セスカのおこ
「なにが子猫ちゃんよ! ばかやろう! 突然出て行ったと思ったらこれ?」
セスカが激怒している。理由はよく分からない。嫉妬かな?
俺が宿に戻って子猫ちゃんの紹介をしたとたんにキレてしまった。
「いや、困っている子がいたら助けるのが普通だろう?」
「かわいそうだったら、誰でも助けるわけ? 愛は惜しみなく与う? へー。灯台から飛び降りようとした美少女を助けたのも、かわいそうだったからなわけ?」
「え、極論そうなるけど」
セスカはさらに語気を荒げた。
「私も犬猫あつかいだったってわけ? かわいそうだから拾ったってわけ? 感動を返せ。今すぐ返せ」
「おちついてよセスカ。今だけ、ちょっとだけかくまうだけだから」
「その子、可愛いわよね。可愛ければ助けるの? 誰でもいいの?」
「いや、聞いてよセスカ……、この子は服も着てないし、そのまま放り出すのは……ってあれ?」
子猫ちゃんにしっぽがはえている。黒く細い尻尾で先端がスペードの形になっている。
「大変だ、しっぽがはえる病気みたいだ。どうしよう、呪いのたぐいだったら教会へ……」
セスカは肩を落とした。あきれているように見える。
「その子、モンスターよ」
なんという新事実。
「えええ、こんなにかわいいのに」
「やっぱり、かわいいから拾ったんじゃないの!」
セスカが何に怒っているのかわからない。箸がころがっても怒るんじゃないのか。
『言いくるめ』スキルを使おう。甘言を弄してセスカをなだめる。
「いや、美しいとか美人とかいう部分に関しては、セスカが圧勝だぞ。これ以上ない美少女じゃないか。小さい子はすべからくかわいいといえる。でも美しいとか美人とかになればセスカをおいてほかにあるまい」
「なっ。おおおだてたって許さないんだからね」
『言いくるめ』失敗。
「で、高レベル冒険者のセスカさんにお聞きしたいんですけど、この子、なんてモンスターなの?」
「サキュバスだと思うわ」
「サキュバス。強そうでかっこいい名前だな」
セスカは、また肩を落とした。
「レオナはファンタジー世界の知識が浅すぎるわ。サキュバスってのは男の精気を吸って生きているモンスターなの」
俺は何の事か理解できない。
「セスカ先生。質問があります」
俺は右手をあげた。
「はい、レオナ君」
「なんで男限定で精気を吸うんでしょうか。つか、精気ってなんなんですか」
セスカの顔が赤くなる。次第に耳まで赤くなっていく。
「男の……ミルクを摂取するわけですよ」
「あー、さっきもそんなこと言ってたな。ミルクって牛乳だよな」
「あのねぇ、知っててとぼけてるでしょう」
「いや、全然。何のことだ? 言いにくい事?」
「……ちょっと相当言いにくいわね」
「ヒントだけでもいただけませんでしょうか」
「……くるみポンチを……」
「はぁ、全然わかりません」
セスカは扉を開けると、ふらふらと部屋から出て行った。後ろ手にドアが乱暴に閉められる。
そして廊下から最後のヒントが出された。
「さかさに読むの!」
セスカが廊下を走り去る音が聞こえた。
むむ『くるみポンチを』をさかさに読むと? を・ち・ん……?
