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ソラから始める異世界生活

 






 耳元で聞こえる空気を切り裂く音。

 聞き覚えのあるその音を聞いてジンが目を覚ます。




(…ふむ、また寝てたか。1日に2度は流石にまずいな。メアにどやされてしまう)




 流石に本気で早起きの習慣をつけようか迷いながら落ちていくジンは、眠い目をこすりながら周囲を見回す。

 そこには広大な雲海と暗めな青色に彩られた空がパノラマ気味に広がっていた。

 得られた情報からジンは、ここが高い空で、今自分が落ちていることが理解できた。

 そしてそれを理解してから0.2秒後、彼は混乱した。




(待て待て待て、空?しかも落ちてる⁉︎)


(落ち着け私。まずは深呼吸…してもダメだな高高度では酸素が薄い、じゃなくて!)




 ひとまずこれ以上落ちて地面に激突する前に自身に浮遊魔法をかける。

 混乱状態においても最適な魔法を使えるのは最高位の魔法使い故だろう。

 彼は空中を浮遊した状態であぐらを組み、自身の現状について考え始めた。



(なぜ私はこんなところで寝ていたんだ。もしや飛行中に寝た?流石にそれは…いや、無いな。私だけならともかくメアが起こすだろうし)



 自分一人でもあり得ないと言い切れないあたり私も情けないな…。

 そう考えていたジンの耳に、聞き慣れた声が届いた。



「ジィィィィィィィン!」


「…メア!」



 メアが高空から降りてきた、というよりは落ちてきた。同時にメアが持っている荷物を見てジンはなぜ自分がこんなことになっているのか察した。

 荷物に捕まって自由落下している彼女に習い、ジンは落ちてくる荷物を捕まえて再び落下し始めた。



「やあジン!さっきぶり!」


「ああ、さっきぶり。遅かったね?」


「そっちが早いだけだよーだ私荷物集めてたし。というか落ちてるのに寝たままって!」


「寝る子は育つ」


「ジジイが何言ってんの!」




 荷物とともに落下しながら軽口をたたきあう2人。

 いまさら落下に恐怖して取り乱すことはなかった。

 メアは龍でなので空など己のテリトリーであるし、ジンも付き合って空を飛ぶことが多いからだ。




「いぃぃぃやっほぉぉぉぉぉ!たっかぁぁぁぁい!」


「すごいなテンション」


「最近忙しくて空なんて来れなかったから!ほら見てすっごいいい景色!」


「そう言われてもなぁ。見慣れてるだろ?私も君も」


「ジンったら無粋!こういうのは何度でも感動していいのさ!」




 そう言って彼女は荷物に手を突っ込みゴソゴソと漁り始める。

 何をする気か察したジンは荷物の中の手近な絨毯を掴み、そしてそれを広げた。




「よっし今度こそご飯にしよ!」


「うん。しかしなるほど、空中ピクニックなんて考えてたのか。洒落てるじゃないか」


「でっしょー?」




 ジンは話しながら今度は荷物の下に広げた絨毯に浮遊魔法を掛けた。

 絨毯は落下をやめ空中を浮遊し、落ちてくる荷物を受け止める。


 浮遊する絨毯に落下する荷物と少女1人、さらには青年1人分の重さがかかったが、荷物が少し沈んだだけで絨毯はビクともしない。


 メアは絨毯の上に座ると荷物から取り出した風呂敷を広げ、それから中の弁当箱を開く。

 弁当箱の中には色とりどりなおかずが詰まっていた。

 絨毯に乗ったジンはメアの近くに座り、メアから箸を受け取った。




「いただきます」


「いただきまーす!」



 2人は手を合わせ食事を始める。

 空は遮るもののない快晴、見渡せば絶景。

 降り注ぐ紫外線その他諸々もジンがしれっと掛けた魔法の力でオールカット。

 まさしく絶好のピクニック日和と言えるだろう。

 そのおかげか食事も会話も弾み、あっという間に弁当箱の中身は空になった。











