表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強先生  作者: 兎原 月彦
通り魔編 表
5/15

新しい


 昨日の出来事から、既に立ち上げてある部活の顧問になれる資格も無いと悟った阿田内。

 ならば、と、新しい部活を立ち上げる。

 その名も、

 

 『殴り部』


 厳ついネーミングであったが、単に”なぐる”と読むわけではない。

 殴ると書いて、語る、のである。

 生徒たちや先生などの人らが拳を通じて、情熱的に語り合うなぐりあう部活。

 それが殴り(かたり)部なのだ!

 

 と、おおよそ常人には理解不明な部活である。

 それでも阿田内は分かってもらえると本気で信じていた。

 ぶっ飛んだ発想のこの部活、申請をしたところ、あっさりと通ってしまった。

 

 一部、授業のために開いてある部屋がある。

 そこに簡易の畳がぎっしりと詰め込んであり、十分に、武道の指導を行える環境が整っていた。

 阿田内は畳の上で正座しながら考えていた。


(来ないなぁ)


 張り紙程度は用意した。

 しかし、待てど暮らせど生徒が現れる気配が微塵も無い。

 一人孤独に正座し続けるのは、独居老人が強がってる、みたいな孤独で寂しい感じが漂っている。


 ぎぃっこの部屋に通じる唯一の扉が開く音が聞こえた。

 片足を上げて、待ち構えた阿田内だったが、すぐにすっと正座に戻る。


 現れたのは、生徒ではなく、大人の女性。

 ロングヘアーで横縞の半袖とスカートをはいている。

 膨よかな胸と、腰が高くて足が長い、セクシーな女性であった。

 しかし、残念なことに、阿田内にはどれも目に入ってなかった。 

 阿田内は相手のことを知っていた。


「何でしょうか? 山神先生」


 阿田内の記憶が確かならば彼女は、保険の先生である。

 山神先生と呼ばれた女性は、少し笑みを浮かべる。


「入部希望の生徒なら来ませんよ」


「……どうして分かるんです?」


「うーん、説明しますと、この学校には秩序があるんです」


「秩序?」


「お気づきかもしれませんが、体罰指導を行える先生は、阿田内先生だけではありません」


「察するに、縄張りがあると?」


「似たようなものがありますね。暗黙のルールみたいなのが。

 部活というのは、彼らにとって自分の組織そのものですから、これが崩されるのを良しとしていないと思います」


 なるほどな、と阿田内は思った。

 阿田内は、自分のクラスの子らに絶賛されるのも、あとになって思えば、変だったなと考えていた。

 というのも体罰教師は、犬猿されこそすれ、絶賛されるようなものではない。


 あの子たちは、この学校全体を覆う恐怖感に縛られている。

 だから、新しい力である阿田内が、この重苦しい空間に穴を開けて開放してくれる存在に思えたのかもしれない。

 阿田内は山神先生に疑問がわいた。


「何故わざわざ教えてくれたんですか?」


「わたしは単なる保険医なので体罰とは関わりありませんし、それに」


 じろじろ見られて、疑問符を浮かべる阿田内。

 山神先生は、熱い吐息を漏らして、顔に手を当てる。


(道着の上からでも分かるわぁ。胸板の膨らみと肩の張り方、強靭な肉体をしている。

 いいわぁやっぱり達人の筋肉って、萌えるわぁ。

 はぁんもう、たまらない!

 でも……触りたいとか言ったら怒られるかしら?)


 と、思いを巡らせる山神に、反応が無いので阿田内は言った。


「山神先生どうしました?」


「あぁ、いえ。何も……ただ、阿田内先生に興味がありますので」


「ぼくに?」


「怪我をしたら、是非来てくださいね」


「ええ、それはもちろん」


「必ずですよ?」


「はぁ」


「絶対にですよ?」


「え?」


 ずこずこと阿田内の近くにやって来て、一枚の紙切れを渡す。

 紙切れには電話番号と思われる番号が書いてあった。


「通り魔とかに襲われて死にそうになったら電話してくださいね!」


 いや、それはさすがに病院に連絡をするだろう、と思ったが、山神はさっさと部屋から出て行ってしまった。


「いったい何だったんだか」


 紙は道着の紐部分に挟んでしまっておいた。

 またドアの方から気配がして、山神が戻ってきたのかと思った。

 が、そこに現れたのは、一人の女子生徒である。

 肩ぐらいの黒い髪。

 丸っぽい顔だちで、少し不安そうに、おどおどしている。

 阿田内と目を合わせて、小走りにテケテケと近づいてきた。


「あの」


「入部ですか!?」


 だんっと音を立てて、勢い良く阿田内は立ち上がる。

 待ってましたと、女子生徒に近づこうとした。

 が、力を入れすぎたせいか、簡易な畳に隙間が出来てしまい、そこに足先が引っかかる。

 バランスをやや崩した。

 それ事態は大したこではなかったが、問題はやや倒れた先に女子生徒の姿があったことである。


 阿田内も、この斜めった体勢から元に戻すだけの技量は有していた。

 が、急に目の前の女子生徒の眼光が鋭くなり、前に出て、阿田内の胸ぐらを掴んでいた。

 

(これは)


 阿田内は、女子生徒のやりように任せると、ぐっと引かれ、小さな背中に体を預けられたかと思うと、そのまま投げ捨てられた。

 空中にぽーんと投げ出され、それから小さく、ぐるっと回って着地する阿田内。


 はっとした女子生徒はすぐに阿田内に頭を下げる。


「す、すみません!」


 もちろん女子生徒の力だけで、空中に投げ出されたのではなく、阿田内が、相手に体重を乗せないようにしながら跳ねた、というのもある。

 それでも、技として背負投が決まっていたのは、事実であった。

 阿田内は、女子生徒にびしっと指先を向ける。


「合格!!」

 

「はえ?」


「ああ、しまった、ぼくとしたことが間違っていましたね」


 阿田内は、胸内から、ごそごそと紙を取り出した。

 紙には入部届とある。

 これを渡して女子生徒にぐっと親指を立てて言った。


「採用!」


「あ、ありがとうございます」


「いやー良かった滑り込みです。一人も来なかったら、危うく部が潰れるところでした」


「何だかよく分からないですけど、話が早くて助かりますぅ」


「ところであなたお名前は?」


 女子生徒は、びしっと手を額に当てて、敬礼をする。


笹倉ささくら 弓子ゆみこ現役の女子高生、一年生であります」


「おや、あなたはどこかで見覚えが?」


「はぃ。昨日先生のボールを受けました」


(ボール?)


 最初こそ分かなかった阿田内であったがすぐ思い出した。

 自分が叩いたバレーボールの軌道を読んで受け止めたバレー部員だ。

 髪を横にまとめて留めていないので雰囲気が少し違って見えたのだ。


「でもあなたはバレー部のはずでは?」


 弓子は、微小する。


「たはは実はそこが痛いところなんですけどぉ……掛け持ちはありですか?」


「うーん、ぼくは平気ですが、笹倉さんは大丈夫なんですか?」


「はいぃ。別にそこは。その、もしかしたら時間合わなくなるかもですけど、許してくれるなら」


「構いませんよ? 笹倉さんが空いた時間に連絡をくださるなら」


「恐縮です……いやぁ、それにしても先生って」


 弓子は、半笑いの中、ビー玉みたいな綺麗な瞳で、虚空を見ている。

 

「けっこう強いんですね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