極限の緊張状態のまま、もう三十分ほど経ってしまった。
「ドウシタ? コマッテル?」
「君のおかげで、相棒が怒っちゃってるんだ」
「オコラナイ、ゴハン、タベル、ニッコリ」
「セスカがこんなに怒るとは思ってなかったんだよなぁ」
「オモッテ、ナカッタ、オヤツ、タベル、ニッコリ」
万事こんな感じ。こんにゃく問答だ。
セスカはまだ帰ってこない。さっき、向かいの酒場でエールを注文する声が聞こえたので、まだ飲んでいる途中だろう。すくなくとも「さっきゅん」を何とかするまでは戻って来るつもりはないだろう。モンスターに嫉妬とか、かわいいやつだ。
ともあれ、さっきゅんがこの部屋にいるのはまずい。かといって、また捨ててくるのもかわいそうだ。
この際、さっきゅんが俺たちの仲間になれば問題がなくなるのでは? いやいや、そうするとさっきゅんの食糧は俺が供給しなければならなくなる。だめだ。こんなにかわいいさっきゅんにそんな不道徳なことはできないし、させられない!
「ミルク、クレル、ヤクソク」
さっきゅんは太ももをこすり合わせながら食欲に耐えている。
見てると哀れに思えてくる。この際、普通の牛乳を与えてみればどうだろう。
俺はさっきゅんにセスカの服を適当に着てもらった。全裸で連れまわすわけにはいかない。着た姿をみると、どうして似合ってるじゃないか。サイズが合わないからブラウスがだぶだぶだが「萌えそで」ともいえる。スカートも引きずるほどじゃないからセーフか。しっぽは出さないように厳命した。
俺はさっきゅんをつれて宿屋の一階に降りた。そこで牛乳を一杯注文した。
宿屋のオヤジには「連れがいない間に、愛人と密会か?」とからかわれたが、親戚の娘だと言ってごまかした。
で、さっそくさっきゅんに牛乳がわたされる。コップが無いのか、ジョッキになみなみと注がれている。
ここは適当にごまかして飲ませてみよう。言いくるめスキル、ポチ。
「さっきゅん。これが本当のミルクだ。うまいぞ?」
さっきゅんは俺の顔と牛乳を交互に何度も見た。
「いいから。飲んでみろ」
さっきゅんは残念そうな顔をして牛乳に口をつける。と思ったらあおってしまった。
「オイシイ、ミルク、モットノミタイ」
よくわからないが、もう一杯注文してみる。結果は……。
「ウマイ、ミルク、オイシイ、ミルク!」
それは大変ありがたい。しかし「くるみポンチを」をあきらめてくれないと困る。
「お、おい。このミルクでも満足してくれるか?」
「オナカ、イパイ、ミルク、マンゾク、モウ、イイ」
おおお。これでいいらしいぞ。でも、どういうことだ。
もしかすると、サキュバスの幼生(推定十三歳)は「くるみポンチを」を飲まなくてもいいのかもしれない。セスカに報告だ。
俺とさっきゅんは、通りを挟んだ向こう側の酒場に行って見た。
セスカはエールをがぶ飲みしている。空のジョッキが二つあるところを見ると、いまのジョッキは三杯目だ。
セスカは現実世界の女子高生くらいだろう。そもそも、未成年の飲酒が認められていていいのか。俺達はセスカの席に駆け寄った。
「おいセスカ。大丈夫か? 飲みすぎだろ」
「レオナー。おまえものめー」
「いや、宗教上の理由で飲酒はできない」
飲酒じゃなくてエールが苦そうだから敬遠しただけだ。日本の法律とは関係ない。
「つまんないわね。じゃ、そっちのちびっこモンスター。飲んでみるろ」
「いや、いくら何でもちびっこすぎるって」
さっきゅんはセスカの言葉を真にうけて、セスカのジョッキからエールを飲み始めた。
「あ、こらっ!」
さっきゅんは全部飲み終えると、満足げに歯を見せて笑っている。
「コノミズ、ミルクヨリ、ウマシ」
「お、わかるか。よし、お前気に入ったぞ。もっと飲め。おやじさんー、エール二杯追加ぁ!」
セスカは機嫌を直したようだ。これが世にいう飲みニケーションというやつか。
俺は二人がエールを水のように流し込むのをその場に立ったまま見ていた。
俺の勘だが、帰りはこの二人を背負って運ぶはめになりそうだ。