 それからしばらくして、片付けを済ませランチタイムを終えた2人は再び重力に身を任せていた。



「ごちそうさま、メア。美味しかったよ。それにしてもいつもより凝ってたね」


「空来るの久しぶりだしねーちょっと気合い入れたんだ」



 現在2人は雲海の中を進んでいる。

 雲とは水の塊であり、それ故に雲海とはまさしく海という表現がふさわしい程の水たまりなのだが、それを突っ切る2人には水滴の一粒すら付いていない。

 ジンが入る前に自身とメアにバリアをかけたからだ。

 便利なものである。



「もうすぐ雲を抜けるかな」


「あっそうだ。ジン、聞きたいことがあったんだけどさ」


「どうした?」


「なんで僕ら空中に飛ばされたの?転送するなら地上でよくない?」



 そう、彼らが空中にいたのは決して偶然だとか前回書いていた魔術式が間違っていたとかいう理由ではなく、わざとである。

 メアはそのことはすでに聞いていたが、理由までは聞いていなかった。

 無論このことにはまとめれば一言で言いあらわせる多くの理由があるのだった。

 実はすごく話したかったしメアがいつ聞いてくるか楽しみにしていたジンが、それまで考えていた長ったらしい説明をメアにしようとしたその時、メアが言った。



「手短かにね」


「えっ手短かに?」


「手短かに。今話し始めたら多分、ジン地面にぶつかっちゃうよ」



 釘を刺された。

 読まれてたか、とジンは思う。

 しかしメアの言う通り、彼が考えていた話を全部言っていればジンは地面にぶつかるどころか地下深くまで埋まっていただろう。

 渋々ジンは一言で言いあらわすことにした。



「あえて言うならそう、地上だと転送先の座標指定が面倒くさいからかな?」


「うわ短っ」



 一言で済むことをどんだけ長く説明しようとしてたんだ…。改めてメアは戦慄した。

 そんな話をしている間に視界が開けた。どうやら2人は雲を抜けたようだ。彼らはそこで浮遊して落下にブレーキをかける。

 そして同時に、2人の眼前に広大な異世界の景色が広がった。



「雲を抜けたな。ここが…」


「異世界!………なんだよね?」



 が、2人の反応は微妙だった。


 だがそれも無理はない。

 雲を抜けた彼らが見た景色とは、広大な森と獣道が作り出すわずかな森の切れ目。

 たしかに綺麗といえば綺麗だが、この程度の景色ならば元の世界にも存在する。



「ジンー。ここホントに異世界なのー? 間違って元の世界の空に飛ばされたわけじゃないよね?」


「いやいやそんなはずは…」



 ない、とは言えない。

 少なくともこの景色のみではここが異世界だという証明にはならない。

 どうしたものかと周りを見回すジンの視界に、1つのモノが映った。



「いや、多分ここは異世界だよ」


「なんでさ?」


「下見てくれ」


「下?」



 そう言われて下を見たメアも気づく。そこには列をなして進む大規模なキャラバンがいた―――ただし、舗装されていない道を。

 ははぁん、とメアも納得する。



「なーるほど。あの規模のキャラバンがイマドキ整備された道を使わないなんてありえない。つまり…」


「彼らは道を知らないか、民間が使える整備された道がまだないかのどちらかだ。まあ推測の域は出ないけどね。あのキャラバンが僕らの知らない原始文明に所属している可能性もある」


「もしくは道を使えない事情があるとか? でもどっちにしろ問題ないけどね。人に出会えたんなら、旅人を装っていろいろ確認すればいいよ」



 でも初遭遇が商人かー面倒だなー、とボヤくメア。

 そんな彼女を端目に隊商の観察を続けるジンは、あるものに気づく。

 キャラバンが進む荒れた道、それを挟む森に何かの気配がある。しかもそれはひとつふたつではない。



(気配?隠れていたのか?)



