社会人って大変
放課後、四人は教室に残っていた。
「さて、残ってもらったのはほかでもない」
「海斗、もったいぶった言い方をしてどうしたんだ?」
海斗の席を囲むようにして皆は座っている。
海斗の机の上には無造作にスマホが置かれており、よく見るとフリーメールアプリが起動していた。
「スーパーの店長になんてメールを送ろうかなと思ってな。アドレス教えてもらって、何もメールしないわけにはいかないだろう。次にいつ行くのかとか連絡しないといけないしな」
「海斗君、律儀だねー」
桜は感心したように声を漏らす。
「でも、確かにそれは必要だな。文章も俺たちがやりとりするような書き方だと失礼だし、ちゃんと考えて書かないとダメだな」
「所謂ビジネスメールというやつね」
そう言いながら茜はスマホを弄りだす。
目的のページはすぐに見つかったようで、みんなに見えるようにスマホを机に置いた。
「こういうことよね」
そのページには『ビジネスメールの基本、マナー、例文』といったものが並んでいた。
「うーん、普通に丁寧に書いたらダメなのかな?」
桜が茜のスマホに手を伸ばし、画面をスワイプさせながら呟いた。
「それじゃあ、それぞれで内容を考えてみるか?出来上がったものを持ち寄って、良いとこ取りする感じで。それで最後にネットで問題無いか確認してみようぜ」
海斗が名案とばかりに提案してくる。それぞれの顔を見回し、問題が無いか表情を確認してくる。
「それって、バラバラでやる意味があるのか?」
優希が当然の疑問を口にすると、海斗は分かってないなと言わんばかりの表情で、やれやれと首を横に振った。
「人間、複数集まると、ついついサボってしまうからな。それに、それぞれでやれば単純に効率も良いだろう?そして何よりも、みんなが今の知識でどんな文章を作るのか、それを俺が見てみたい!」
「単純に海斗の興味ってわけね」
「簡単に言えばそういうことだな」
「桜と茜はそれで良いのか?」
優希は二人に視線を向ける。
「私たちは……、ねぇ?」
「海斗のこんな行動は今に始まったことじゃないわ」
二人は顔見合わせ、桜は苦笑い、茜は慣れているのか特に表情は変わっていなかった。
「それじゃあ全員の同意も取れたところで、ルール説明だ」
「ルール?」
「そうだ、最低限のことは決めておかないとな」
海斗は眼を閉じ、少しの間考えると
「制限時間は10分、伝えたいことの一つは『また改めて連絡します』っていうことだな。連絡が無いということの不安を払拭することが目的だ。文章は紙に書くこと。添削しやすいからな。よし、始め!」
海斗が一方的にルールを説明し、自分の鞄からルーズリーフを取り出してみんなに配った。
各自がペンを取り出し文章作成を始めるのだった。
始めてみれば以外にもみんな真剣で、ペンを走らせる音と、考えているのか、時折『うーん』といった声が聞こえてくる以外は非常に静かなものだった。
「10分経ったぞ、ここまでにしようか」
優希は時間をきっちり確認しており、みんなに声を掛けた。
それぞれが手を止める。文章は問題なく出来上がっているようだった。
「それじゃあ一人ずつ見ていくか。まずは俺から」
海斗が自分の用紙を隣に座っていた茜に手渡す。茜は一瞥すると、隣の桜に手渡す。そうやって全員で確認する。同様に他の三人の文章も確認するのだった。
「さて、全員分を一通り確認したわけだけど、どうよ?優希」
「俺か?一言でいえば、自分も含めて一長一短ってところかな。確かにこの一言があったほうが良いっていうのは、他の人の文章を見て思ったよ」
うんうんといった感じで海斗は頷く。
「例えばこれらをくっつけるとしたら、こんな感じか?」
用紙の空いているスペースに海斗が書き込み始める。するとパズルのピーズが嵌るように、ひとつ文章が完成する。
「そうだね。その方がしっくりくるかも!」
桜が出来上がった文章を見て感心したように声を上げた。
そうやって意見を出し合い、最終的にネットを確認することで文章がようやく完成した。
「出来た。これで大丈夫だろう」
以下が送るメールの文面である。
○○スーパー
店長 石井様
先日はお忙しいところ、お時間を頂きありがとうございました。
星ヶ丘高校二年二組の羽田と申します。
お話しておりました文化祭の仕入れの件でご連絡させて頂きました。
現在クラス内で予算等を調整している関係で、すぐにそちらへ出向いてお話させて頂くことが難しい状況です。
具体的に日程が決められる状況になりましたら、改めてこちらからご連絡させて頂きます。
ご多忙のところ大変恐縮ではございますが、何卒宜しくお願い致します。
「なんか、大人っぽいね。お父さんたちってこういう文章をいつも送ってるのかな?」
桜が文章を眺めながら、家族へと思いを巡らせる。
「そうかもな。でもこれは、サラリーマンでも自営業でも避けて通れない道だからな。そのうち自然に書けるようになるさ。あとはこれに学校の電話番号と、俺の電話番号を載せてっと」
海斗が文章をスマホに打ち込みながら仕上げていく。
「それじゃあ、これで送るぞ」
メールを送信すると海斗は一息ついた。流石に海斗でも大人へ畏まったメールを送るということは緊張する出来事だったようだ。
「さて帰るか。結構時間使っちゃったし」
時計を見ると18時を指してした。
いつものように校門で別れ、桜と並んで帰宅する。
自宅の前に着くと、郵便を受け取っていた菫と鉢合わせた。
「あら、二人とも遅かったわね。桜、優希君が一緒だから問題ないとは思っていたけど、遅くなる時は連絡しないとダメよ?」
「「ごめんなさい」」
その言葉に二人して頭を下げる。
以前、文化祭実行委員で遅くなる際には事前に伝えていたものの、今回はそれが無い。心配して当然であった。
桜は、なぜ優希まで?と不思議そうな顔をしていた。
「分かれば良いわ」
心配してはいるものの怒ってはいないのだろう。菫はそれ以上は何も言わなかった。
「それじゃあ、また明日ね。優希君」
「ああ、また明日」
二人は家へと帰っていくのだった。




