バイト?
「それじゃあ、二人ともまた明日な」
「それじゃあね!」
「ああ、また明日」
「ええ、気を付けて帰るのよ」
校門まで四人で行動し、それぞれが自宅のある方向へ別れていく。
少し駅前に寄って行こうという話になり、そちらの方へと足を向けると途中で見知った姿が。
「よう、晃成。昼以来だな」
「兄ちゃんと橋本先輩。二人は放課後デート?」
「まあな」
桜は無言で優希のわき腹を小突いてくる。
「晃成君は駅前でお買い物?」
「いえ、ちょっとバイトの面接に行くので」
「ああ、この前言ってたな」
優希は土曜日の会話を思い出し、そのまま会話を続けながら駅前へと歩いていく。
「晃成君バイトするんだ?」
「まだ出来るかも分からないんですけどね。何とか雇ってもらえるように頑張らないと」
桜がそう訊くと、少し困ったように晃成は答えた。
「こればっかりは手伝いようが無いからな。精一杯頑張れ。一応結果は連絡しろよ。気になって眠れないから」
「はーい」
そんな会話をしつつ、いつの間にかカフェ葵の前へ着く。
「それじゃあ俺は行くね。頑張ってくる!」
「ああ、頑張れよ」
そう言って晃成は扉の向こうへ入っていくのだった。
「晃成君がバイトしようとしてたところってカフェ葵だったんだ」
「あれ?言ってなかったっけ」
「言ってないよ。二人の中だけで話が進んじゃってイマイチ分からなかった!」
「ごめんごめん」
「まあいいんだけど。もし受かってたらウエイター姿を見に行かないとね。私もたまには人を弄って楽しむんだ!」
えー、といった感じで優希は一歩引いて見せて。
「あれ!?何か引いてる?」
「人を弄って楽しむのは良くないと思います」
「えーっ!じゃあ例えば、私がバイトを始めてウエイトレスするってなったら?」
「それはもちろん見に行くな」
優希は当然のように頷く。
「私と一緒じゃん!」
「一緒ではない。桜、俺が見に行く理由が分かるか?」
「私と違うのなら、さっぱりだよ」
桜はお手上げといった感じで優希の問いに答える。
「桜がウエイトレスなんだろ?これは間違いなく可愛い。是非とも見に行かないといけないな。弄ろうなんて気持ちは全くないね!」
「またそういう事を言う……」
桜は人前でなければそう言う台詞にもなれてきたのか、少し顔を赤らめるもののオーバーな反応ではなかった。
「そうだ!文化祭での出し物は喫茶店とかどうだ?」
「どうだとか言われても、今の会話の流れでは賛成しかねるよ!」
「名案だと思ったんだけどな。漫画なんかではメイド喫茶を文化祭でやる、なんて話もあるし」
「いやいや、漫画の中だけでしょ。それに私がメイド姿になったって需要無いし」
呆れたように桜が優希を窘める。
「大丈夫、少なくとも需要はここにある!」
優希は桜の姿を改めて眺めながら、メイド服姿を想像すると、うんうんと一人頷いていた。
「あ!いま想像したでしょ!?」
桜は優希の視線から逃れるように身体を腕で隠す。
「大丈夫、すごく可愛かったから」
グッとサムズアップして桜に応えるのだった。
何だかんだ言いながら、二人は楽しく帰宅していくのだった。
晃成side
カフェ葵の扉を開けるとカウンターから声を掛けられる。
「いらっしゃい、晃成君。昨日は急に電話を貰ってビックリしちゃったよ」
マスターはカウンターから姿を表わし、こちらに歩いてくる。
「すみません。お忙しいのにお時間を頂いてしまって。しかも急に電話まで」
晃成はバイトがしたいという自分の気持ちだけで、バイト募集してるかも分からない店へ連絡してしまったことを反省していた。
「立ち話も疲れるだろう?そこの席に座ろうか」
ちょうど他に客もおらず、晃成とマスターはテーブルを挟んで向かい合うように座った。
「早速本題で申し訳ないんだけど、ウチで働きたいってことで良いのかな?」
「はい!履歴書も作ってきました!」
そう言って鞄から履歴書を取りだし、マスターへと差し出す。
それをマスターが受けとり、軽く目を通す。
「伊藤晃成君。自己紹介はこの前してもらったね。気になるのはやっぱり動機かな。何でウチで働きたいの?星ヶ丘はレベルも高いし、勉強とバイトの両立は厳しいかもしれない。ましてや、君は今年入学だろ?まだ定期テストを受けてもいないし、自分のレベルが分かってるとは思えないんだ」
マスターの言っていることはもっともであり、晃成は言葉を詰まらせてしまう。
「勉強はもちろん頑張ります。バイトが理由で成績が下がるようなことはしません」
「ああゴメン。断ろうっていうわけで言ったんじゃないんだ。ただ、そんな状況でなんで働こうと思ったのかなってね。プライバシーだと言われればそれまでだけど、雇用する側としては長く働いてくれるのかとか、そういうことの参考にしたいんだ」
うーんと少し考え晃成は答える。
「内緒にしておいて下さいね?この前食事に来たときに、こちらで働いていた女性のことが気になってしまって。是非一緒に働きたいと思った次第です」
恥ずかしそうにだが、晃成はしっかりと答えるのだった。
「こんな理由じゃダメですかね?」
すぐに返事が無かったことに、晃成は慌てたように言葉を継いでしまう。
その時奥から人影が現れる。
「……晃成?」
「葵先輩!」
さっきまでの様子は嘘のように、晃成は葵に声を掛けられただけで嬉しそうな表情を浮かべるのだった。
「なんだ、二人は知り合いか?」
「はい!今日のお昼に食堂でご挨拶させていただきました」
「同じ学校ならそういうこともあるのか」
今は晃成の片想いのようだが、二人の雰囲気は悪くないとマスターは感じていた。そしてそれは一緒に働くうえでも必要な要素だと感じていた。
「……ところで、どうして晃成がお店にいるの?お客さんって感じでもないけど……」
「彼がここで働きたいんだそうだ。葵はどう思う?」
「……良いと思う。私も毎日お店に出られる訳じゃないし、助かる……。でも、最終的にはお父さんの判断……」
二人の会話を聞きながら、晃成はえっ!っと思い、頭を抱えた。
「あの……、つかぬ事をお伺いいたしますが、マスターのお名前を教えて頂いてよろしいですか?」
マスターはわざとらしく見えるくらいにニッコリと微笑み握手を求めてくる。
「『三条 大悟』だ。改めてよろしくね。晃成君」
晃成は頭を抱えテーブルに突っ伏したのだった。




