表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強先生  作者: 兎原 月彦
通り魔編 表
8/15

その正体


 弓子の予定が合い、例の、畳の敷いてある部屋にて、弓子と二人となる阿田内。

 阿田内は、弓子と面と向き合い、正座で丁寧なお辞儀をする。

 弓子にはきちんとした道着を与えてある。

 

 ごほん、と咳払いをする阿田内。


「あーその、笹倉さん」


「はい」


「問題があるようでしたら、ぼくに遠慮無く相談してください」


 弓子は首をかっくりと横に傾けた。


「何のことですかぁ?」


「いえ、心当たりが無いのであればいいんです」


 弓子とはまだ、熱い信頼が無いことも事実。

 阿田内は、急いては事を仕損じると考えていた。

 ホットな凌ぎ合いで生まれる鉄の絆こそが、信頼であり絆なのだ。

 

「いいですか笹倉さん」


「はい先生」


殴り合いかたりあいでは、受け身が基本となります」


「はぁ」


「一方的な殴りかたりなどもっての外、むしろ相手のことばに全神経を集中し、受け入れなければなりません」


「メモメモ」


 弓子はどこから出したのか、メモ帳に、メモを取っている。

 だが、シャープペンが止まり、弓子は阿田内を見た。


「でもぉ相手の攻撃をいなして倒した方がいいのでわ?」


「倒したら何も分からないじゃないですか」


「え?」


「相手を心の内に取り入れることで、ことばが全身に伝わるというものなのです」


「それは具体的にどうしたら?」


「ふーむ、口頭だけでは難しいですね」


 阿田内は立ち上がり、弓子も立ち上がった。

 そして弓子に向かい、手を上げて欲しいと要求する。

 阿田内は、拳を軽く突き出して、弓子の手のひらに当てた。

 ぺたっと弓子の手のひらに張り付いた阿田内の拳。


「何か読み取れましたか?」


「まったく」


「まったくですか? しいて言えば?」


「しいても何も……加減をして殴った程度で」

 

 阿田内は拳を、弓子の手のひらから離す。


「まさしくそれです。

 ぼくは加減をした、危害を加える気が無いと、笹倉さんの手のひらが感じ取ったのです」


「でもこんなことぉ、状況を見れば当たり前です」


「感じ取ることと見ることは、だいぶ違うことですよ」


 弓子は、難しい顔をして悩んでいる。

 それを見ながら阿田内は思った。


(……いい機会かもしれない)


 阿田内は、再び弓子に指示した。


「また手を上げてください、同じ速度で当てに行きますので。

 今度は、自由に動いてもいいですよ」


 腑に落ちない顔をしながらも、弓子は、おとなしく手を上げる。

 阿田内の手が後ろに引いて、これ見よがしに拳を突き出そうとした。

 弓子は、合わせて腰を引いて、後ろに下がろうとした。


 瞬間、阿田内が、拳より先に、ずいっと足を弓子の股内に入れ込み、体ごと迫る。

 びっくりした弓子は、二三歩ほど後ろに無理に下がって、バランスを崩した体勢を保つために踏ん張り、体が硬直した。

 ぽんっと、判を押すみたく、弓子の手に阿田内の拳が当たる。


 弓子は、え? と、戸惑う気持ちがあった。

 彼女の中で、もやもやっとした、掴みきれない変な気分が生じているのだ。

 それを確かめるために、弓子は、微小する阿田内に向かい言った。


「も、もう一度お願いします」


 今度は、弓子も本気である。

 注意を怠ったせいで、猫騙しのような真似に引っ掛けられた。

 そう考えた。


 再び阿田内が振りかぶる。

 こんなに軌道の読める拳を避けきれないわけがない。

 弓子は、阿田内の体の動きにも注意した。

 警戒して、おかしな動きにも対処するつもりだ。

 即座に身を引いて、今度は容赦の無い間合いの取り方をする。

 

 が、阿田内も張り付くように追いつく。

 後ろばかりではなく、もちろん左右に、フェイントを入れつつ避けたつもりだったが、すべて読まれて追い込まれた。

 弓子は、下がり過ぎて、また足がもつれるような行動を取りたく無かった。

 

(ちょっと意地悪かもだけど)


