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少女

俺はその名前も知らない女性にうながされてログハウスから出た。

そこは船着き場で、俺はこの大陸の外からやってきた旅行者という設定らしい。


周りを見回すと、漁業ギルドの建物・冒険者ギルドの建物・民家・灯台等が適度な距離感をもって建っていた。よくある漁村のようだ。RPGなら冒険者ギルドに行くべきなんだろうが、なんとなく気が進まなかった。プレイヤーにストーリーを進めろと強制されているようで気にくわない。


俺はなんとなく灯台を見ていた。高さは八階建てくらいで、木材建築だ。

その最上階に人がいるのが見えた。そのシルエットは女性で、柵を乗り越えようとしている。

自殺かもしれない。

なんで俺が通りがかるタイミングで自殺すんだよ。

俺は全力で灯台まで走った。


俺は普段の三倍くらいの速さで走れた。これが火事場の馬鹿力というのだろうか。ゲーム内のステータスが高く設定されているのだろうか。


灯台の扉をぶち破ると、今度は灯台の中のらせん階段を一気にかけ上がる。階段は灯台の内壁にそって連続して作られている。俺は右足で階段を一段飛ばしで上り、左足で壁をけって遠心力に逆らった。七回くらい回転したところで最上階のバルコニーに到達した。


バルコニーではその女性がまさに今飛び降りようと柵の上を乗り越えようとしていた。俺は慌てて彼女を両手で抱えると、こちら側へ引きずりおろした。とっさの事なので、手加減できず、彼女をの床に投げ落としてしまった。


彼女も冷静ではいなかったようだ。目を見開いて、呼吸が浅く短くなっている。

俺は彼女にどなりつけた。

「この高さから落ちたら死ぬかもしれないぞ? どういうつもりなんだ!」


よく見ると彼女はかなりの美人だ。年は十四~十五歳くらい・肌は白磁のような白・黒髪はセミロング・黒目がちの大きな目・長いまつげ・小さいが立体感のある鼻・ちょっとつき出た小さな唇・余分な脂肪のついていない体・そこからすらっとのびる長く細い手足。見ただけで衝撃を受けるような美形だった。身長は百四十~百五十センチ程度と小柄で、白いワンピースを着ている。それが煽情的なデザインで、さらに彼女の魅力を引き立てていた。

そして何度も同じ疑問が頭をよぎる。「この世界はやっぱりリアルなんじゃないのか?」


俺は右手を出して彼女が立ち上がるのを助けた。


彼女は少し落ち着くとムッとしながら俺に不平を言い始めた。

「やっと決心がついて死のうと思っていたのに、どうして止めたりするの?」

「じじ自殺しようとしてる人がいたら、ふつふつうは助けるだ……ろ……」

現実世界でこんなにかわいい女の子と話す機会がなかった。しかし割と自然に声を出せた。少しどもってしまったが、俺のヒューマンスキルから考えれば大きな進歩だ。


すると彼女はかわいらしく不平を言い始めた。

「私はこのゲームで生きていくことをあきらめたの! だから死んで帰るところなの! あんたみたいなNPC(ノンプレイヤキャラクタ)に同情してほしくないわ!」


俺は少し驚いた。彼女はプレイヤーとして――俺と同じ条件で――この世界に来ているのだ。これはネトゲと一緒だ。主人公は俺じゃない。俺は一介の放浪者だ。

「待った待った。あんたはプレイヤーとしてここにいるのか?」

俺のこの反応に、彼女も少し驚いた様子だ。

「じゃあ、あなたもNPCじゃないっていうこと?」

「俺はこの世界に来て三十分もたっていないんだ。何もかも分からないことだらけなんだ。少し話を聞かせてもらえないか?」

この一言で彼女は平静を取り戻したようだ。


そして俺の身なりをまじまじと見た。

布の服、マント、雑嚢、短剣。俺の持っているアイテムは新品そのもので、初心者丸出しだ。


彼女は落ち着いて話し始めた。

「確かにテカテカのニュービー(初心者)みたいね。あなたはこのゲームをやりたいと思ってる?」

「わからない。そもそもこれがゲームの中ってことに半信半疑ってところかな」

彼女の顔がパッと明るくなった。

「じゃあ、一緒に死んじゃおうよ。一人だとなんか怖くて……」

話が飛躍しすぎている。

「よ、よく知らない人と心中なんて嫌だよ。痛そうだし……。そもそも、ここで死んで現実の世界に戻れるっていう確証もないんだぜ」


彼女の顔が途端にくもる。

「そ、そうよね。ほんとに死んじゃいそうな気はするのよね。すごく痛そうだし苦しそうだし……。でもあの薬があれば……」

「誰かが死ぬところを見たことがあるのか?」

彼女は俺から視線をそらす。

「あるわよ……。何度も」

「ごめん。嫌なことを思い出させた」

「ううん。ここはRPGの中なんだから死ぬことなんて珍しくないわ」


彼女はゆっくりと語り始めた。

「死ぬよりもっとひどいことだってある。以前パーティーを組んでいた女の子なんだけど……、暴君に捕らえられて性奴隷になった子がいるの。私たちの実力じゃあ助けてあげるどころか、逃げるのがせいいっぱいだった。あの子は死ぬことも許されずに今でも性奴隷なのかもしれないわ。他にも、ガレー船の漕ぎ手にされた男の子もいる。鎖につながれてむちをふるわれて、舟をこぐだけで死んでいくのよ。いずれ死んで終わるゲームだったら、今のうちにきれいに死んじゃったほうがいいと思わない?」


