足下の影
クリスとメルヒオールは動きを止めてザシャを見ていた。どちらも驚愕の表情を顔に浮かべている。
「ザシャ、だよね?」
クリスの姿はひどいものだった。鎧の何ヵ所かは裂けており、いずれも出血の跡が見られる。致命傷はないようだったが、傷口は長く放っておいて良いものではない。
「俺はどう変わってる? まだすべてを把握したわけじゃないんだ。わかるところを簡単に教えてくれ」
「目の色が紅くなってて、雰囲気がすごく攻撃的になってる。目つきも悪いかな。戦った直後の顔つきをもうちょっと悪くした感じ」
「そ、そんなに悪いのか」
予想を下回る評価にザシャは少し動揺する。しかし、肩で息をしているメルヒオールを見てすぐ持ち直した。
「気をつけて、メルヒと戦うと、何かに足首を掴まれて邪魔されるから」
「何かってなんだ?」
「わからない。はっきりと見たわけじゃないから。でも、ダニエラ殿の差し金みたい」
「メルヒオール殿下じゃないのか」
「みたいだね。これには気付いていないみたいだから」
クリスの説明にザシャは眉をひそめた。例え企みがばれたとしても、証拠がない以上誰も罪に問えないというわけだ。ザシャは暗殺者のときを思い出す。
「おのれおのれおのれ! どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって! そんな男か女かもよくわからん奴などより、俺の方が王に相応しいのに!」
かんしゃくを起こしたメルヒオールが地団駄を踏んで叫ぶ。
その様子をザシャとクリスは呆れて眺めていた。
「もういい! 貴様らをまとめて殺して、俺が王に相応しいことを証明してやるぞ!」
メルヒオールは血走った目で二人を睨む。そして、トゥーゼンダーヴィントを突き出すと叫んだ。
「我は命ず、名誉を成すために。汝、潔白と共に道を開き、轟く風を巻き起こせ!」
メルヒオールの言葉が終わると、トゥーゼンダーヴィントの剣身が白銀に光り輝き、またそれを中心に突風が巻き起こる。あまりのまばゆさにザシャとクリスは目を細めた。
「うわ、解放しちゃったよ」
トゥーゼンダーヴィントの輝きと突風が次第に収まる中、クリスが呟く。
「主よ、自身の生命を糧に能力を向上しているからな。長引くと短命になるぞ」
「すぐ終わらせればいいだけの話だ! これほど力が湧いてくれば誰にも負けぬわ!」
いびつな笑みを浮かべたメルヒオールは、トゥーゼンダーヴィントの忠告を聞き流す。
「完全に力に溺れちゃってるよ」
「俺もあんまり人のことは言えないなぁ」
「大丈夫だって。それより、メルヒを正面から相手にするのは任せるね。さすがにあの状態のトゥーゼントをこの剣で受けると長くもたないから。それと、右手に指輪を嵌めていて、その魔法の効果で身体能力が上がってるから」
「だからお前と互角にやり合えていたのか」
クリスが引くとザシャが前に出る。メルヒオールの顔が怒りにゆがんだ。
「どけ! 下級貴族ごときが王族の決闘を邪魔立てするな!」
「二対二の決闘なんだから、どちらが相手をしても構わないだろう。文句があるなら俺に勝つことだな」
後ろでクリスが「やっぱり性格が変わってる」と呟くのが聞こえたが、ザシャは無視する。
「上等だ! 不敬罪で斬り伏せてやるわ!」
吠えると同時にメルヒオールが向かってきた。
予想よりもはるかに速い踏み込みからの上段斬りを、ザシャはオゥタドンナーで受け流しながら右へと躱す。そして、一歩踏み込んで剣を打ち込もうとしたところで、何者かに足首を掴まれた。
「うおっ!? いきなりかよ!」
最初は様子見だと思い込んでいたこともあってザシャは本気で焦った。幸いすぐに足は自由になったので下がって構え直す。
