交渉役
「それでは一度意見をまとめます」
優希が声を掛けると、それぞれ自分の席へ着き話し合いが出来る形へと戻った。
「どうしようかな。グループから1つという訳ではないので挙手でいきましょう。グループ内で出た意見を教えてください」
その言葉をきっかけにいくつかの手が挙がる。
意見を聞きながら桜が板書していく。
挙がった意見はあまり多くなかった。仕入れ交渉という条件が、みんなの頭の中からチェーン店等の有名店を排除してしまったのかもしれない。
「それでは投票の結果、仕入れ交渉先は駅近くの洋菓子店『ciel』に決定です。それ以外の飲み物やタピオカに関しては業務用のスーパーで交渉してみましょう」
周りからは通販で揃えたらダメなのかという意見も挙がったが、静香の一言でその意見は却下された。
「通販は却下だ。あくまでも学校行事だからな。交渉に至るまでの計画力、大人と対等に交渉をする力、地元への貢献といった普通ではなかなか出来ないことを学ぶ機会だと考えろ」
そんなことを言われてしまえばそれ以上の意見は出てくるはずも無かった。
思いのほか早く決まったため時間が余っていることを確認した優希は、さらに先へと進むことに決めた。
「まだ時間もあるみたいですし、他に決められることは決めていきましょうか。まずは先程の仕入れ先への交渉役を決めましょう。他のクラスが同じ店を選ぶとも限らない。交渉が可能かどうかだけでも当たってみて、ウチのクラスを印象付けておきたいですね。シエルを推したのはどこのグループでしょう?発表していない人も含めて挙手を」
そう言うと男女二人ずつの四人が手を挙げる。様子を見るに四人で検討したのだろう。
「四人か、ちょうどいい人数かな。少し多いかもだけど。それではその四人で交渉にあたるということで良いですか?」
優希が四人に声を掛けると、顔を見合わせ頷きあっていた。
人に任せることをせず、責任感が見える姿に優希が感心していた。
「次回の実行委員会が今週の金曜日にあります。時間が無くて申し訳ないですが、木曜日までに一度コンタクトをとってもらえますか。よろしくお願いします」
四人が再び頷いたことを確認すると優希は話を続けていく。
「それからスーパーへの仕入れ交渉役も決めたいですね。これを提案したのは……。」
そこまで言うと海斗、茜が手を挙げる。しかし海斗は意地悪そうに笑うと、顎で優希を指し示すように頭を動かした。
その仕草を見た優希は気まずそうに手を挙げる。その動きを見て桜も小さく手を挙げるのだった。
「俺達か……。はい、行ってきます……」
洋菓子店での交渉のこともあり、優希は自分から役目を受け入れるのだった。
「それでは次に仕入れる数ですが、どのくらいが妥当だと思いますか?」
気を取り直して進行していくと、その言葉に少し教室内が騒がしくなった。それぞれがどの程度必要が考えている様子だった。
結論から言えば、茜が計算していた数と大差ないものが提案される形となった。
「やっぱり300食程度が目安ですかね。もちろん飲み物だけのお客さんもいるだろうし、前後はすると思いますが。それではシエル担当の方には第一に仕入れが可能か、可能であれば300食を上限にいくつ納入が可能か、どの種類なら提供可能か、出来れば卸値もある程度分かると助かります。大変ですがよろしくお願いします。他の役割については追々決めていきます」
そう言って締めくくると終了の五分前だった。
静香が立ち上がり教壇へと上がる。
それと入れ替わるように優希と桜は席に戻るのだった。
「というわけだ。忙しくなるだろうが、思っているよりも時間は無いぞ。GWと中間テストが文化祭の間に入っている。知っての通り試験期間一週間前から部活動禁止、そして当然だが文化祭の準備も禁止だからな。約二週間、準備期間は潰れると考えておけよ。それじゃあ、この時間はここまでだ」
静香はそのまま教室を出ていった。そして一気に教室が騒がしくなるのだった。
授業も問題無く進み昼休みがやってきた。
今日も弁当を持参していない優希を先頭に学食へとやってくるのだった。
すでに席は半分以上埋まっており、席の確保を桜たちに任せて優希は食券を買い列に並ぶ。
すると目の前には見知った姿の女性が並んでいた。
「こんにちは、葵先輩」
「……やあ、優希も学食……?」
「ええ、今日もお世話になってます」
優希が声を掛けると驚いた様子も無く振り返って葵が挨拶を返す。
軽く雑談すると順番が回ってきて料理を受け取ったものの、葵は周囲を見回して立ち止まっていた。
「葵先輩、もし席が決まっていないのであれば一緒に食べませんか?」
「……いいの?」
「もちろん」
そう言って優希は微笑むと、葵を伴って桜たちの元へと戻っていった。
「おまたせ」
優希とともに葵がいたことが意外ではあったものの、みんなは快く受け入れるのだった。
そうして食べ始めようかという時に、優希たちに驚いたような声が向けられる。
「あー!兄ちゃん!なんて羨ましい!」
「やかましい。変に注目されるだろう。静かに」
視線を向けると晃成が立っており、優希と葵を交互に見るとスマホを取り出しメッセージを打ち始める。それが終わると、笑顔で優希に話しかける。
「兄ちゃん、俺も一緒に食べていい?」
「ダメ」
晃成はまさか反対されると思わず、笑顔のまま凍り付いてしまった。
「冗談だよ。友達と食べなくていいのか?」
「用事が出来たからって断っちゃった」
晃成はスマホの画面を見せると、葵の対面の席へと腰を下ろし、手に持っていた昼食用のパンをテーブルに並べた。
「晃成、本当に友達が出来たのか、安心したぜ……」
優希がわざとらしく目元を拭う仕草をしてからかってみせる。
「え、俺に友達がいないと思ってたわけじゃないでしょ?普通に居るからね?」
「……晃成、大丈夫?ウチで働いてたら、友達との接点も減っちゃう……?」
優希の言葉を真に受けてしまったのか、葵が少し心配そうに声を掛けてきた。
「葵先輩まで!?大丈夫ですよ。それに俺は友達よりも葵先輩と一緒に居たいと思ってますから」
晃成は笑顔でそう答える。
葵以外のメンバーからは、声には出さないものの『おー!』といった微笑ましいものを見るような視線を向けられるものの、葵にはイマイチ響いていないようだった。
「……そう?無理はしないでね……?」




