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最強先生  作者: 兎原 月彦
通り魔編 表
7/15

親しい人


 授業を終えて、廊下を歩く阿田内。

 

「先生、阿田内先生」


 背後から、声がして振り向くと、胸の高さまである髪を持つ女子生徒が現れた。

 顔は知っている。

 というのも、自分の担任する一年B組の生徒だからだ。

 名前を、小山こやま 木乃実きのみという。


 木乃実は、ほんのり頬が朱に染まり、目に憂いがあった。


「どうかしましたか? 授業で分からないところでも?」


「いえ、そうではないです」


 何だか、まごついた感じだ。

 阿田内は若干ながら焦りを覚えた。

 拳を交えれば、一瞬にして相手の感情を察する阿田内だが、繊細な少女の気持ちを、見ただけで察する能力に長けているわけではない。


 意を決したのか、木乃実は語り始めた。


「実は、弓子のことなんです」


「笹倉さんのこと?」


「はい。わたし、弓子とは、中学校時代からの同級生なんです」


「ああ、友達なんですね」


「友達では……無いです」


 木乃実は、しゅん、と暗くなってしまい、何か地雷を踏んだのかと阿田内は思った。

 木乃実は、鼻を少しだけ手で触る。


「言っていいのか分からないですけど、先生の新しい部に木乃実が入ったって言うから」


「ああ、そうですよ。情報が早いですねぇ」


「先生はご存知ですか?」


「何を?」


「通り魔です」


「もちろん」


 というか出会ったかもしれないのだが、それは伏せておいた。


「前の担任の五十嵐いがらし先生は?」

 

 五十嵐? と思ったが、阿田内が赴任して来る前に居た先生のことだ。

 彼は通り魔に襲われ、入院し、回復してからは教師をやめている。


「知っていますが、それが何か?」


「五十嵐先生は、バレー部の副担任で、よく弓子のことを気にかけていたんです、熱心に相談をしていました」


「笹倉さんには何か心配事でもあったんですか?」


「イジメがあったんです」


 阿田内は意外に感じた。

 第一印象は、明るい子で、感情を表に出すタイプに見えた。


「今もイジメを受けているんですか?」


 木乃実は首を振る。


「いいえ。もうありません、だって、その先輩たちは、学校に通っていませんから」


 阿田内は、尋ねようとして、やめた。

 すぐ理解できたからだ。


「通り魔ですか?」


「はい。一人ひとり、先輩たちが襲われたとき、噂が流れたんです。

 もしかしたら通り魔は弓子なんじゃないか、て」


「狙われたようにその先輩の子たちが襲われては、疑いをかけられるのも無理はありませんね」


「弓子は人を襲うような子じゃないです!」


 阿田内は、木乃実が怒ったのかと思い焦るが、どうも、思いつめた様子である。

 その様はまるで、自分に言い聞かせているようであった。


 阿田内はまず謝罪した。 


「すみません。当然ですよね。笹倉さんが犯人なら、彼女が相談している先生までもが襲われるはずもない」


「先輩たちが襲われた頃は、まだ、信じられました。

 むしろ、弓子に酷いことをする先輩がいなくなって良かったとすら思った。

 なのに五十嵐先生が襲われてからは、急に、不安になったんです。

 犯人は、弓子じゃないけど、弓子だとしたら今度はわたしの番なのか? て。

 最低なんです。わたし、ぜんぜん信じてなかった。

 そうじゃない、て思ってたのに、どこかで思ってて。

 それが少しずつ弓子に伝わってしまってたみたいで、弓子は、わたしから自然と離れていきました。

 わたしのせいじゃないから、て言いながら、一人になりたいから、て。

 わたしは、弓子と話す資格も無いんです。裏切っているのは、わたしの方だから。

 今は、わたしじゃ、弓子に近づくこともできなくて」


 木乃実は、息を漏らし、指で目元を掬う。

 目元に溜まっていた水は、溢れて、頬を伝って落ちる。


 友達を救えない自分に嫌悪してまで流れた涙。

 本当に、弓子のことを考えていることを、阿田内は理解した。


 弓子は阿田内を見ながら訴える。


「先生。あの子のことを、お願いします。優しい子なんです」


 阿田内は思う。

 昔の自分ならば、愚直に、この子を信じようとしたことだろう。

 感情に流され、信じないといけない、と、義務的に思ったはずだ。


 一度手合わせをした弓子の内面にある優しさは理解できている。

 だから木乃実の言う言葉も、本当の意味で信じることができた。


 自分はこうでありたかったのだ。


 心底、覚悟が固まった。

 弓子の問題、この学校の問題に、阿田内は、すべて首を突っ込むことにした。


 阿田内は、ニコッと笑い、木乃実の頭に手を置いた。


「大丈夫、十分に分かっていますから」


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