課題クリア
優希は食事を終え、キッチンで食器を片付けて桜の隣に戻る。
桜の手はすでに止まっていた。
「どうした、そんなに難しかったか?」
「うーん、日本語に該当する言葉が浮かばなくて」
課題を覗きこむと、桜が躓いている理由が分かる。
「桜、分からない時は他の言葉に置き換えるっていうのは理解してるよな?」
「置き換え?例えば?」
はて?といった様子で桜が訪ねる。
「テキストの例文を使うけど、『指摘する』は“point out”だけど、『私に教える』“tell me”でも意味は通じるだろ?」
日本語訳した用紙の空きスペースに書き込んでいく。
「確かに!」
「分からないものをずっと考えてても仕方ないし、出来る形に変えていくんだよ。意味がずれ過ぎると内容がおかしくなる可能性があるから、センスも問われるけどな。でもまあ、英作文は暗記と回数だよ。数をこなして、こういう時にはこういう定型文って覚えると、作成時間も短縮できるぞ」
「優希君って英語得意なの?」
スラスラと解説していく優希の姿に、感心したように桜が声を掛ける。
「いや、これくらい普通だろう?海斗だって同じように出来ると思うぞ」
出来て当然といった様子で優希が答える。
「……海斗君が学年上位なの覚えてる?」
「そういえばそうだったな。まあ、授業の範疇だよ」
なんとなく集中力が途切れたと感じ優希が声を掛ける。
「少し休憩するか?一回頭をリセットすると、良い文章が浮かぶかもしれないし」
「そうだね。ちょっと疲れちゃったかも」
桜は両手を組み頭上に挙げて、グーっと伸びをする。
優希は一度キッチンへ行くと、コーヒーを入れてチョコレートを持って戻ってくる。
「はいどうぞ。チョコレートがあるけど、砂糖とか使うか?」
「ありがとう!んー、要らないかな。コーヒー飲むたびに砂糖入れたら太っちゃうしね」
桜はふーふーと冷ましつつ口を付ける。
「優希君の家にはチョコとか常備してあるんだね。この前もケーキ食べたし、結構甘いものが好きなの?」
「そうだな。和菓子も、洋菓子も、スナック系も全般的に好きだよ。とはいえ、一人でケーキを食べに行くほどでは無いけどな。このチョコは勉強用。長時間勉強してると脳が疲れるからね」
「はえー、そんなに長い時間勉強できないよー」
無理無理といった表情で桜はため息交じりに言う。
「そうか?今だってそれなりに時間は経ってるんだけど」
時計を確認すると1時間は優に超えていた。
「適度に休憩を挟んで、科目を変えて飽きないように工夫すれば、結構あっという間だぞ」
「そういうものかな?」
「そういうものさ」
そう言って優希は微笑んだ。
そのまま少し雑談を続け、適度に休んだところで勉強が再開される。
「俺も勉強してるから、何かあったら訊いてくれ」
優希は自室から勉強道具を持ちだし、桜と肩を並べ勉強を始めるのだった。
時折質問をしつつ、桜は課題を進める。攻略法が見えた桜は順調に課題を進め、その後1時間程度で終わらせることが出来た。
「終わった―!」
桜は課題が終わった解放感に浸っていた。
「お疲れ様」
時計を見ると15時を回ろうかというところだった。
「結構時間掛かっちゃったね」
「慣れないうちはこんなものだろう。数をこなせば大丈夫だよ。だけど、これで明日の課題はクリアだな」
「ありがとう!優希君のおかげだよ!」
ニコニコとした表情で桜は感謝の気持ちを伝えるも、すぐに少し俯き、上目遣いで訊いてきた。
「また分からなかったら教えてもらえる?」
「俺が分かる範囲で良ければ、別に構わないぞ」
ポンポンと頭を撫でて、優しく微笑む。
「おっと悪い、ついつい桜の頭を撫でてしまうな」
言いながらも撫でる手はそのまま動かし続ける。
桜は顔を赤らめながらもされるがままに受け入れていた。
「優希君がそうしたいなら……、これは勉強を教えてもらったお礼です……」
桜は恥ずかしそうにしながらも、そう言葉を紡いだ。
「そんなこと言っていいの?これからも勉強を教えるたびに頭を撫でちゃうけど?」
「うぅ……。良いよ。私も撫でられるの嫌いじゃないし……」
「顔を真っ赤にしちゃって。桜はホントに可愛いな」
優希は気持ちを素直に言葉にしつつ頭を撫で続ける。時折優希の手が耳に触れ、その度に桜がビクッと身体を震わせた。
しばらく続けていると限界が来たのか、桜が声を上げた。
「もうお終い!」
「あら、もう終わりなのか?まだまだ撫でていられるけど?」
「私が無理なのー!とっても恥ずかしい!」
「残念、次の機会までお預けか」
優希は本当に残念そうに手を離した。
「これも勉強と一緒で慣れかな?回数をこなせば長時間撫でていられる?」
意地悪く優希が桜に訊けば
「うぅ……、勉強を訊き辛くなってしまった……」
「冗談だよ。いつでも教えてやるさ」
「……ありがとう。ところで!優希君はGWは何か予定あるの?」
「なんでGW?特に予定は無いんだけど」
桜は恥ずかしさを紛らわせたい一心で話題の転換を図っただけであり、何故と問われても答えは無かった。
「何故かと言われても、特に意味は無いかな!」
「無いのかよ。それで?俺に訊いてきたってことは当然桜は予定があるんだろ?」
「無いです……。茜ちゃん達も旅行でいないことが多いし」
「お互い予定が無くて寂しいな。寂しい者同士、また二人で出掛けるか?」
何気なく優希が提案すると、特に意識していなのか桜からは快い返事が返ってきた。
「それも良いかもねー」
「問題は俺が遊ぶところを知らないことだな」
優希はテーブルの上に避けられていたノートPCを開くと市内近郊の施設を調べ始めた。
「ふむ、遊ぶ場所には困らないかな」
ざっと見ただけでも、電車で行ける距離には複合レジャー施設、動物園、水族館、遊園地が並んでいた。
「んー、どれどれ?」
光の反射なのか桜の位置からでは画面が見にくかったようで、椅子を動かして肩の触れ合うくらいの距離まで近づき画面を覗き込む。
先程まで恥ずかしがっていたにも関わらず、気を許した人間にはとことん距離感の近い桜であった。
「なるほど、この辺では定番のデートスポットだね!……デート」
「どうしたんだ、桜?」
優希は意地悪くあえて訊いてみる。
もちろん優希としてはデートだという認識であったものの、桜は自分の発した言葉で理解したらしかった。
「何でもないし!遊びに行く場所はまた決めよう!」
「そうだな。予約が必要な場所じゃないみたいだし、ゆっくり決めようか」
その後少し雑談を交わしていると時刻は17時近くなっていた。
「もうこんな時間だ!そろそろ帰らないと」
「あっという間だったな」
「だね!」
そう言って荷物を持つと桜は玄関へと移動する。
優希は昼に受け取ったおかずの入っていた容器(洗浄済み)を渡す。
「おかずありがとうな。ホントに美味しかったよ」
「いえいえ、そう言ってもらえると嬉しいよ」
桜はニコニコとしながら容器を受け取った。
「それじゃあ優希君、今日はありがとね!助かっちゃった」
「ああ、また分からなくなったら来たらいいよ。教えられる範囲で良ければ教えるから」
「うん!それじゃあね!」
「また明日」
小さく手を振って、桜は扉を出ていくのだった。
 




