幽霊幼馴染
「そういえばお前なんで俺に触れるんだ?」
しばらくして俺がとある疑問を口にした。
普通、幽霊が生きている人間に触れることなんてないはずだ。
もしそんなことがあったら、生きている人間は普段からポルターガイストやら見えない何かに道を阻まれているはずだ。
なのに、風花は生きている俺に触れている。
これはどういうことなんだ?
「んー?。私にもわかんない」
「わかんないって……」
「だって触れるようになったの大地が飛び降りてからだもん。それに触れられるのは大地だけだし、あとは大地が触っててくれないとなんにも触れないよ」
どういうことなんだろう。
風花の話だと死んでから幽霊として目覚めてからずっと俺の近くにいたらしいが、俺に触れたりはできなかったらしい。
声を出しても気づいてもらえないし、いたずらしても誰も気づかなかったと言っている。
それなのに俺が飛び降り自殺を試みてから俺に触れて、俺に触れているときだけ他の物にも触れている。
それに俺が幽霊を見えるようになったのも自殺を試みてからだ。
「あれか? マンガとかでよくある死にかけた人間が幽霊を見えるようになるっていうあれ」
「そうなんじゃない?」
風花は俺の話に興味なさそうに空中に浮きながら適当に相槌を打ってくる。
「お前にも関係あることなんだから少しは真面目に聞けよっ」
俺が少々強い口調で言う。
すると風花は「しょうがないなー」と言いながら空中で胡坐をかく。
空中で胡坐かくなよ。見ちゃいけないものが見えるだろ。
俺は風花から少し目を逸らしつつ話を再開する。
「お前、幽体離脱みたいな状態なら体に入れば元に戻れるんじゃないか?」
「あーそれダメだった」
実践済みだったらしい。
「ほかにも、思いつくことは全部試したけどもとの体に戻れなかったよ」
「んー」
俺が腕を組み頭をフル回転させるが何もいい案は思いつかない。
「それよりさ。なんかおもしろい話しよ!」
風花が俺の近くまで来てそんなことを言った。
「お前生き返りたくないのか」
「生き返りたいけど、今無理して考えることないよ。この体も結構便利だし」
風花はそういうと病室の壁をすり抜けて、壁から首だけをこっちの部屋にのぞかせる。
結構怖い。
「でもさ……」
「いいんだよ。それより私、久しぶりに大地といっぱい話がしたいなー」
風花は頭の後ろ辺りで両手を組みながら真底退屈そうに言った。
そうか。風花はここ何日か誰とも話してないんだ。
俺に声をかけても、誰に声をかけても、誰も返事してくれない。
触ろうとしても触れない。
それは相当辛いことなのだろう。
今日ぐらいは優しくしてやるか。
「そうだな。でも基本死んでから俺のそばにいたんだろ?話すことなんて……」
「いっぱいあるよ! ねえ大地、私が死んでそんなに悲しかった? 私と話せなくて辛かった? ねえねえねえー」
そっか。いつも近くに居たってことは俺が泣いてたのも、こいつの名前を何度も呼んでたのも全部知ってるのか。
って……
それってかなり恥ずかしいような。
「ねえねえねえ。だーいーちー」
風花がどんどん顔を近づけて来る。
「あーうるさい!」
風花の頭にチョップを入れてやった。
「痛いなーもう」
風花は頭を擦りながら小さく笑った。
こんな当たり前の出来事が俺は、おそらく風花もたまらなく楽しい。
死んでも風花は何も変わってなかった。
入院してから三日で退院して自宅休養することになった。
自宅休養も三日でいいらしい。
どうやら屋上から飛び降りた際、下に大きな木があって、その木の枝がクッションになって俺の体は骨折どころか骨にひびの一つもなかったらしい。とはいっても無傷というわけにはいかず、全身打撲やらなんやらで痛い。
運がいいんだか、悪いんだか。
まあ、生きた状態で風花に会えたんだから運が良いのだろう。
「ようやく病院の味気ない飯とはおさらばだ」
「ご飯が食べられるだけいいよ。わたしなんて食べられないもん」
俺が病院のご飯に悪態をついていると、空中に浮いている風花が文句を言ってきた。
「でも何も食べなくても腹は空かないんだろ?」
「そうだけどさー、やっぱおいしいもの食べたいじゃん」
確かにそうかもしれない。
俺らは普段お腹が減ったら何か自分の好きなものを好きなだけ食べて、嫌いなものは食べなければいい。そんな生活を送ってきた。
でも風花は死んで幽霊になってから一度も食事を取っていないらしい。
まあ、幽霊なんだから物に触れないし、食べ物なんか食べられるはずもない。
そんな風花からしたら病院のまずい飯でも食べられている俺がうらやましいのだろう。
ちょっと悪いことを言ってしまった。
でもやっぱり病院の飯は不味い。
「あれ?」
「んー。どうかしたー」
風花が興味なさそうに俺の方を向く。
「今俺には触れたものを実体化させることができるんだよな?」
「そうだね」
どうやら俺は自殺を試みてから幽霊を視認できるだけではなく、俺が触っている幽霊を実体化させることもできるらしい。
俺が目覚めたとき風花が俺の腹の辺りに跨れたのはその効果のおかげだ。
あの後母さんが戻ってくるまで俺らはちょっとした実験をしたのだが、その結果俺が触れた霊体は俺が触れている間だけ実体化する。
ただし、実体化した霊体が普通の人間に触れることはできないらしく、視認もされない。
ただ物には触れることはできるようだ。
あとは声を届かせることはできないらしい。
風花を実体化させて近くのナースに話しかけてもらったが何の反応も見せなかった。
つまり、実体化できるが物に触れるようになるぐらいにしか特に効果のないというなんとも残念な実験結果だった。
「俺が触れてやってればお前飯食えるんじゃないの?」
俺が小さな疑問を口にした。
「そうかも!」
さっきまでまったく興味なさそうだった風花が急に話に乗り出した。
まあ久しぶりに何か食べられるのかもしれないんだから当たり前か。
「ちょっと待ってろ」
俺はまだ全身痛む体を無理やり動かし、下の階に置いてある適当なお菓子を持って自分の部屋に戻る。
「ほら」
部屋に入るなり俺は風花に向かってお菓子を放った。
「ありがとー。ほら早く私を実体化させてよ」
風花が催促してくる。
俺は仕方なしに風花に触れようとする。
そこで俺の手が止まった。
「どうしたの大地? はーやーくー」
「お……おう」
あれ? 風花に触るのってこんなに緊張したっけ?
