年上で美人でも何でもできるわけではございませんので
「お兄ちゃん、とてもかっこいい彼氏ができたよ……」
まだ12歳の妹のユキに彼氏ができた。
詳しくは話してくれていないが、俺よりも年上らしい。
俺より年上で、仮にユキと結婚した場合、俺はその人をなんと呼び、俺はなんと呼ばれるのだろう。
いや、そんなことは問題ではない。
問題は、4つも下の妹に先を越されたことだ。
おっとりしてて無口なユキが彼氏を作るとは思わなかった。
ユキは昔からどこにいくにも俺についてきて、ずっと俺は頼られていた。
そうやって頼られるのは嫌じゃなかったし、むしろ誇らしかった。
だが、彼氏ができてからのユキはそういうことをしなくなった。
しっかりすることはいいことなのだが、なんとなく心にぽっかり穴が開いた気分だった。
「トシオ? どこか出かけるの?」
「うん、ちょっと散歩してくるわ」
気分が落ちつかず、外に出てのんびり風に当たることが多くなった。
「彼氏彼女か……。俺にも先のことだと思ってたんだけどな」
俺の知り合いには、あまり彼女を作っている友人がいない。だからこそ、まだ焦る必要がないと思っていた。
だが、身近な年下である妹に彼氏ができたとなると、兄としては焦らざるを得ないのである。
「彼女でも作れば、この気分も落ち着くのかな。ユキみたいな落ち着いた年下の頼ってくれる子がいればな……」
ほとんど上の空で歩いていると、いつのまにか3駅も離れたところまで歩いていた。
「いかんいかん、のんびりしすぎたな……?」
気づいて戻ろうとすると、近くの公園のベンチに女性が座っているのが目に入った。
ただそれだけなら、俺は気に留めなかっただろう。だが、その女性が泣いているように見えて、それがものすごく気になってしまったのである。
「これは出会いのチャンス!? 声をかけてみよう。ここなら、俺の近所じゃないから、悪評は広まらない!」
決意を口に述べて、その女性に近づいていく。
「お」『お姉さん~! 1人~?』
思い切り乱入された。いかにもチャラ男っぽいやつに。
「あ、ごめんなさい~。私髪を染めてる不真面目な人は嫌いなんです~」
空気が凍った。何どストレートに言ってんだこの人。
「な、なんだと!? 人が心配してやってるのに……」
「あ、じゃあ結構です~。というより染めてないとしても、明らかに私の体を見渡してニヤニヤしながらよって来る人は信用できません~」
ストレート2球連続。なんだこの人。
「このやろう!」
チャラ男が激昂して女の人を殴ろうとする。
「いやいやいや。落ち着いてください! 暴力はまずいです」
ずっと経緯を呆然と見ていたが、さすがに手を出そうとしたのは止めに入った。
「あ? なんだお前は。この女の知り合いか?」
「いえ、そんなことはないんですけど。あなたの声が大きいんで、さっきから見られてます。公園には人いないんですけど、さっき歩いてた人が何人かこっち見てて、電話をかけてました。もしかしたら、警察が繰るかもしれないです。そうなるとお互い面倒くさいじゃないですか」
「……ちっ」
チャラ男は俺と女の人を交互に一瞥してから、公園を出て行った。
「ふぅ、余計なことはするもんじゃないな。やっぱり地道に女の子を捜そう」
いつもと違うことをするから、いつもと違う目に会う。こんな純文学の戒めみたいなこと起こるもんなんだな。
そして、女の人に声をかけ、すぐに帰ろうとした。
「大丈夫でしたか」
「うん、ありがとう」
先ほどあんなことがあったばかりなのに、ずいぶんと落ち着いた様子である。見た目で分かるほど大人って感じだもんな。しっかりした人だ。
「じゃあ私は帰るから、君も気をつけて帰ってね」
そう言って女の人は立ち上がった。身長でかいな……。
俺は165センチしかないやや小さめの身長を気にしているが、それでもクラスの女子には負けない程度だと思っていた。
だが、目の前の女性は170を余裕で越えている。しかも出るところが出ていて、スタイル抜群である。こんなモデルみたいな人生身ではじめて見た。
妙に儚げな表情も妖艶さがある。そのまま姿勢のいい歩き方で、俺の横を通っていった。
ガン!
