S1 旅立ちの浜辺
青く透き通った海原と白き砂浜。その二つが織り成す海岸線はどこまでも美しく、旅立ちの場としてはこの上ない壮景が広がっていた。
ここは<旅立ちの砂浜>。冒険者達がこの世界に来た時必ず通る出発点である。
今ここに空から舞い降りた一つの輝きがあった。ゆるやかな軌跡を描き、地表に降り立ったその光は次第に収縮し、中から一人の少女が姿を現す。
「う〜、気持ちわるい。なんだよこの乗り物〜……わたしは客だぞ! お客だぞ! もっと優しく運べー!」
言いたいだけ叫ぶと真白な砂浜に今降り立つ少女。桃色の髪を両側でお団子に結んだ少女は愉快な歌声を上げながら、その足跡を砂浜に繋げて行く。背丈は小柄、非常に華奢で麻布をまとったその旅人らしいその姿はここでは珍しくもない光景であった。
少女の名はパピィ。彼女もまたこのゲームの冒険者の一人だった。白い砂浜の上に降り立った彼女は、キョロキョロと辺りを見渡しながら世界の姿をその目で確認し始める。
「青い海。白い雲。ふ〜ん、ここがゲームの世界なのか。でもわたしは信じないぞ」
僅かに薄桃色を帯びた瞳の先に広がる雄大な海原。
冒険者にとって目に映る景色は貴重な財産である。パピィにとってもまた、この光景は何にも変えられない貴重な体験の筈だった。実際に目で見て感じ、身体で世界を感じる。それが出来る事が、VRシステムの最大の特徴だ。そして、その体験こそがここへやってくる冒険者達が求めているリアリティなのである。
ひとしきり目の前の景色を愛でると、当然冒険者である限り、旅立つ事になる。パピィもまたそんな冒険者達の例外では無かった。
「さて、じゃ景色にも飽きたしそろそろ行こっと」
腰元に備えられるは一本の銅製のナイフ。他に装着しているものと言えば、身に纏った麻布以外、他に見当たらない。
護身用のナイフを一瞥すると、さして興味も無さそうに歩き始める少女。その歩みに果たして当てはあるのか。
だが、どちらにせよそうして旅人はその本来の姿を取り戻す。
それは一人の冒険者の新たな門出。
波に打たれるその白い砂浜にはしっかりとその小さな足跡が残されていた。
▼次回更新予定日:11/22▼