これはまさにディストピアだ。そんな地獄をみるようなら、その前に死のうと考えるようになるのも合点がいく。

だが俺はこのクソゲーを楽しんでみたいと思うようになっていた。完全にリアルなゲームだ。実力主義の人生の第二ラウンドだ。俺が強くなればいい。剣の腕を磨いて、魔法の真髄を学んで、素直にゲームを楽しんでみたくなった。

俺は彼女に告げた。

「俺はこの世界で頑張ってみるよ。最悪の結果ばかり考えても仕方がない。俺は死ぬまでこのクソゲーを楽しんでみるよ」


そして最後に、この出会いに関する違和感についての質問してみた。

「ところであんたは俺を待ってたんじゃないのか? 俺みたいな初心者を探していたんじゃないのか? あんたは、俺が通りかかったちょうどその時に自殺にふみきった。そんなタイミングって普通ありえないと思うんだけど」


彼女は二歩下がってちょっと舌を出した。

「私は詐欺師よ。いつから気づいてたの?」

図星なのかよ。

俺は少しあきれながら、なるべくにこやかに質問を続けた。

「ちょっとかまかけただけだよ。何が目的でこんなことをしたんだ?」

彼女は視線を落とした。


「ニュービーが持ってくる毒薬が欲しかったのよ。あれは苦しまずに殺せる魔法の薬なの。意外と高く売れるのよ」

「俺の質問に答えたら毒薬はあげるよ。今までの身の上話、かなり真実味があったんだけど、本当に本当の話なんじゃないのか?」

「話は実体験よ。全部本当」

「じゃあなんで冒険者をやめて、こんな小悪党をやってんだよ」

「正々堂々と生きるのが嫌になったのよ。奴隷も子悪党も冒険者も王様も、プレイヤーとして生きているってことでは同じじゃない? でも私には、目指す目標なんかなかった。死ぬのが怖かっただけ。ただそれだけなの。仲間を見捨てたり裏切ったりなんて事も普通になっちゃった。この世界で何年も生きて来たけれど、結局私は私にしかなれなかった。ほら、私って見た目だけはいいでしょ? それで結局詐欺師に落ち着いたってわけ。今も他人をだまして日銭を稼いでる。私には小悪党がお似合いってことよ」


話し終えるころには彼女の眼には涙がたまっていた。一方俺は彼女の生きざまに強い興味をひかれた。


「そんなに長い間やってるのか……。それじゃ、あんたにとってのリアルは逆転してこの世界になってるんじゃないのか?」

彼女は力なく床にひざをついた。視線も床に落としている。

「そうよ。私は帰ることもできない臆病者なのよ」

俺は彼女のそばでしゃがみ、頭を撫でてやった。


「自分の事を自分で信じられないでどうするんだよ。あんたは何をやってもいいんだよ。卑下するんじゃなく、素直に生きてみればいい。詐欺師でも結構じゃないか。人を裏切ったりだましたり見捨てたりしても、それは恥ずかしいことじゃないと思う。人の数だけプレイスタイルもあるって事じゃないか?」


彼女は涙をこぼし始めた。鼻声になってきた。

「あなたは……、説教が上手ね。いい詐欺師になれるわ……」

彼女は、俺の胸に頭をくっつけてきた。


俺は口下手だ。口下手のはずだった。それが今はどうだ。偉そうな口ぶりで他人の人生について説法を垂れている。

そこで思い出した。俺にヒューマンスキルを鍛えたらどうだと言っていたあの女だ。あの女のおかげで言葉がすらすらと出るようになったのかもしれない。

雄弁スキルのボタンを押すだけじゃ味気ないからな。こうやって実践していく方が気分がいいし、ためになる。


「最後にもう一つだけ。その涙は本当のものなのか?」

「……偽物だよ。私は詐欺師なんだぞ……」

軽く腹パンされた。でも俺は、そんな詐欺師の一面も含めて彼女を好きになりかけていた。


俺はこの出会いが本物であることを信じたかった。

「俺と一緒に行かないか? あんた程の経験があれば、序盤をうまく乗り越えられると思うんだ」

「あんたじゃない。セスカよ。一緒に行ってあげてもいいわ。あなたは?」

「俺はレオナだ。よろしくな」

セスカはまだ俺の胸に頭をくっつけたままだ。そしてしばらくは離れてえもらえそうにない。


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