S19 大いなる海原へ
太陽の輝きを受ける蒼い海原を前に、潮風にその身を晒す二人の少女。
見事『聖獣の洗礼』を乗り越えた彼女達は今この島から旅立とうとしていた。
一週間、それは長かったようで短かったような不思議な期間だった。
今蒸気を上げる汽船に乗り込んだ二人はふとクリケットの言葉を思い出していた。
――試練オメデトウデシ――
そう笑顔で呟いたクリケットはその後少し寂しげな表情である一つの事実を語り始めた。
この島の守り神である聖獣シムルー。馬麒と呼ばれる水角獣の一種であるこの生物は本来おとなしく人を襲う事は決してないという。
だが、この島の風習としていつしか人はシムルーを自らの実力を試す試練として扱うようになり、本来争いを好まないシムルーに対して積極的に攻撃を仕掛けるようになったという。
それが、この『聖獣の洗礼』の真実である。このクエストは元はと言えば静かに眠っていたシムルーに対して人間が作り出したエゴの表れなのだ。
いつしか、試練の洞窟前には悲しげな鳴き声が響くようになったのだとクリケットは語る。
ただ自分の身を守るために振り翳した力、いつしかそれは人間への攻撃本能へと移り変わったのかもしれない。
「本当はただ静かにそっとしておいて欲しかったんだよね。そう考えるとわたし達ひどい事しちゃったのかも」
甲板の上から島を眺めそう寂しげに呟くククリ。
そんなククリに対して頭上から降り掛けられる声。
「クーちゃんクーちゃん、すごぃよこの船。バイキングがついてる!」
船の二階部分から顔を覗かせるパピィを見てふっと微笑を漏らすククリ。
「この島ともお別れか。楽しかったな、ほんとに」
この島を訪れてから刻んだ様々な想い出。
パピィとククリが出会ってから、そこにはたった一週間とは思えないような濃密された時間が詰まっていた。
それは紛れも無い。この短い期間で二人が味わった出来事。それは何にも変え難い貴重な体験。
そんな想い出を振り返り、改めてイルカ島へと視線を向けて静かに呟くククリ。
「バイバイ……イルカ島」
ククリはそうして甲板から踵を返す。
「もう何やってんだよクーちゃん! 海なんか見ててもぺチャパイは変わらなぃぞ!」
「大声でペチャパイ言うなー! 今そっち行くから」
そうして甲板から登る階段へと足を掛けるククリ。二人の姿は今甲板の上へと消えていく。
果てない海の先に広がる世界。
今二人の心に浮かぶ想いはまたこれから広がる新世界への憧れだった。
この船が向う先にはどんな世界が広がっているのか。そこではどんな体験が二人を待ち構えているのか。
二人の冒険はまだまだ始まったばかり。
果てなく広がるこの世界には、その大きさだけ二人の夢が広がっている。
船着場に響き渡る汽船の音。
大いなる海原に向けて二人の少女は今旅立つ。
二人の旅路は今これから始まるのだ。
■あとがき
この度は『パピィとククリの大冒険』をご覧頂き誠にありがとうございました。本作は現在本サイト『小説家になろう』様にて連載中であります『ARCADIA』の番外編として書かせて頂きました作品です。
予てよりこの作品は複数視点で物語を描きたいというささやかな野望はあったのですが、今年はその実験作としてここに番外編を終了する事ができました。
パピィとククリの大冒険は本話を以って終了とさせて頂きますが、来年一月末より本編「ARCADIA」を再開します。ので、今後彼女達にはそちらで活躍して頂こうかと考えています。
展開として色々考えてはいるのですが、現状形にはしていません。新年からは新要素を色々追加しようと思っているのですが、どこまで形にできるでしょうか。詳細についてはARCADIA本編でまたバージョンアップ報告をさせて頂きたいと思います。
新年は個人的に希望の年です。色々な展開を見せられれば嬉しいです。
本作品を読んで下さった読者の皆様、今年は本当にありがとうございました。宜しければ新年からも本編「ARCADIA」を宜しくお願い致します。
今日は大晦日、今年最後の締めくくりとして良い一日となりますよう心よりお祈り申し上げます。
それでは、今年はここで筆を置かせて頂きます。
寒い日が続きますが、年末年始、くれぐれも体調を崩されないようご自愛下さい。