 昼間とは言え深い森。

 その中にあるものを探るのは、最高位の魔法使いであるジンでも少々の時間がかかる。

 加えてここは異世界。

 己の知らない場所に来たからには、彼が慎重になるのも無理からぬことだ。



 しかし、その慎重さが命取りとなった。



 森の中を注視したジンが見たもの。

 それは黒い外套をまとった人間たちだった。

 しかもその一人一人が、鋭い暗器を持っている。


 キャラバンが通る道を挟んで隠れる、凶器を持った人の群れ。

 その正体も狙いも、もはや明白であった。



(盗賊………!)


(狙いはあのキャラバンか! まずい、連中囲まれてることに気づいてない!)



 思考をまとめるや否や、ジンはメアに呼びかける。



「メア!」


「んーどしたん?」


「盗賊だ!下の商人たちを囲んでる!急がないとマズイ‼︎」


「っ⁉︎」



 メアは一瞬驚くも、すぐさま意識を切り替える。


 私が飛んでいくよりメアに掴まって行った方が早い、そんなジンの思考を読み取ったメアは、体を上下に反転させ高速落下の姿勢になった。

 ジンはすぐさま彼女の肩を掴む。



 そして彼が肩を掴んだことを認識した瞬間、彼女の足がわずかに変貌し


 その足が空を蹴った瞬間、1人と1匹は一つの流星となり、地面へ落ちて行った。



 メアの力を使った高速移動。

 それによって空中にいた彼らと隊商の距離は、みるみる縮まっていく。

 しかしそれだけでは間に合わない。

 彼らが飛んだその瞬間、盗賊たちがキャラバンに襲いかかったからだ。



(クソッ!)



 ジンが魔法の詠唱を始め、そして一瞬とせずに呪文を完成させた。

 まるで映画のコマが変わるかの如く、瞬時にジンの周りに形成される光の矢。

 そして



「『輝く矢(ブライトアロー)』!」



 ジンの魔法に呼応して、全ての矢が放たれる。

 文字通り光の速度で動く()()()は、主人の指令通り盗賊ではなく地面を撃ち抜いた。



(よしっ!)