ん? 何の音だ?
振り返ると、先ほどのお姉さんが倒れていた。
「え? だ、大丈夫ですか?」
あまりの急展開に、驚いてかけよる。
「ご、ごめんなさい……。ちょっと腰が……、抜けてしまって~」
「大丈夫じゃないじゃないですか」
まぁでもいかにもヤンキーな人に絡まれたら女性ならびっくりしてこうなっても仕方ない。
「家はどちらですか? 家に連絡して迎えに来てもらったほうがいいんじゃないですか?」
「今日はお母さんがいると思うけど~。携帯電話を持ってこなかったの~」
「だったら……、あ、俺も持ってない……」
普通に散歩に出ただけだったから、電話どころか財布もない。
「家近いんですか?」
「うん、近いよ~」
「じゃあ俺が手を貸しますから、一緒に行きましょう」
「え、いいの~」
「いや、この状況で見捨てたら、俺が家に帰ってから気になりますよ」
「あ、ありがとう~」
俺が手を出すと、女の人は手を差し出してくる。身長は大きいけど、手は俺より小さいんだな。やっぱり女性か。
「お名前を聞いてもいいかな~?」
「あ、すいません。田中トシオです。16歳です」
「うん、私は町田イチノ、20歳よ~」
やっぱり年上か。しかも結構年上だ。
「よろしくお願いします。町田さん」
「うん、トシオくん。よろしくね~」
そのまま手を引いて、町田さんの案内に従って歩いていく。
そして、無事に家の前に到着する。その間とくに会話があることもなかった。
「ありがとう~」
「俺は特に何もしてませんよ」
「そんなことないよ~。謙遜しないで~。驚いちゃったし、腰も抜けちゃってたし、1人じゃ帰ってくるの難しかったと思うんだ~。だから、居てくれて嬉しかったよ~」
「あら? イチノちゃん? そっちの子は誰?」
「あ、お母さん~」
そのタイミングでちょうど、町田さんのお母さんが帰宅してきた。
まぁ言われなくても俺は気づいたかもしれない。
髪は町田さんがショートなのに対し、お母さんがロングという違いはあるが、町田さん同様高い身長と、独特のおっとりした雰囲気は、町田さんを更に大人にした感じというものだ。というか、いくつなんだろう。俺の母さんより若く見える。
「あ、どうもはじめまして。田中トシオです」
「えーとね~、私が歩けなくなってるところを、助けてもらったの~」
「あ、そうなの? 娘がお世話になったみたいね」
「い、いえ」
「もし良かったら、また助けてあげてね。この子は本当にぼんやりしてるから」
「え~、そんなことないよ~」
「そんなことあるわよ。また今月の食事代をつかっちゃって、お昼を先輩に分けてもらったんでしょ。20歳にもなって恥ずかしくないの」
「私何も言ってないもん~。くれたんだよ~」
「お腹を鳴らしてたんでしょ。また」
「……、それはそうだけど~。もう、お母さんのいじわる~」
そう言って、町田さんは家に入っていってしまった。
「ごめんなさいね~。変なところ見せちゃって」
「いえ、町田……、イチノさんは大人ですから、しっかりしてますよね?」
「ううん。あの子は側に誰かが居ないと危険よ。いっつもポヤポヤしてて、気を抜くと道にも迷うわ。大学も2人頼れる先輩がいるから、安心して任せられるけど」
「そうなんですか」
「でもね、最近元気が無かったのよ。その2人の先輩が、彼女を作っちゃって、イチノばかりに気を配っていられなくなったから、自分なりにしっかりしようとはしてるみたいなんだけど……」
「2人の先輩って男だったんですか」
「女の子の友人ももちろんいるけどね。ただ、本当にイチノちゃんをちゃんとフォローしててくれたのは、あの2人だったわ」
「ほかの男の人はいないんですか?」
「あの子見た目に反して、男の子へのガードは意外と固いのよ。だまされたりしないように、ぼんやりしててもいいけど、男の人は簡単に信用しないように躾けたから」
確かに、ただの世間知らずのおっとりな人だったら、相手がヤンキーでも、親切っぽいことを言われたことに、笑顔で受け入れるだろう。でも、俺が見たのは、やや言いすぎかとも思うほどの拒絶であった。
「あなたで3人目かしら? 家まで連れてきた男の人は」
「いえいえ、ただ単に腰を抜かしたので、歩けなかっただけじゃないですか?」
「そんなこと無いわ。あの子は男の人の手を触ることも基本的にはしないもの。だから、君は信用されてるってこと。だから、もしよかったら、あの子を助けてあげて。トシオくん」
「まぁ、縁がありましたら」
「うん、そうね……、縁があったらね」
