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名前で呼ぼう

「晃成、バイト初日はどうだった?」


晃成のバイトが気になっていた優希は、午前中のうちに食堂で一緒に昼ご飯を食べる約束を取り付けた。

いつもの四人と晃成でテーブルを囲んだ。


「そんなに畏まって聞かれるようなことは何も無いよ。初日なんだし仕事の流れを掴む感じかな。ほらほら、早く食べないと冷めちゃうよ?」


思った以上にみんなが注目したため、晃成は恥ずかしくなり、食事を進めるように促す。


「そういえば、兄ちゃん。葵先輩にわざわざ『晃成のことよろしく』って言ったんだってね。心配し過ぎだよー」

「そうか?葵先輩に見惚れて皿を割ったりしてないか心配でな」


少し意地悪く言ってみるが、晃成は違う部分に引っかかったようで


「というか兄ちゃん、いつの間にか葵先輩のことを名前で呼んでる。この前まで名字で呼んでたじゃん」


晃成が油断ならない奴といった感じでジトッとした視線を優希に向ける。


「一昨日葵先輩と話す機会があってな。名前で呼んでいいって許可を貰ったんだ。な、桜?」


話を振られた桜は嬉しそうにその時のことを話しだす。


「今までお互い顔見知りっていうだけでちょっと距離があったけど、この一週間で急接近だよ!」

「兄ちゃん、手が早すぎ。コミュ力モンスターめ……!」


ぐぬぬ……といった感じで晃成は優希に視線を向けた。


「大体、兄ちゃんには橋本先輩がいるじゃん」


急に話題に挙げられた桜は内容も相まって、わたわたしながら両手を胸の間でバタつかせる。


「わ、私と優希君はそんな関係じゃないし……」


それだけ言うと顔を赤くして桜は俯いてしまう。

そんな桜の様子を横目に


「手が早いとは失敬な。俺は人のモノには手は出さない主義だぞ?晃成が狙ってるという時点で恋愛対象からは外れてるさ。それに、俺には桜がいるからな」

「恥ずかしい!そんなことを言うのはこの口かー!」


恥ずかしさが限界に達したのか、桜は顔を真っ赤にし半ば涙目になりながら、隣に座って居た優希の頬をつまんで引っ張った。


「痛い痛い」


優希はそんなことを口では言いながらも、実際には加減されているのであろう、そこまでの痛みは無かった。


「これ以上桜を弄ると本気で拗ねそうだし、ここまでだな」

「あ!いま弄るって言った!」


言葉尻を捉えて桜が優希の頬を突っつき始めるのだった。

そのまま桜の攻撃を受けながらも、優希は話題を最初に戻す。


「話が脱線しすぎたな。晃成のバイトに関しては当事者に訊くのが早いか」


ちょうど食事を受け取っていた葵の姿が見えたため、軽く手を挙げそのまま声を掛ける。


「葵先輩!こっちの席空いてますよ」


昼食をお盆に載せたままこちらに視線を向けると、ゆっくりと優希たちの席へと近づいてくる。


「……助かった」


既に食堂はほぼ満席で、どうやっても相席をするしかない状況だった。

知り合いと同じ席に座れるというのは葵としても助かったということなのだろう。

葵はテーブルのお盆を置くと、晃成の対面に腰を下ろす。


「……晃成、昨日はお疲れ様」

「いえいえ、こちらこそ。全然お力になれなくてすみません」


バイトのことだと察した面々は静かに二人のやりとりを見守る。


「……初日なんだから当然。これから……」

「そうだ!ノートありがとうございました。凄く分かりやすかったです。だけど、作るの大変だったんじゃないですか?あんなに細かく書いてあって……」


晃成は少し心配そうに葵を見つめる。

しかし、葵は気にした様子もなく淡々と表情は変わらない。


「……問題無い。自分が知っていることをまとめただけだから、そこまで手間では無かった……」

「そうですか?それなら良いんですけど……」


