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最強先生  作者: 兎原 月彦
通り魔編 表
9/15

先輩


 グラウンド側の、学校の建物で言うと保健室の前に、その花壇はあった。

 赤黄青と、色彩豊かな花が並び、その花に、水をやっている女子生徒の姿がある。

 ほんのり黄金色をした短髪で、腰が高く足が長い。

 彼女は、くあ、と口を開きあくびをした。

 

「綺麗な花ですね」


 女子生徒は、ちょっと驚いて、すぐ口を閉じ息を飲んだ。

 ゆっくりと横を見ると、そこに居たのは阿田内であった。


「なんだ先生か、脅かさないでよ」


「ぼくのことを知っているんですか?」


「知ってるも何も、ちょっと前に会ったでしょ。バレー部で」


「え?」


「はぁ、まぁ記憶に無いのは仕方ないけど。

 先生の殺人サーブを受けようとした部員の一人が、あたしだった、て話し」


「ああそうだったんですか。その説はどうもすみません」


 阿田内は、頭に手を置きながら、ぺこりと軽く頭を下げる。

 対する女子生徒は、思わぬ反応に困った様子である。


「いや、別に、怪我人とか出なかったわけだし」


 そう言って、阿田内から目を離して、花に水を与えている。

 何故か阿田内は、女子生徒の側を離れず、ニコニコしながら立っていた。

 さすがに女子生徒も気になり、阿田内に目を向ける。


「まだ何か?」


「綺麗な花ですね」


「それはさっき聞いたよ」


「あなたが大曽根おおぞねさんですか?」


 大曽根と呼ばれた子は目を開く。


「何で?」


「ユア ケイ オオゾネ?」


「そのノリは。ぜんぜん付いていけなけど、そうだよ。

 あたしが大曽根おおぞね けいですが何か?」


「笹倉さんの先輩の?」


 慧は、むっと口をつむぐ。

 阿田内はメガネをくいっと動かす。


(ここから大事かな)


 大曽根は口を尖らせつつ言った。


「あたしはもう何もしてないから」


「わかっているつもりです。でもできれば説明してもらいたい。

 何故、イジメを始めたんですか?」


「……あたしたちからすればイジメだなんて思ってないよ」


 阿田内は、もう少し何か悶着あるかと思っていたが、慧は素直である。

 意外と交渉が早そうだった。


「と言うと?」


「目にかけてる子に少し厳しいシゴキがあるっていうだけ。

 でも、それは伝統で、昔から行われてることだよ」


「シューズをズタズタに引き裂いたとか、机に花を置いていたとか、

 部のシゴキというには、少々行き過ぎではないですか?」


「それは、あたしじゃないし……あたしだけのせいじゃないし」


「でも大曽根さんがリーダーとなって、やっていたことです」

 

 大曽根は花に水をやるのをやめる。


「先生は! あたしのせいだってそう言いたいんでしょ? 

 追い込まれてるのはあたしの方だってのに」


「大曽根さんは、通り魔の正体が何か、知っているんですか?」


 言われて慧は、ぎりっと奥歯を噛み締めてから、震えた息を吐いた。

 先ほどまで、怒りを露わにしていたのに、表情が急速に冷えている。 

「先生には何も分からないよ。何が起きているかなんてさ」


「何があったんです?」


「先生が何が出来るっていうの?」


「ぼくは、この問題を解決したいと考えています」


「無理だよ、そんなこと」


「どうしてです? あなたの背後に何があるんです?」


 慧は辛そうに唇を噛んでから、言った。


「……先生は、さ。こんなあたしでも、助ける?」


「大曽根さんがすべてを離してくれるなら」


「分かった」


 慧は、スマホを取り出した。

 電話交換したいらしいのだが、阿田内も遅れて取り出す。

 操作して待っている慧だったが、阿田内は、そわそわしている。 


「先生何してるの?」


「いえ、何をすれば?」


「信じらんない! もう貸して」


 慧は、じょうろを地面においてから、ぱっと阿田内のスマホを奪う。

 阿田内はかなりの機械オンチで、スマホなど、お店で進められるままに、契約して持ってしまった感じだ。

 最新機種なのに、電話ぐらいしか使ったことがない。

 すべての操作をし終えて、慧は、阿田内にスマホを突き返す。 


「ははは、ありがとうございます」


「本当に頼りになるんだか」


 かっこ良く説き伏せたはずなのに、無様を晒した感じだ。 

 阿田内は、縮こまるしかない。


 慧は、腰に手を当てていたが、急に青ざめ緊張した顔になる。

 それは、阿田内に向かう視線ではなく、阿田内の背後に向けられたものだった。

 阿田内も、誰かが来る気配を感じ、後ろを振り向く。


 そこに女子バレー部の顧問である荒井の姿があった。


「大曽根、阿田内先生と何を話していた?」


「何も」


 じょうろを回収し、そそくさと撤収する大曽根。

 残された阿田内は荒井に向き直る。


「あの子に近づかないでもらいたい」


 阿田内が何か言うまでもなく、荒井に、ぴしゃりと言われた。

 引かずに阿田内も言った。


「近づくな、とは?」


「そのままの意味ですよ。

 問題があっても見て見ぬフリをしていただきたい」


「それは……難しい相談ですね」


 荒井の表情が一層険しくなる。

 剣呑な空気で満たされ、虫すら入り込む余地を与えない。


 軽い気当たりであったが、阿田内は、柔らかい表情を崩さなかった。

 心臓を刳るような荒井の瞳から、一切、目を逸らしていない。


(若干間合いに入っているか)


 阿田内の間合いよりは遠いが、何故か、荒井の間合いは足りているというのが伝わってきた。


 この、険悪な状況に、阿田内はむしろ、期待していた。


(何をするんだろう?)


 子供みたいな好奇心が、阿田内の目を輝かせる。


(打ってこないかなぁ。その方が楽しそうだ)


 いひっと阿田内の口元が笑う。

 荒井は、眉を潜めて、無言で背を向けて行ってしまった。


(何故?)


 突き放された悲しみが残された。

 拳を交わさなかったので、阿田内には、荒井の真意が分からない。


 阿田内は、かなり気持ち悪い部類の人間であることを、とうの阿田内自身は、まったく理解できていなかったのである。


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