山賊の襲撃
俺とセスカは駅馬車に乗っていた。馬車は深夜の森を走っていた。客は俺とセスカの二人だけ。もう一時間程度で次の町に着くとのことだ。
セスカの荷物は、ほとんどが服だった。貧しそうな服から高そうな服まで、バラエティーに富んでいた。詐欺師として身分を偽るには、まず服からというわけだ。しかし旅をするにはトランク三杯分の服は多すぎる。安い服から順に断捨離を強行し、トランク一杯分におさえてもらった。
ちなみに今の服装は、オーバーオールにチューブトップだ。ちょっとエロい。
悔しいが美人は何を着てもかわいい。口下手な俺からも賛辞が飛び出す。
「いいよな、その服……。にあってるし、その、可愛いよ」
「あら、ありがとう。これを着てロリコンおじさんからたくさん搾り取ったものよ」
「魔法で身を立てることができるんだから、危なっかしい稼ぎ方はやめろよ」
「あら、冒険者の方が危なっかしいわよ。おじさんたちは進んでお金をくれるんだから詐欺にもなってないし安全よ」
JKビジネスだ。俺には返す言葉もない。実際セスカはすごいやつだよ。いろんな経験をして場数を踏んでるし肝もすわってる。
「ところで、目的地はどこなんだ?」
「王都『ジーマール』よ。この駅馬車で三日ってところかしら」
「王都では何をするつもりなんだ?」
セスカは人差し指を立てて自分の口に当てた。考え事のポーズだ。
「まずレオナのスキルがどこまで通用するか試すところからね」
「都市で『ハイド(隠れ身)』のスキルを使うなんて無理だよ。そこらじゅう人だらけなんだろう?」
「『スティール』はどう?」
「うーん。できることはできるけど……」
俺は自分のズボンのポケットからセスカの財布を取りだした。
「この程度だぜ?」
セスカは慌てている。
「え? それどういうこと?」
セスカは自分の財布を取り出した。しかしセスカのポケットから出てきたものは、粗末な布袋と、それに入った重りの石だ。
セスカは歯を見せて笑った。
「すごいのねえ。これ、いつやったの?」
「さっき馬車が揺れた時にすり替えたんだ。『スティール』の話題になった時のための仕込みだよ」
「これなら王都でも稼ぎ放題じゃない? 高貴なお方から、金貨がザクザクと……」
生唾を飲み込んでいる。
「気が早いよ。まだセスカの小銭をくすねただけだぜ。そもそも俺みたいな平民が簡単に貴族に近づけるものかね」
「他には? 他には何かスキルはないの?」
「『バックスタブ』かな。『ハイド』の状態を保ったまま相手の背後に回って攻撃すると、もれなく致命傷を与えられるってやつ」
「え、なにそれすごい。ちょっとやって見せてよ」
「生きてるモンスターがいればやってみてもいいけど、今は移動中だしね」
「人じゃダメなの?」
「人殺しは犯罪だよ。わかってる? それに、明らかに殺しに来てる人にしか使えないよ。そう簡単に見せられない」
「ちぇっ。つまらないわねえ。早く山賊が出て来て馬車強盗でもしてくれないかしら」
セスカはスリルを求めすぎる癖があるようだ。今までリスクゼロの詐欺師をやってたのに、同一人物とは思えない。
ちょうどその時、馬車がスピードを緩やかに落として止まった。
セスカはすごい勢いで子窓を開けて御者の方を見た。そしてニヤつき始めた。
「御者が馬車を止めて両手をあげてるわ。山賊よ山賊!」
えらいことが起こっているのにセスカは大喜びしている。セスカは高レベルのマジックユーザーだからこの程度のピンチはボーナスステージでしかない。
だが今は夜。シーフの時間だ。俺にとってもボーナスステージということになる。
「山賊って……。懸賞金がかかってればプラスになるなぁ」
「かかってるといいわね。ここはレオナに全部任せるわ。逆に山賊のお宝を奪って見せてちょうだい」
「ん。やってみるよ」
俺は馬車の扉を開けると、多分時速八十キロくらいで森の中に隠れた。山賊たちはこちらを見ていないので、多分俺の存在に気づいていない。
御者が山賊と交渉しているのが見える。
『ヒアノイズ』で会話の内容を聞いてみた。どうやら馬車の扉が開いた事についてもめているようだ。山賊としては獲物を一人も逃したくないのだろう。目撃者が増えるのも困るのかもしれない。
俺は隠れたまま移動して周囲の状況を確かめた。山賊は全部で五人。全員馬に乗っている。えものはクロスボウと剣だ。馬車は包囲されている。御者が話をしているのがリーダーだろう。
危険をおかさずリーダーだけを生かして捕らえるためには、リーダーに気づかれないうちに手下の四人を殺さなければならない。シーフの唯一の荒事用スキル『バックスタブ』の出番だ。
俺はクロスボウの盗賊Aの後ろを取った。そして、四人の警戒心が薄れる瞬間を狙った。
しばらくすると、リーダーが御者を大声でののしる声が聞こえた。その瞬間に全員の視線がリーダーに集中する。
俺は、その瞬間に動いた。
バックスタブで背中から山賊Aの革よろいをダガーで貫き、腎臓をえぐる。山賊Aはとつぜんの激痛で声を出すこともできない。そしてAが馬から落ちる前に山賊Bの腎臓を。同様に山賊Cを。さらに山賊Dを!
全力で動いて、ここまで約七秒。悪くない戦果だ。
そしていよいよリーダーだ。
俺はダガーを使わず、バックスタブのパンチでリーダーをを馬から突き飛ばした。地面に這いつくばるリーダー。すかさず、首を後ろから締め上げ、ダガーを顔につきつける。
ちょうどその時、俺が殺した四人の体が次々と馬から落ちた。
リーダーには何が起こったかわからなかっただろう。
「お前の手下は全員殺した。お前は死にたくないよな」
リーダーは声すら出せなかった。そのかわりに何度も首を縦にふって死にたくない旨を俺に伝えた。
「聞き分けがよくて助かるよ。おまえらのアジトまで案内してくれないか。今までおまえらが略奪した金品を返してもらいたいんだ」
リーダーは、さらに首を縦にふった。俺はリーダーのクロスボウと剣を預かって首に巻いた腕をといた。
リーダーは、俺と自分との実力差をはっきり理解した事だろう。馬を駆って逃げる事も考え付かないようだ。いや、今の俺は馬の速さ程度なら追いつけるとは思うが。
その後は特に問題は起きなかった。山賊たちのアジトに案内してもらい、盗品をすべて回収した。リュックサック一杯分の貨幣と宝飾品だ。
リーダーは自分はNPCではないと強く主張していたので、革よろいを捨てさせたうえで放逐した。首を持って行けば懸賞金をもらえるかもしれないが、趣味が悪すぎるし、後味が悪すぎる。
俺とセスカは盗品を全部回収して馬車に戻った。貨幣だけでも当分は遊んで暮らせる量がある。セスカは「全部ネコババしよう」と主張したが「ミイラ取りがミイラになってどうするんだ」と言ってくぎをさした。山賊と同じレベルまで落ちてどうする。