普段なら何の意識もせずに触れるのになんで触れって言われるとなぜだか触れない。
いつもなら背中を叩いたり、手を触ったりできるのに意識するとこんなにも違うのか。
俺の手が全然風花の方に向かわない。
なんか変な汗まででてきた。
「もう! 早く触ってよ!」
「うおっ!!」
風花が待ちきれなくなったのか無理やり俺の手を引っ張って自分の体へと触らせる。
触らせられた場所は肩だった。
柔らかい。
風花の肩を触った最初の感想はこんな感想だった。
「わあー食べられる! 食べられるよだいちー」
風花はお菓子を食べられたことが相当嬉しかったのかどんどんお菓子を口に運んでいく。
でも俺はそんなどころではない。
さっきからよくわからない変な感情のせいで変な汗かきまくりだ。
五分ほどでお菓子を食べ終わった風花が満足げに俺のベットの上に寝っころがる。
俺はようやく解放された気分になり、肩の荷を下ろす。
「なんで大地疲れてるの」
「な……なんでもねーよ」
お前に触って変な気分になってましたなんて死んでも言えない。
恥ずかしいわ、あとでからかわれるわで俺に特な点はなにもない。
「ちょっと風呂行ってくる」
俺は風花のせいでかいた変な汗を流すため風呂場へと向かった。
「ふうーさっぱりしたー」
俺が風呂から上がり適当に頭をタオルで拭きながら自分の部屋へと戻る。
「大地遅い!」
部屋に入るなり風花が俺の目の前に現れ、待ってましたとばかりに文句を言い始めた。
よし。風呂に入る前の変な感じはもうしない。
「なんだよ。風呂くらいゆっくり入らせろって」
俺が風花の文句を適当に受け流すと、風花はまだ終わってないと言いたげな顔で俺の向いた方に現れる。
「私はその間暇なんだよ!」
「なら俺が風呂に入ってる時にお前は風呂場に来たいのか? 俺の裸体を見たいのか? ん?」
俺はいつもからかわれてる仕返しに少し意地悪してやろうと、風花を挑発するように嫌味ったらしい顔で言ってやった。
今の俺はさぞウザイ顔をしているのだろう。
「みたい!」
「ウソだろっ!!」
予想の斜め上どころか真上を行く返事が返ってきた。
「冗談だよ、だいたい大地の裸なんか小さいときにさんざん嫌ってほど見たよー」
嘘でよかったと心から安心。
幼馴染がそんな変態だったら俺は今すぐ風花と幼馴染という関係を断ち切っていただろう。
「小さいときってそれはお互い様だろ」
「そうか。私の体は小さいとき、すでに大地に汚されていたのか……」
「人聞きの悪いこと言うな!」
「まさかさっき風呂場に来たいのか? って聞いたのも私の裸が見たいからなんじゃ! 大地のエッチ!」
「うがー」
風花が少し遠い目で人聞きの悪いことを言い出し、俺のツッコミが対応できなくなって、とうとう俺は発狂した。
こっちがからかってやろうと思ってたのにこれでは逆に俺がからかわれている。
どうにか逆転できないものか。
「私から一本取ろうなんて大地には百年早いよ」
風花がいたずらな笑みを浮かべながら俺を見ている。
どうやら俺が風花に口で勝つにはあと百年はいるらしい。
俺。生きてられるかな? 無理だな。
俺はそうそうにバカな考えを止め、ベットに体をゆだねる。
「私も久しぶりにお風呂入りたいなー」
風花が宙に浮き天井を見ながらそんなことを言い出した。
「入らせてやりたいがそのためには俺が触れてなければいけない。必然的に俺も一緒だぞ」
俺が適当に答えてやると風花は胸の辺りを両手で隠し、体をよじって後ろを向いた。
「やっぱり私の裸が……」
「違う! 断じて! 俺の命に代えても」
風花がくだらないことを言う前に俺は大声を出して風花の声を遮断する。
こっちが真面目に答えてやってもからかわれるのだから困ったものだ。
「でもやっぱりお風呂入りたいなー」
風花はさっきまでのふざけた感じではなく、本当に残念そうな声でそう言った。
俺も入れてやりたいが俺と一緒なんて風花が嫌だろうし、俺も恥ずかしい。
どうにかして生き返らせてやりたいものだ。