そして俺はその場を去った。
そろそろ暗くなるし、その前に帰らなくては。
それにしても、お母さんの別れ際の笑顔が気になるな。
3駅離れていて、俺もめったにこっちにはこないから、これっきりになると思うのだが。
「お兄ちゃん、今日も出かけてくるね」
次の休みの日、ユキが朝から出かけていった。
基本的に朝の弱いユキは友人と遊ぶとしても、午後からが基本で朝は寝ている。
だから、そんなユキが早めに出るということはそれだけ重要な用事と言うことである。それはおそらく、最近できた彼氏と出かけるためだろう。
「……なんであの人がいるんだろう」
妹を見送って反対側を見ると、女性が1人電柱の影からユキのことを見ていた。
まったく影に隠れ切れていないその女性は間違いなく町田さんである。
俺が電柱のほうに行っても、全く動こうとしない。本当に隠れているつもりなのだ。
「何してんですか。町田さん」
「わっ」
普通に声をかけただけなのに、相当驚いていた。
「あ、トシオくん~。どうしてここに~?」
「そりゃここが俺の家の近くですから。町田さんこそ何してるんですか?」
「ここは私がたまに歩く場所なの。そしたら、ユキちゃんがいたから……」
「ユキのこと知ってるんですか?」
「うん。私の先輩の彼女さんなの~」
「え、町田さんの先輩ってことは……、ユキの彼氏って……」
「苗字一緒だなって思ったけど~、トシオくんはユキちゃんのお兄さんなんだね~」
意外なところで、俺と町田さんにやや遠いがつながりがあった。町田さんの先輩の彼女が俺の妹なのか。
「うん、ユキちゃんの彼氏は21歳だよ。でも、止めないでね~。ユキちゃんから告白したんだしね~」
「いや、別に邪魔をする気はないんですけど。あいつが選んだことですし、多分、反対されるかどうかじゃなくて、単純に恥ずかしかっただけだと思います」
仮にも兄妹の関係だから、なんとなく考えていることくらい分かる。
「じゃあ、ユキに会いに来たんですか?」
「ううん、ここがユキちゃんとトシオくんの家だったのは偶然。ユキちゃんは純粋に可愛くて好きだからいいんだけど」
ちょっとだけ笑顔が影を落として、語尾が延びなかった。
お母さんは言っていた。2人の男の先輩に最近彼女ができたことを。
もしかしたら、町田さんはその人のどちらか、あるいは両方を慕っていたのかもしれない。
だから、その彼女である俺の妹のユキに会いづらいのかもしれない。
あくまでもこれは俺の予想でしかないが。恋愛をしていない俺が言えることではない。
「せっかく会いましたから、どこか行きますか?」
余計なお世話とは思いつつも、いつの間にかその言葉が口から出ていた。
「え~? でもいいの~?」
すごく満面の笑みで返された。俺の感情はよく分からなかった。同情なのか、心配なのか、それてもそれ以外の感情なのか分からないが、町田さんとなんとなく一緒にいたくなった。
「はい。俺は20歳の女性が喜べる遊びは知りませんが、もし散歩されてるんでしたら、一緒に歩くくらいなら」
「うん、一緒に歩こう~」
そして、俺と町田さんは2人で町を歩いていた。
つくづくこの人は美人である。
高身長で好スタイルで、おっとりとした物腰が見た目から伝わり、服のセンスも抜群にいい。
道を歩く人が、時々こちらを振り向き、横に居るのが微妙に心地悪い。
その視線を特に気にすることもなく、堂々と歩いている。慣れてるんだろうな……。俺は横に居るだけでも気になって仕方ないのに。
しかもよく見ると、女性にまで見られている。このレベルまで来ると、嫉妬の対象にすらならないということか。
「なぁお姉ちゃん。そんな子供と一緒じゃなくて、俺と一緒にどこか行かないか? 楽しい場所知ってるぜ」
ずっと遠巻きに見ていた男の1人が声をかけてくる。
育ちがよさそうでありながら、世間知らずっぽいおっとりした雰囲気の町田さんは確かにチョロそうだから、ナンパされやすそうだ。
「私は、トシオくんに誘われて、それを了承しましたから~。他の人とは行けません~」
だが、ガードは固い。俺を理由に次々と撃沈させる。
相手が粘ってくればくるほど、やんわりとしながらも、明確な拒絶を示す。断りなれてるのがよく分かる。
断りなれているということは、よく声をかけられるということか。
「すごいですね町田さん。めちゃくちゃモテるじゃないですか」
「どうして皆私に声をかけてくるのかしら~? 他にも人はたくさんいるのに~」
この人自分がなんで声をかけられるか分かってないのか!