 手を閉ざしたたり、地面に手を突くなど、そういった卑怯な手口を弓子は思いついたが、負けを認めてるようなものである。

 ただ、阿田内は自由に動いていいと言っていた。


 ならば背を向けてもいいはずだ。

 

 弓子は上体を捻り、阿田内に背を向けようとした。

 阿田内の足が、極端にぐいっと動いて、迫るのが見えた。

 また股に足でも引っ掛けられたら、それこそ転倒してしまう。

 弓子はすぐに股を狭く閉ざして対処する。

 

 だが、阿田内は股に足を入れるどころか何もしていない。

 何かが迫り来る雰囲気だけがある。

 阿田内の片方の肩が、かくん、と落ちる。 


 弓子には、阿田内の動きがハッキリとイメージできた。

 自分の上げている手の側に近づこうとしているのだ。


 いや、その反対側?


 または、真正面?


 イメージがハッキリしているのに、三段階もの状況が伝わってくる。


 阿田内の拳が迫っていたので、下がるためには、極端な動作を要求された。 

 それは、極端な足取りでもつれてしまう不安感を弓子に与え、避ける気持ちをぐいっと地面に押さえつけられたようであった。

 

 弓子の避けて対処しようとする動きに、合わせて変わる阿田内の奇妙な動き。

 すべてを先回りされて、塞ぎ止められているように感じられた。


(む、無理ぃ)


 弓子は、言い知れない強大な不安定感に支配され、かく、と膝から折れて畳の上に座り込んだ。

 阿田内を見ると、彼は何もしないで、拳を下げる。


「分かりましたか? 相手をよく知り語りかけることで、相手を御することも可能なんです」


 弓子は、多少の悔しさもありながら、誤魔化し半分の笑いで、立ち上がる。


「凄い技だと思います」


「技だなんて大それたことはしていません。

 笹倉さんと殴り合ったかたりあった結果分かったことです」


「でもぉ。わたし先生と大して何もしていないような」


「まぁそうなんですけどね」


「?」


「とにかく、まずは基礎として、ぼくと殴り合ってかたりあって、愛があるものと、そうでないものとの違いを見極められるようになりましょう」


(ん~やっぱり何言ってるか分からないよぉ…)



 * *


 

 日の落ちた、代わり映えのしない民家、

 

 に、現れたフードを被った通り魔、


 に、行く手を阻まれた阿田内。

 

 二度目の通り魔との邂逅かいこうだというのに、さっぱり感動が無い。

 阿田内も、概ね予感していた節があったからだ。


 それから気の抜けたような、やり取りがあった。

 フードの人物に、一方的に殴られ、蹴られても、阿田内は手を出すこともない。

 阿田内が引っ捕らえる素振りを見せると、びくっと猫が飛び跳ねるみたいな動きで、フードの人物は逃げまわる。


(やはり)


 阿田内は、苦い気持ちを顔に浮かべながら、構えを取った。

 片手だけを持ち上げて、今にでもひっ捕らえようという格好だ。

 ゆっくりと、躙りにじり寄るようにして、相手との距離を詰める。

 

 膝を、がくがくと動かすフードの人物。

 フードの人物の優れた読みの良さが仇となって、阿田内が与える情報の多さに戸惑っているのだ。

 多過ぎるほどに糸のように絡まり、不自由になる選択。


 間合いからして、危険水準と見たのか、フードの人物はきびすを返して、さっさと民家の塀を乗り越えて、逃げて行った。


 阿田内も、引かせた、というのがある。

 二度目だったが、驚異的な吸収力を持っている。

 既に、間合いを掴んで、安直な攻撃の選択が消えていた。


 しかし、このやり取りに何の意味があるのか、阿田内には理解できなかった。

 通り魔というには幼稚で甘い攻撃。

 オママゴトである。

 

(こんなことでは、強くもなれないよ、笹倉さん)


 引きの早さが、逆に主張し過ぎた。

 部活で仕込んでいた阿田内の残像をそのまま残している。

 

 彼女から伝わるのは、ただ、焦り。

 早く強くなりたいという逼迫した思い。

 それは部活を通じても、あまり出てこないが、同じだった。


 情報が足りていない。

 調べる必要性があった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