S18 VS 聖獣Simuluu<シムルー>
青く輝く水面の上を、ゆっくりと這うその白影。
滑らかなその灰白肌の処々には白化した貝殻がこびりつき、その風格は長い年輪を感じさせる。肢体から伸びた長い首に沿って生えたその白い鬣、そして頭側部から天に向かうその雄雄しい鹿角はこの生物が、この島の守り神である事を示す象徴であった。
水面と薄暗闇が生み出す青と黒のグラデーションの中に浮かぶその白亜の姿に、二人の少女は相対している事も忘れてただ見惚れていた。
「あれが聖獣シムルー……?」
そんなククリの呟きを受けてゆっくりとその頭を二人へと向ける。
「こっち見てるね……嫌な予感がするんだけど」
シムルーは二人の姿を視認すると突然洞窟内にその鳴き声を響き渡らせる。
「Cuiiii!」
同時にシムルー付近の水面から水流が立ち昇り空中で水球を象り始める。
「あれって……Water Sphereじゃない!?」
「うむ、そのようだ」
「うむ、じゃないでしょ! 逃げなきゃ!」
そして、二人が素早く散開すると同時にシムルーから放たれた水球が二人が元居た場所で弾け散る。その飛沫を浴びながら二人は顔を見合わせる。
「パピィ、どうしよう」
「うむ、話し合いでなんとかなる相手ではなさそうだが」
「そんなの見ればわかるでしょ! また来たよ」
再び放たれた水球をかわし避ける二人はそれぞれの行動に移り始める。
まずは距離を取り状況を見守り始めるククリ。そんな彼女の視界では赤い鉱石の輝くファイアロッドを片手にシムルーに一定距離から火球を放つパピィの姿があった。
火球を受けたシムルーは悲鳴を上げながら炎上する身体を水面へと崩す。
「……おや」
その様子に当惑するパピィ。
「もしかして火が弱点なんじゃない?」
ククリの言葉に頷くパピィ。
視界内では今ゆっくりとシムルーがその身を水面から立ち上げるところだった。
「じゃ、もう一回。Fire Ball!」
再びパピィが火球をシムルーに向かって放ったその時だった。
シムルーは咄嗟にその頭を大きく水面に打ち付けるとそこに水球が発生し、パピィの火球から身を守る。衝突した瞬間、そこから真っ白な蒸気が立ち昇り火球と水球は跡形も無く消え去っていた。
「今度はガードした」
二人がそんなシムルーの様子に当惑していたその時だった。
突然、強い鳴き声を上げたシムルーの身体から波が湧き立ち始める。
波は次第に小さな潮流となり、そして渦を巻き始める。その渦の中心でシムルーはその寡黙な視線を二人へと向けていた。
「波のプールか。クーちゃん泳ぐぞ!」
「言ってる場合か!」
流されないように必至に踏ん張る二人。
だが、激化していく潮流の中で二人は身動きが取れないまま、ただその場に立ち尽くす事しか出来ない。
そして、視界の中では身動きの取れない二人に対して今水球を放つシムルーの姿があった。
そのシムルーからの連続的な攻撃に、咄嗟に避けきれないと判断したパピィは手にしっかりと握っていたロッドを振り下ろす。
「Fire Ball!」
パピィの掛け声と共に放たれた火球は見事に水球を捉え相殺に成功する。
だが、ファイアロッドを持たないククリにとって、眼前に迫る水球に対処する事は限りなく困難だった。
迫る水球を前に悲鳴を上げるククリ。
水球の直撃を受けたククリは、洞窟の壁まで弾き飛ばされその身をその場に崩す。
「クーちゃん!」
駆け寄るパピィを前にゆっくりと身を起こすククリ。
だが、その受けた衝撃からククリはその場に再び膝をついた。
次第に収まっていく潮流。だがそんな二人を前にシムルーは容赦なく水球を向け放つ。
「Fire Ball!」
咄嗟に撃たれた水球に対して火球で相殺するパピィ。