「町田さんが美人だからじゃないですか? 昔からモテていたでしょう」
「……。そんなことない……。私を本当に好きになってくれる人は……。私が本当に好きになる人は……。私と一緒にはいてくれないから……」
あれ? なんか地雷踏んだか? 空気が重くなった。
「ごめんなさい~。今日は帰るわ『ガン!』」
そして帰ろうとしたのだが、真後ろに看板があって思い切り頭をぶつけていた。あ、あれは痛い。
「うう……」
あ、完全に涙目だ。
「あ! 頭から出血してます! とりあえずこれで抑えて……、うちに行きましょう!」
俺は彼女を家まで案内することにした。病院は遠いので、後々呼ぶにしても応急手当は必要だと思ったから。
「はい、これで大丈夫ね」
急いで家に連れて帰り、お母さんに事情を説明した。
驚いてはいたが、すぐに手当てをしてくれた。
「す、すみません~」
町田さんは頭を包帯で処置し、ソファー型のベッドに寝かされている。
「いいのよ別に。頭のことだから、一応少し安静にしてなさい。あなたのお母様にも連絡をするから、番号を教えて頂戴。迎えに来てもらって、病院に行くか行かないかは、そちらに任せることにするから」
「はい……」
町田さんから番号を聞いて、母さんが部屋を離れていく。
「大丈夫ですか? 痛みませんか?」
「ううん。ごめんなさい~。せっかくの休日を無駄にしちゃって~」
「それは別にいいんですけど……」
「う……、うわぁぁぁぁぁぁん…………」
「え……?」
町田さんが泣き始めた。しかもじんわりとした泣き方ではなく、マジ泣きである。手で押さえても涙を隠せず、泣き声が部屋に響き、微妙に手足もばたついている。
完全に子供の泣き方だ。大人になったら、親が死んでもこんな泣き方はすまい。
「え、え~と」
「幻滅したでしょう? 腰は抜かしちゃうし、頭はぶつけるし……。私は何もできないの……。何もできないのに、周りが勝手に大人っぽい、できるって言ってくるから、本当の自分なんて隠さないといけなかったの。料理もできないし、掃除も洗濯も何もできない。かといって、趣味があるわけでもないし、勉強ができるわけでもない。ほんとに何もできないの。それで、勝手に期待されて、勝手に失望されて……。辛かった」
「…………」
おっとりした表情も、ほんわかしたしゃべり方もなく、ただただ、思いのまま感情をぶちまけていた。
出会った2日目の俺にそこまで話すのはなぜかと思ったが、そこを今は突っ込まないでおく。
「私が悪いことは分かってる……。でも、私家事が本当にできなくて、勉強もきちんとできなくて……。それでも私の本当の姿を知っても助けてくれる人はいたけど、そう言う人は素敵だから、私じゃない人を好きになるの……。女の子の友人も、気にかけてくれるけど、やっぱり男の人を優先されちゃうし……」
そこまで言って、また町田さんはすすり泣き始めた。
能天気かと思っていたら、意外と繊細だった。そして、俺もこの人を万能なお姉さんだと思っていたが、何もできないことを自分で言ってきた。
正直に言えば、俺に言われてもという感じだが、同時になんとかしたいという気持ちも出てきた。
まるで昔のユキのような感じがした。
ユキはある時を境に、料理を覚えたり、俺と一緒に出かけることが無くなったが、それまではずっと俺に
ついてきていて、頼られていた。
頼られることは嬉しい。だから、俺は自分を頼ってくれる人をいつの間にか望んでいた。
この人は4歳年上だが……、もしかしたら……。
「あのー町田さん」
「何……?」
「俺ですね。ここ最近妹が兄離れしまして、俺を頼ってくれる人がいなくて寂しくなってたんです。ですから、俺を頼ってくれる年下の甘えてくれる子がいればな~ってずっと思ってたんです」
「……」
