いざ異世界へ
次の瞬間、俺は椅子に座った状態で覚醒した。
そこは俺の部屋ではなく、薄暗いログハウスの中だった。目の前には事務机があり、そこにはに二十歳前後の女性が座っていた。逆光で、顔はよく見えない。
「それならここで練習してはいかがですか?」
その女性はダイレクトメッセージの続きを言葉にした。
一方俺は言葉を失った。ここはファンタジー系のよくあるゲームのよくある家の中だ。目にうつるのは、よくあるインテリア。目の前の女性もよくあるファッション。しかし、リアリティーはゲームよりも格段に上だ。大雑把なポリゴンに大雑把なテクスチャを貼ってあるわけではない。本物のログハウスに本物の女性だ。
「ここ……は?」
目の前の女性は微笑みながら答えた。
「見たとおりの場所ですよ。ファンタジー世界です。しばらくここで暮らしてみてはいかがですか?」
「ここはどこなんですか?」
「こういった世界観ってゲームでよく見かけませんか? それを模して作られました」
「ここはゲームの中の世界なんですか?」
「ええ。ゲームの中の世界と言えます。少なくともあなたのリアルではありませんから」
「でも……。リアルだとしか感じられませんが……」
「そう感じられるように作られていますから」
女はにこやかにすごい事を言い放った。こんな現実感のある世界を「作る」と言っている。この世界を作った奴は誰なんだろう。どんな技術で作られているんだろうか。
俺にはこの世界についてネガティブなイメージしか抱かなかった。
「あ、あの……リアルに帰るにはどうしたらいいんでしょう」
「ご希望でしたらこれをどうぞ」
女性は事務机から小瓶と短剣を出すと、事務机を回り込んでこちらに来た。
「こちらが毒薬、こちらが短剣です。この世界で死ねば帰れますよ。お好きな方法でどうぞ」
女性は俺の手に毒の小瓶と短剣を握らせた。手の中のそれらはズシリと存在感がある。
俺は試しに短剣を抜くと、腕に小さい傷をつけた。すると鋭い痛みが走り、血がにじみだした。
俺は慌てた。うわずった声で女性につめ寄った。
「おい、これ、なんだよ。リアルすぎるだろ。痛いし血は出るし……」
女性はあくまで事務的だ。
「リアルにできていますよね。それがこのゲームの優れた点です。この世界で生きるのも、死んで帰るのも自由ですよ。でも、この機会に、ここでヒューマンスキルを磨いてはいかがですか? 最悪でも死んであなたの世界に帰るだけです」
なるほど。生まれ変わったと思えば何でもできるかもしれない。だがこの世界は異常だ。異常なほどにリアルだ。単なる夢だという可能性も……。
女性はそこで俺を追い出しにかかった。
「すみません、私からお伝えできるのはここまでです。ゲーム内での疑問はゲーム内で解決していただけますようお願いいたします。それでは、すみやかにプレイヤー登録をお願いいたします」
俺は促されるまま羊皮紙にペンでサインを書いた。
俺の名前は玲於奈。これは本名だ。女々しい名前だと思われるかもしれないが、ノーベル賞受賞者の名前だ。両親の大きすぎる期待が重い。
「以上で登録は終わりました。いままでの説明の中で分からなかったことはありませんか?」
女性の口調から考えるに、やっぱりこれはゲームのチュートリアルの一部なんだろう。
「この世界……いや、ゲームの名前は何ですか?」
「『シャングリラ』です。作った人は『ディストピア』と言っていましたが」
最悪だ。これからの生活に、むしろ不安しか感じない。秘密主義のくせにノイズは混ぜ込んでくるのな。
「『シャングリラ』を作った人は誰なんですか? 何のために作ったんですか?」
「それにはお答えできません。でも、玲於奈さんが予想している答えに、当たらずといえども遠からずです」
この世界を作れる存在があるとすれば、それは神としか言いようがないのだが。