殿下とお出かけ2
俺たちは酒場についた。
アンリエット殿下と俺は適当な飲み物を注文し、適当なテーブル席に座った。
酒場でも衛兵とシロツグの悪いうわさが渦巻いていた。
王都では冒険者の仕事なんてやってられないという意見がよく聞こえた。
酒場の掲示板には冒険者への仕事の依頼がいくつか貼ってあった。ギルドを通さない依頼は違法だ。だが三割中抜きされているとなれば話は別だ。直接交渉した方が依頼する方もされる方も気分がいい。
「ところでお嬢様。セスカの詐欺は何が目的だかわかりますか?」
アンリエット殿下には色々情報をもらった。セスカのたくらみを内緒にしておいてはよくないと思った。
「ある程度想像はついていますわ。フリーデルの実子を騙って皇太子になるおつもりではありませんこと?」
そこまで具体的に考えてはいなかった。セスカがどんなたくらみを持っているかは知らないが。
「ま、まぁそんなところです」
「あら。兄さまはお優しいですから、セスカさんは計画の詳細まではお伝えしていらっしゃらないのかしら」
「どうやらそのようです……」
「最終的には父さまを王位から追い落とすおつもりでしょう? 場合によっては究極の手段で」
「恐れ入りました。俺から白状しようと思ったんですが、お嬢様の方がお詳しいとは」
「でも私は思いますのよ。詐欺師が人を殺めてはいけないって。だって血なまぐさいのは聡明なセスカさんには似合いませんわ。父さまを追い落とすだけなら、政治的に失脚させるだけでいいのではないかしら」
俺は言葉を失った。失礼な言い方だがアンリエット殿下はセスカよりも詐欺師の才能がある。
「セスカさんは兄さまに何も伝えていらっしゃらないのですね。兄さまはセスカさんとは恋仲ではないんですの?」
飲み物が逆流しそうになる。
「いや、恋仲はさすがに……」
「あら。そうでしたの。うふふ。兄さまが私をてごめになさらないのはセスカさんに気を使っているからだとばかり……」
「いやいやいや、さらっていくときに、そういうことはしないって約束しませんでしたっけ」
「ええと、兄さまはもしかして殿方がお好きとか……」
「ちがいますってば。どうしてそういう話になるんですか」
「では私も期待してしまってもよろしいのでしょうか」
アンリエット殿下はテーブルに指でのの字をかきはじめた。
「いやあの、心配しないで。俺は安全な男ですよ」
「ぼくねんじんですわね。王女にだって性欲くらいありますわ」
殿下、何をおっしゃっているのか……。
「うふふ。兄さま、もう出ましょう。情報収集は十分だと思いますわ」
「は、はい!」
アンリエット殿下は少し顔が赤くなっていた。しかし俺の方は顔だけじゃなく耳まで真っ赤になっていると思う。何かの聞き間違いかもしれない。殿下がそんな俗人じみたことを言うわけがない。
殿下は店を出た後も俺の腕に自分の腕をからめてきた。ひじが殿下の胸にくっついている。さっきは意識しなかったが、今ははっきりと感触が分かる。俺はどうしたものかと混乱していた。
「そ、そうだ。細工師ギルドに行ってみませんか?」
「細工師ギルドに情報が集まるんですの?」
「いえ、ある人物に、ちょっと聞いてみたいことがありまして」
俺はマウス氏の言っていたミスリル銀製のツールが出来上がっているか気になっていた。これから行う仕事は今までよりもさらに高い技術が要求されている。使うツールも少しでも良いものが欲しい。
「ええと、細工師ギルドで特製のツールを作ってもらえるかもしれないんですよ」
「まあ、でしたらぜひ細工師ギルドに参りましょう。お供いたしますわ」
細工師ギルドでは、店外のおしながきに『ミスリル入荷しました マウス』と書いてあった。迷わず入店する。
カウンターの店員に来店の目的を告げる。
「マウス氏にお会いしたいんですけど」
「はいっ。少々お待ちください!」
店員はすぐに立ち上がって走っていった。
「兄さま。ツールはできていそうですの?」
「あの様子ならできていると思います。お嬢様には申し訳ありませんが、しばらくここで待っていてください」
「ふふふ。内緒話ですの? 危険な男みたいでかっこいいですわ」
「からかわないでください」
カウンターまで戻ってきた店員が俺を応接間に通した。応接間ではマウス氏の歓待を受けた。
マウス氏は、まず俺の身を心配してくれた。
「君もあのシーフたちと一緒に処刑されたかと心配していました。無事で何よりです」
「運がいいだけですよ。この街で私がシーフだと知っているのは数人だけなんです」
「シーフギルドには登録していないんですか?」
「ええ」
「冒険者ギルドには?」
「登録していません」
「なるほど。仕事は一人が一番というわけかい。凄腕の君らしい」
「それよりツールの件ですが」
「そうそう。私の試作したツールがこれです」
マウス氏は布袋からミスリス銀のツールを取り出した。素晴らしい出来だ。鍵穴に水銀のようにしみ込んで、本物の鍵よりも早く解錠できるだろう。
「こいつはすごい。戦士に魔法の剣があるように、これはシーフにとっての魔法の剣といえます。今度の仕事はとても難しいものなんです。これがあればきっと成功するでしょう」
「気に入っていただけたようでうれしいです。代金はいいので持って行ってください」
「ありがとうございます」
「ときに、今度の仕事というのはどういうものなんですか」
「それは言えませんが、世の中のためになる仕事です」
「これは失敬。私も成功を祈っております」
「どうもありがとうございます。すみませんが人を待たせているので、これで失礼させていただきます」
「では、またいつかお会いしましょう」
俺は応接室からカウンターまで戻った。しかし、アンリエット殿下がいない。
先ほどの店員をつかまえて聞いてみる。
「俺と一緒にいた女性はどこへ行ったか知りませんか?」
「つい先ほど、公開処刑の知らせが入った時に出て行きましたよ」
そんな話は聞いていない。
「公開処刑っていうのは何ですか?」
「先日行われたシーフの公開処刑の第二回ですよ。今から、街で犯罪を犯していない冒険専門のシーフも処刑されるようですよ」
「なっ。どうもありがとうっ!」
俺は慌てて表へ出た。
城の方から黒煙が上がっている。アンリエット殿下はこれを見て城の方に行ったのかもしれない。
いや、まさか殿下が城に近づいたりはしないだろう。
俺はハイド状態で城の近くまで全力で走っていった。
アンリエット殿下は、はたして城の近くにいるのを見つけた。
しかも城壁に近づきすぎだ。
俺はほんの少し遅かった。アンリエット殿下は衛兵に見つかって保護された。
殿下は激しく抵抗しているため、衛兵は呼び子を使った。
衛兵はどんどん集まってくる。もうだめだ。助けることはできなくなった。
城からはシーフたちの絶叫が聞こえてくる。
俺が昨日の時点でシロツグを暗殺できていれば、こんなことはなかっただろう。
俺は自分を呪った。




