今日のお昼ご飯は?
新学年初日ということもあり、今日は午前中だけの短縮授業とのことだった。
最後のHRを終えると、どこかに遊びに行くのか至る所から楽しそうな声が上がる。
そんな声を聞きながらも、今日の昼飯、晩飯をどうするかということで、優希の頭は一杯だった。そう、朝は思いがけない出会いにより朝飯を食べ損なっていたのだ。
「優希、この後時間あるか?昼飯でも食べに行かね?」
海斗が茜を伴って、優希の机へとやってきた。
「ちょうどお腹空いてたし、全然構わないぞ。しかし、いきなり名前で呼ぶんだな。距離の詰め方半端ないな」
少々驚いたように返事をすれば
「嫌だったか?基本的には名前で呼ぶようにしてるもんでな。もちろん、俺のことも海斗で良いぞ」
良い笑顔でサムズアップしながら言ってくる。
「それじゃあ、私のことも茜で良いわ。優希君」
茜も同調するように茜も名前で呼ぶように言ってくる。
「分かった。それじゃあ遠慮なくそうさせてもらうよ。よろしく、海斗、茜。そうだ、橋本さんも良かったら一緒に行かないか?」
朝の様子で仲が良いであろうことは予想出来たため、優希の隣の席でやりとりを眺めていた桜に優希が声を掛ける。
「うん、行くよ!あ、でもちょっと待ってて。お母さんに連絡してみる。もしかしたらお昼ご飯を準備してるかもしれないし」
スマホを取り出し母にSNSで連絡をする。さほど間も置かず問題無いとの返事が来たことで桜の同行が決まる。
「お母さん、良いって」
「そっか、それじゃあどこに行く?といっても、俺は土地勘無いから何も分からないぞ?」
優希はそう言いながら海斗に視線を送る。
「駅前に行けば何かあるさ。優希の家の方向とは真逆になるけど、そんなに遠くないから」
「まあ、距離は大して気にしてないけど。それじゃあ行こうか。実は朝飯食べ損ねて腹ペコなんだよ」
優希は立ち上がり、早速行こうとみんなを促し教室を出ていくのだった。
この街の駅前は都心と比べれば小規模なものの、映画、カラオケ、飲食店、複合施設と学生が楽しむには十分な施設がある。優希たちと同様に短縮授業だったのであろう他校の生徒の姿も多く見られた。
「へー、思った以上に色々ありそうだな。ウチは隣駅だし、こっちに来た時も直接家に行ったから、こんなに開けてるなんて知らなかった」
想像以上の街並みに優希が感嘆の声を漏らすと
「ふふん、どうだ、良い街だろ」
ドヤ顔で海斗が誇らしげに言ってくる。
「まあ、何かに不自由するって言うことは無いかしらね。大きな書店もあるし、個人的には満足してるわ」
「私もー!友達と買い物するときは遠くまで行かなくても十分揃うしね」
桜と茜が被せるように声を掛けてくる。その表情は自分の街が好きなのだということが十分に伝わってものだった。
「そうだな。良い友達にも会えたみたいだし、好きになれそうだよ」
冗談めかして言うと、海斗が嬉しげな表情を浮かべ、肩を組んでくる。
「近い近い」
「だって、俺達友達だからな」
「はいはい、それで、結局何を食べるんだ?」
適当に海斗をあしらいつつ桜に話を振ると、うーんと少し頭を悩ませて
「やっぱりあそこかな。『カフェ 葵』」
「やっぱりっていうのは?」
「一昨年くらいから食事や勉強会何かでお世話になってる喫茶店。落ち着いた雰囲気が気に入って良く行ってるのよ」
茜も不満は無いのか同調の意思を示してくる。
「ほう、それは楽しみだな。ほら、海斗も離れろ、歩きにくい」
ワイワイとしながらも桜を先頭に少し歩くと
「ここだよ」
桜の声で、ここが件の喫茶店なのかと外観を眺める。レンガ風の壁に木で出来た扉となかなか趣のある店構えだ。入店するとオーナーであろうか、優しそうな男性がカウンター越しに声を掛けてくる。
「いらっしゃい。桜ちゃん達はもう学校は終わったのかい?」
「はい!今日は始業式だったので短縮授業でした」
「そう言えばウチの娘もそんなこと言ってたな。おや?そういえばいつもより一人多いね。新しいお友達かい?」
優希の存在に気付き、マスターがそう声を掛けてくる。
「初めまして。新しくこの街に引っ越してきた伊藤優希と言います。今日はみんなのオススメのお店ということで紹介してもらいました」
いかにも好青年といった感じでハキハキと自己紹介を済ませる。
「それはプレッシャーだな。後で注文を取りに来るから奥の席でゆっくりしていってね」
そう言って奥のテーブル席へと案内される。自然と優希と桜、海斗と茜が隣り合う様にして座る。
「優希君、またお隣だね!」
そう言って、わき腹をツンツンと突っつきながら笑顔を向けてくる。
「ああ、そうだな」
優希は表情を変えず淡々と言いながら、お返しとばかりに桜のわき腹を指で突っついていく。
仕返しされると思っていなかった桜はひぁっ!っと声にならない声を上げ恥ずかしそうにする。
「もう!女の子に勝手に触るなんてセクハラで訴えちゃうぞ!」
顔を赤くしてちょっと怒ったように優希を睨みつけて。
「それは怖い。そんなことより、橋本さん何かテンション高くない?」
自分の言葉が軽く流されたことに多少不満を覚えつつも、桜は律儀に疑問に答える。
「だって3人で出掛けて食事に来ると、いつも海斗君と茜ちゃんが隣同士で座っちゃって、私は一人だったんだもん。今日は一人じゃないって思ったら嬉しくって」
先程とは違う意味で、恥ずかしそうに桜が笑う。
「それは良かったな」
優希は自然と微笑み、ポンポンと桜の頭を撫でていた。
「悪い、これもセクハラ案件かな?」
「良い、許す」
頭から手を離し訊くと、意外な答えが返ってくる。桜の顔は俯いており表情は分からないが。
「それで、さっきからこっちを黙って見てる二人はどういう関係なのかな?付き合ってるの?」
先程から黙って微笑ましそうにこちらを見ていた二人に問いかける。
まさか自分たちに話を振られると思っていなかった二人は、少々驚きつつも自然な表情で返す。
「いやいや、付き合ってないよ」
「全然、そんな関係じゃないわ」