町田さんは俺が何を言いたいのか飲み込めないようで、特に何も言ってこない。
「なので、俺は、いろいろたくさんできる人よりも、駄目な人を見るとほっとけなくて、手を出してたんです。ですけど、そう言う人に好きになってもらうことはできませんでした。親切にしてるのに、どうしてかな? って思ってたんですけど、町田さんのおかげで分かりました。そう言う人は、自分ができないことをコンプレックスに思ってるんですね。できないなら任せるというのが嫌だったんですね。できないけど、できるようになりたいという気持ちがあったんですね。それに俺はようやく気づけました」
「うん……、それを知ってるから、あまり男の人に好きになっても積極的にいけなかった。やっぱり家事ができる人の方がいいだろうし……」
「俺でよかったら、一緒に頑張りませんか?」
「え……?」
「俺、駄目な人が好きなんです。でも勝手に俺より年上の人は、俺よりできると思ってました。俺の周りはそうだったんで。でも、年上の人にいうのは失礼ですけど、町田さんなかなか駄目みたいじゃないですか?」
「でも……、君が頑張ってくれて、私が君の理想じゃなくなったら……」
「それならそれでいいですよ。俺がいろいろ教えたのに、俺の好みじゃなくなるとか、俺のことを見てくれなくなるとか、最高に駄目な人じゃないですか? 俺は頼られたいだけですし、町田さんが俺の好みじゃなくなったら、フラレても俺にダメージないですし」
「ふふ……、何それ~。十分トシオくんも駄目だよ~。女の子に告白みたいなことをしてるのに、フラレるかもしれない話するなんて~」
確かによくよく考えて見ると、結構ひどいことを言っている。
だが、涙を流しながらも、町田さんは笑顔になっていった。
「そうです。だって、まだ俺は町田さんと会って2回目なんですから。町田さんのためじゃないです。俺の欲求を満たすために、町田さんを利用してるだけですよ」
「じゃあ、私も、家事ができるようになるまで、トシオくんを利用していいってことかな~?」
「そうです。これならお互いを求め合えますし……。一緒にいましょうよ」
「私と付き合ってくれるの……?」
「今の町田さんは俺の好みですから、町田さんさえ良ければ。付き合いましょうか」
それを言った瞬間に、町田さんに抱きつかれた。ユキとは明らかに違う女性の感触であった。
「よろしくお願いします。でも、絶対私からは振らないからね~。せっかく見つけた私が好きになって、私のことを知って、私を好きになってくれた人なんだから~」
「そこは、町田さんが……」
「イチノでいいよ……、付き合うんだから……」
「はい、じゃあイチノさん。多分俺が家事を教えて、できるようになれば、どんどん俺の好みじゃなくなるかもしれないです。それでも、俺がイチノさんを好きでいれるようにするなら、イチノさんが俺の好みを変えるくらいに魅力的になってください」
「もう、4歳も年下なのに、我侭言って~。でもありがとう。大好き~」
「イチノちゃん。迎えにお母さんが着てくれたわよ~」
「大丈夫イチノちゃん?」
そして抱き合った状態のままでいるところを、両方の母に見られた。
驚くこともなく、まさかの祝福である。
それから、母さん同士が仲良くなり、2人で遊びに行っている姿がよく見受けられた。
さて、それからというと、イチノさんは時間があれば俺の家に来るようになった。
イチノさんは本当に家事のセンスというものがなく、量は測らない、整理整頓ができないなど、前途多難であったが、実に教えがいがあった。
そして、時々一緒に過ごしたりして、どんどんお互いを知り合っていった。
時間はかかるだろうが、イチノさんが駄目じゃなくなっても、きっと俺は一緒にいるだろうと、思うようになった。
もちろん、そんなことは言わないけど、大好きですイチノさん。