「クーちゃん今のうちに安全なところへ」
「……パピィ」
ククリに肩を貸して敵の攻撃の及ばない洞窟の通路際まで連れて行くパピィ。
「クーちゃんはここで休んでて」
そうして、パピィは敵へと一人向かって行く。
だが、ここでパピィはある決定的な事実に気づいていた。
いつの間にか攻防の際に消費していたSP。そう。
――ファイアボールはあと一回しか撃てない――
その事実に気づいたパピィは武器を銅の弓へと変更し、相対する敵へと臨んだのであった。
遠距離から走りながら弓を放つパピィ。敵の水球を避けながら放たれたその矢弾は正確にシムルーの身体を捉え僅かだが確実にダメージを与えていた。
「Cuiiiii」
鳴き声を上げるシムルーはパピィの身体を捉えようと必死に水球を放ち続ける。
だがパピィはその全てを流しながら正確無比な遠距離攻撃を加え続ける。
そして、再びシムルーは反撃に転じる。
「また波のプールか」
足元に生まれる潮流。その中で踏ん張りながらパピィはじっとシムルーを見つめていた。
暫くすればまた水球の攻撃を仕掛けてくる。だが、パピィにはあと一回なら水球を防ぐ手立てがある。
そうして、パピィが敵の攻撃に対してロッドを構えたその時だった。
突然、背後から上がる悲鳴。ふと振り向くと、そこには潮流に飲み込まれ壁にしがみつくククリの姿があった。
ククリはパピィの様子を心配して洞窟の通路から出てきたのであった。
「クーちゃん……くそぉ」
潮流に飲み込まれて渦の中央に存在するシムルーの元へと引き寄せられていくククリの姿。
そこへ容赦無く水球で迎え撃とうするシムルーの姿。
今ククリに向かって放たれた水球を前に咄嗟にパピィはロッドを振り下ろした。
「Fire Ball!」
放たれた最後の火球が水球を捉え相殺する。
シムルーの注意がパピィへと向けられる中、依然水流に足を取られたパピィに向かって水球が放たれる。
もはや、それをガードする手立ては無い。直撃を受けたパピィは洞窟の壁際まで弾き飛ばされるとその場に崩れ落ちる。
「パピィ!」
駆け寄るククリにパピィはその場に腕をついて起き上がる。
「おぉ、痛た……」
そしてパピィの無事を確認したククリはきっとシムルーを睨みつける。
「もう、あったまきた。パピィ一緒にあいつ倒そう」
その表情に怒りの色を浮かべるククリ。
「守り神様だが何だか知らないけどこんなの許せない!」
「クーちゃんあんまり怒ると小じわが増えるよ」
「この土壇場に来て何を心配するかお前は。いいから行くよ」
ククリの掛け声に今飛び起きるパピィ。
「ほぃほーい」
水場で湿った弓を片手に散開する二人の前でシムルーはその身体をひきづるような仕草を見せていた。
度重なるパピィからの遠隔攻撃、また二度に渡る潮流を発生させたシムルーは確実にその体力を消耗していたのだ。そして今二人から畳み掛けられるように浴びせられる矢弾を前にシムルーは今悲痛な鳴き声を上げる。
「Cuiiiii!!」
もはやシムルーにはもう一度潮流を発生させる力は残されていなかった。ただ必死に自らを襲う冒険者を前に水球を放ち、そして放たれた矢弾をその身に受ける。
今、シムルーが倒れるのは時間の問題だった。生命の源である光の粒子が舞い上がり洞窟内に散って行く、その様子は儚くも美しい。
美しきこの洞窟で、静かにこの島を見守っていた主は今まさに力尽きようとしていた。
それは、今まで幾度となく冒険者達との間で繰り広げられてきた光景であり、こうした偉大なる存在を乗り越える事こそが、まさにこの試練が示す『洗礼』の形なのである。
青の洞窟内に舞う、二つの小さなシルエット。
水面に倒れた偉大なる主を前に、そこには、今まさに試練を乗り越えた者達の姿があった。