 だがそれこそが彼の狙い。

 突然空から降ってきて彼らを掠めた矢が、盗賊たちの足を止める。

 その全員が、突如として降り注ぐ光に驚き戸惑っている。



 それから一秒と経たずにジンたちは馬車の一つに着地した。

 ただし、ジンが再び作り上げた矢の群れとともに。



 着地と同時に、ジンはもう一度矢を放つ。

 そのなかには、さっきはなかった殺傷力のない矢も混ざっていた。

 数人の盗賊にその矢が当たり、そして気絶して倒れた。



 突然現れた魔法使いに仲間をやられた盗賊たちの行動は、三種類に分かれた。

 一つは倒れた仲間を背負って逃走するもの。

 一つは仇を討つと言わんばかりに魔法使いに突進していくもの。

 そしてもう一つは、その場にとどまり狼狽えるもの。



 まだ向かってくる盗賊の姿を確認したジンは、舌打ちしながら3度目の詠唱を行う。

 詠唱完了とともに生まれる矢の壁。

 しかも今度は前回の数十倍、千を超える数の矢が形成された。



 その矢の数を見て、盗賊たちは理解した。

 魔法使いは手加減していたのだ。

 1度目は牽制。

 2度目は警告。

 そして3度目は…。



 まだ戦おうとしていた、あるいは狼狽えていた盗賊たちは、ようやく状況の悪さを悟り投げ始める。

 逃げ惑う彼らの背中に、今度は光の矢が放たれることはなかった。



「…メア、どうだ?」


「ん、多分大丈夫。全員逃げてる」



 メアに確認してもらってから、ジンは魔法を解き光の矢を消し去った。



「はぁ。まさか、異世界に来て早々トラブルに首を突っ込む羽目になるとはなぁ」


「まだ解決してないけどね、これ」


「だな」



 ため息をつくジンに応えるメア。

 だが彼女の言う通り、まだアクシデントは終わっていない。

 馬車から降りて来た商人たちが、同じく馬車から降りた2人をいぶかしげに見る。

 当然だ。商人たちからすれば、彼らは突如として空から降りて来て盗賊たちを追い返した魔法使い。

 そんなもの盗賊以上に意味不明だ。

 助けられたことはわかるが、その理由もわからないのでは信用のしようもないだろう。

 どうしたものかとジンが考えていると、商人の1人であろう老人がジンとメアに話しかけてきた。



「はじめまして、魔法使い殿。助けていただき感謝しますわい」


「いえ、お気になさらず。旅をしている最中に、偶然通りかかっただけですから」


「旅、ですかい」


「ええ」



 老人は、青年と少女の服装を確認する。

 旅人の服装と言うものは、決して完全に清潔であることはありえない。特に、乗り物を使わない旅は…。

 故に、彼らが旅人であるかは服装を見れば分かる、そう老人が考えることは至極普通のことであった。

 だからこそ、ジンにとっても予測は容易い。老人の視界が移る一瞬の隙に、ジンは魔法を唱えた。



(…『賢者の宝石(ワースレス・プライズ)』)



 ジンが静かに魔法を唱えると、ジンとメアの服に薄い霧がかかり、消えた。

 彼が唱えた魔法、その力とは、価値あるものを無価値に見せること。ゆえに



(ふむ、服が土に汚れている上、上等なものでもない…。旅人というのは、とりあえず信じても良いかのう)



 2人の()()()()()を見て、老人はそう納得した。



「どうかしましたか?」


「いえいえ、なんでもありませんわい。申し遅れましたの、儂の名はヨーズ・ゴンガ。このキャラバンの長を務めております。旅人の魔法使い殿、あなたのお名前は?」


「私は、ジン・オールズハルトというものです、ヨーズさん。そしてこの子が…」


「メアリストム・オールズハルト。以後よろしく〜」


「ジン殿にメアリストム殿ですか。旅の最中と言っていましたが、なぜこのような場所を通っておったのです?」


「ああ、それはですね。恥ずかしながら、道に迷ってしまいまして…。そこに皆様が通りかかったものですから、道を確認しようかと考えたところだったんですよ」



 至極自然に嘘を塗り重ねるジン。だがそれが功を奏したのか、老人から向けられる疑いの視線はすこしずつ緩くなる。



「おや。道に迷うとは災難ですなぁ」


「ええ。そちらも災難でしたね?まさかこんな森の奥で盗賊に襲われるなんて」


「いやはや、まったく。こんな距離になるまで盗賊に気づかんとは…」


「仕方ありませんよ、連中うまく隠れてましたから」



 そこまで言って、ジンは黙り込む。突然静かになったジンに、メアが小声で話しかける。



(ジン、どーしたの)


(…いや、なんでもない。それよりいいことを思いついた。話がそっち行ったらてきとうに合わせてくれ)


(ふぅん?りょーかい)



 メアの方に向いていたジンの視線が老人に戻り、再び話し始める。



「そこでですね、ヨーズさん。提案があるのですが…」


「ほう、提案?」


「先ほどの盗賊たちが戻ってきて、もう一度このキャラバンを襲うとも限らない。ですから、我々が皆さんを護衛する、というのはどうでしょう? 我々も道を知りたかったところですし」


「護衛を?…ふぅむ」



 そう言って老人は俯いて考え込み始めた。ジンとメアは再び小声で話す。



(渋るか。すこし唐突だったかな?)


(しょうがないんじゃない。タイミングここ以外ないでしょ)


(それもそうだが)



 そんな会話をしていると、老人が顔を上げた。2人は会話を切り上げ聞く。



「たしかに、その通りですな。あの規模の盗賊は我々では対処できますまい。積荷が奪われては大損ですしのぅ…。報酬はどの程度のものを?」


「そうですねぇ…。目的地に着くまでの食料、それと着いた後にわずかばかり路銀をいただければ」


「その程度でしたら構いませんわい」



 老人がジンに手を伸ばす。どうやら握手を求めているようだ。ジンは老人の手を掴む。






「では、改めてよろしくお願いしますぞ、魔法使い殿。あなたに、我々の命運を預けますわい」


「ええ、こちらこそ。必ず皆さんを目的地まで無事に届けて見せましょう」











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