「ふん、貴様もクリスと同じで、うまいのは守りだけか。こんな奴に敗れるとは、オリヴァーも存外に大したことがなかったな」
「自分の護衛騎士にも好き放題言うんだな、こいつ」
ここまで一方的に言われるとザシャも面白くない。オリヴァーは嫌な奴だったが、少なくとも勝負は正々堂々としていた。こんな自分のあずかり知らぬところで支援を受けている者がとやかく言う資格などないと、ザシャは強く思う。
そうは言っても対策は考えないといけない。どうするべきかと考え始めたところで、今の自分なら相手への攻撃経路と相手からの攻撃経路が線画で見えることを思い出した。
「オゥタ、いきなり出てきた相手の線画も見えるようになるのか?」
「出てきた時点でだけどな」
返事を聞いたザシャはクリスへと視線を向ける。
「クリス、合図をしたら一時だけ頼む」
「わかった」
こういうとき、何年も一緒に戦ってきた関係が役に立つ。クリスは説明を求めずに頷いた。ザシャから離れたところで構えて待つ。
「下級貴族といえども貴族の誇りがあると思っていたが、二対一でかかってくるとはな。所詮はその程度ということか。まぁ、本気になった俺の敵ではない」
「自分は最初から二対一で戦っていてよく言うよ」
一言吐き捨てると、ザシャがオゥタドンナーを打ち込む。とは言っても本気で傷つけるものではなく、相手の動きを誘うためのものだ。
メルヒオールはその誘いに乗った。オゥタドンナーをトゥーゼンダーヴィントで弾くとそのまま突き入れる。これはザシャに躱された。
ここから剣撃の応酬が始まる。メルヒオールは縦横にトゥーゼンダーヴィントを打ち込むが、ザシャは防戦中心だ。クリスはいつでも飛び込めるように構えている。
ザシャはメルヒオールの動きを追い、剣を振りながら線画の動きに注目していた。今はメルヒオールに対する線画のみしか見えない。しかし、焦りはなかった。必ず仕掛けてくることはわかっているからだ。
「クリス!」
新たな線画が見えた。クリスの影が視界に入ると同時にザシャは視線を足下に移す。右足を掴もうとする手がザシャの影となる地面から出てきており、線画がその先へと続いていた。
クリスとメルヒオールの剣が交差する金属音を聞きながら、ザシャは体を捻りつつオゥタドンナーを逆手に持ち替える。そして、線画に沿って刺し込んだ。
「そのまま奥までねじ込め、あるじ!」
ザシャは体重を乗せてオゥタドンナーを地面へとめり込ませる。その感触は地面ではなく人体のそれだった。
「そのまま引き釣り出しちまえ!」
「おおおおおお!!!」
しっかりと肉に食い込んだ感触のするオゥタドンナーを、ザシャは相手ごと引っ張り上げるつもりで引き抜く。ゆっくりとしか動かないオゥタドンナーだったが、めり込んだ地面から引き抜かれるほどに、刺された相手を白日の下にさらけ出した。
「なんだ、そいつは?」
トゥーゼンダーヴィントを止められたままザシャの様子を見ていたメルヒオールは、黒い塊が地面からせり上がってくるのを呆然と眺めていた。
地面から引き釣り出されたそれは、黒装束の人物だった。頭部にも被り物をしているため一見すると体格から男としかわからない。
「たぶんこいつ、襲撃者の残りだろうね」
「まさかこんな形でまた関わるとは思わなかった」
メルヒオールから離れたクリスが、ザシャの側に移って黒装束の男へ視線を向けた。引き釣り出された黒い人物は既にぐったりとしている。
「死んだの?」
「俺が致命傷を与えたのかもしれないが、まだ生きてるはず」
黒装束の男は血の塊を吐き出すと苦しげな呻きを上げる。大きくなってゆく血だまりの中、体を痙攣させながら、ザシャ、クリス、そしてメルヒオールへと顔を向けた。
「無念、ここまでか。しかし、このままでは終わらん。最後の仕掛け、存分に味わえ!」
そう叫ぶと、黒装束の男は事切れた。