静観していた海斗が話が途切れたところに声を掛ける。


「三条先輩、晃成のバイト中の様子はどうでしたか?」

「……初日だから、可もなく不可もなく……?」


どう答えていいのか分からず、葵も疑問形になってしまい、首をコテンと可愛らしく傾げる。


「さっきまで晃成にバイトどうだったか聞いてたんですけどはぐらかされちゃって。初日から失敗したのかと思ってましたよ」


意地悪く言いながら、ちらっと晃成に視線を向ける。


「……失敗しないに越したことはないけど、失敗したことが無い人間はいない。次に活かしてくれればそれでいい……」


今まできちんと話したことが無く、のんびりした人だくらいの認識しかなかったが、改めて話してみればその懐の深さに驚く一同だった。

その様子に葵は不思議そうな表情を浮かべる。


「……何かおかしい?」

「いえ、葵先輩の考え方が大人だなって思いまして」

「……そう?でも実際に私の方が大人。お姉さん……」


どことなく得意げに話す葵が新鮮で、意外ではあるものの微笑ましい気持ちになる。


「そういえば、話は変わるんですけど。優希と桜が三条先輩のことを名前で呼んでるって聞いたんですけど、俺達も先輩のこと名前で呼んで良いですか?」

「……別に構わない」

「もちろん、俺のことも名前で呼んでもらって構わないですよ」


そう言って海斗が親指で自身の胸を指しながら得意げに言い放つ。


「何で貴方が得意気なのよ。呼んでくれませんか?の間違いでしょ?そもそも、海斗が三条先輩から個体認識されているかも怪しいわ」


やれやれと言った表情で茜がツッコミを入れる。


「茜は相変わらずツッコミが厳しいな」


そんな海斗の言葉をスルーして茜は会話を継続させる。


「改めまして、氷室茜です。私のことは茜と呼んでください。そして、これは羽田海斗です。よろしくお願いします」

「……茜と海斗。覚えた……」


そこで晃成はふと気づく。


「そう言えば、俺も先輩方のこと名字で呼んでるんですけど、それは……?」


「どうする?」


名字で呼ばれている桜、海斗、茜は相談を始めた。


「私は構わないよ!」

「別に良いんじゃないかしら」

「ということらしいぞ。良かったな、お姫さま方の許可が下りたぞ」


海斗が総意として話をまとめた。


改めて自己紹介したことで意識が変わったのか、今まで以上に会話がしやすくなった。

葵も口数は多くないものの、皆の輪にしっかりと加わることが出来ていた。

楽しい時間はあっという間で休み時間も終わりが近づく。


「そうだ、葵先輩。連絡先を交換しませんか?」


そう言って優希はスマホを取り出す。他のメンバーもその様子を見てそれぞれがスマホを取り出すのだった。


「……構わない」


そう言ってスマホを取り出すとそれぞれと連絡先を交換していく。

連絡先が増えたスマホを見ながら葵が呟く。


「……こんなにたくさん」

「家の手伝いもあるかもしれませんが、連絡したり、遊びに誘っても良いですか?」

「……大丈夫」


そう言って、葵はコクコクと頷く。


「ということだ。悪いな晃成。葵先輩と晃成が二人とも抜けることは難しいだろうから、その時は晃成抜きでみんなで遊ぶことにするよ」


申し訳ないとは全く思っていない様子で、むしろ意地悪く優希が発言する。


「兄ちゃんずるい!俺も葵先輩と遊びたい!」

「……場合によってはお父さんとお母さんが二人で切り盛りするから、その時に一緒に遊ぼう……」

「葵先輩……!天使過ぎる……、好き……」


感極まったように晃成が葵を見つめていると優希からツッコミが入る。


「晃成、心の声が漏れてるぞ」


あまり気にしていないのか、葵はその言葉を受けても微笑むに留まるのだった。


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