桜はニコニコとしながら杏仁豆腐を口へ運ぶ。
「んー!何度食べても美味しいよー」
一口食べるごとに幸せそうな表情を見せる。
その様子を今度は優希が見つめているのだった。
「どうかした?この前もカフェ葵で私のこと見てたよね?」
不思議そうに桜が尋ねると優希が前回は言わなかったことを口にする。
「さっきの桜と同じだよ。美味しそうに食べるなーって思って見てたんだよ」
そう言われると桜は急に恥ずかしくなったのか、スプーンを置き両手で顔を覆ってしまった。
「え、そんなことで見てたの⁉もうっ、恥ずかしいよー」
「そうなるって分かってたから言わなかったのに」
優希はそう言って微笑み、何事も無かったかのように杏仁豆腐を食べ続けるのだった。
二人は食べ終え一息つく。
「そうだ。今日の数学の授業はありがとう。おかげで助かったよー」
思い出したかのように桜が話を切り出す。
「全然気にしなくていいよ。困ったときはお互い様だろ?俺が分からないときは頼むよ」
当然のことをしたまでといった様子で優希はまったく気にしていなかった。
「優希君が分からない問題を私が分かる日は来るのだろうか……」
そんな状況が想像できず桜は頭を悩ませる。
「でも助かったのは本当だよ。私は勉強が得意じゃないから、ああいう場所で解答するのってプレッシャーを感じちゃうの。分かりませんって明るく言えると、何となく笑いで済んじゃうのかもしれないけど、そういうキャラじゃないし、そもそも嫌なんだ。だから結果として今日みたいにその場で悩んじゃうんだけどね」
えへへ、と困ったように桜は笑う。
「中学の時も同じようなことがあったけど、その時は結局答えられないまま机に戻ったのは覚えてるよ。だから今日は凄く嬉しかったの。同じようなミスをしなくて済んだのもあるけど、困ってるところを助けてくれる友達が私にはちゃんといるんだって分かったから。もちろん、茜ちゃんや海斗君が優希君と同じ場所にいても助けてくれたかもしれないんだけどね。でも何だか、今日は特に嬉しく感じちゃった」
優希は桜のことをしっかりと見つめながら黙って話に耳を傾けるのだった。
「そっか。助けになったなら良かったよ」
「うんうん」
嬉しそうに話す桜の表情はどこかすっきりした様にも見えた。
そのまま少し雑談すると、時刻は21時を回っていた。
「桜、時間は大丈夫なのか?」
桜は慌ててスマホで開いた。
菫からの連絡は無いものの、流石にまずいと思ったのか慌てて帰宅の準備を始めた。
「それじゃあ帰るね。タッパーは回収していくから」
「俺が洗って返すのに」
「良いよ良いよ。でも、洗い物はお願いね」
そう言って桜は少し申し訳なさそうに告げる。
「もちろん。ご馳走になったんだし、洗い物は俺がするのが当然だろ?」
「ありがとう!それじゃあ、また明日。おやすみ!」
「ああ、お休み」
慌てて玄関を出ていく桜の姿を見送る。
十秒もしないうちに隣の扉を開ける音が聞こえてた。
それを確認し、優希はキッチンへと向かうのだった。
「さて、後片づけでもしようかな」




